雨の日のふたり
続けて投稿しております。
この話で完結になります。
今日は、気持ちの上がり下がりが激しい。
真顔でテレビを見ながら、冷静になるよう己に言い聞かせる。
さつきは、雨に濡れて帰ってきて、そのまま部屋にいたようだった。あの後、冷えた体をシャワーで温め、着替えたさつきは頬も唇もほんのり赤く色づいている。髪は頭の後ろでまとめているせいで、昼間見た項が晒されていた。さつきは丈の長いTシャツに短パンという恰好で、定位置のソファーの右端に座っている。
さつきって、こんなかわいかったか?
風呂上がりのさつきの無防備さに、どうしていいか分からず、とりあえずテレビに目をやる。
今、さつきを見たら駄目な気がする。
なんかいろいろ。
自分が…。
沈黙を破ったのは、さつきだった。
「カンタがウチに来るの、久しぶりだね。」
「…おぅ。」
会話が終わってしまった。
どうしてこんなに口下手なのか。
今更ながら、少し落ち込む。気の利く男なら、泣いてる女の子に優しい言葉を掛けて慰めるのだろうか。
優しく語り掛ける自分を想像してみるが、0.7秒で俺には無理だと気付いた。
そんなことを考えていると、さつきが泣いていた理由が気になってくる。
慰めることは難しくても、話を聞くくらいなら俺にもできる。
声を掛けようと幼馴染を振り返ると、濡れた髪の一房からぽたり、雫がおちた。
「髪。」
「え?」
思わず自分の口から出た言葉に、さつきがきょとんと首を傾げた。
自分の中に今まで知らなかった熱がじくり、と生まれる。
「…濡れてる。」
触れたい。
やわらかそうな、髪に。
なめらかそうな、頬に。
「大丈夫!すぐ乾くよ。」
「相変わらず、適当だな。」
「適当って失礼ね!」
こいつは、俺が今何を考えてるか、気づいてないんだろうな。
思わず、笑ってしまった。目元が緩むくらいの、微笑にも満たないくらいの自分の笑みを、幼馴染は見逃さず、さつきもまた微笑んだ。
ふと昼間、渡り廊下でさつきを見かけたことを思い出し、中庭にいたか聞くとその笑顔がぴしり、と固まった。
「…ごめんなさい。」
ソファーの上で膝を抱き、小さくなって今にも泣きそうなさつきの反応に、俺は慌ててしまった。
謝る理由を聞いて、納得する。
告白を見られていたのか。
でも、何故そんなにつらそうな顔をしているんだろう。
もしかして、と都合よく思いたい自分がいる。
さつきの言葉を待つ。
「モテるんだね。」
明るい調子で放たれた言葉とは裏腹に、さつきはしまった、と言わんばかりに顔を顰め、俯く。
その姿が、昼間の女子と重なる。
「さつきは、好きなヤツいる?」
「…多分、いる?」
多分、かよ。俺が笑うと、ほっとしたようにさつきも笑う。
なんだよ。人の気も知らないで。
自覚した熱が、燻る。
そっと手を伸ばし、髪に触れる。まとめ髪から零れた一筋は、しっとり濡れていて滑らかな手触りだった。俺は、ゆっくりと手に取った黒髪を赤く色づいた耳に掛ける。
「動揺しすぎ…」
もっと、俺のせいで困ればいい。
だって、と慌てる幼馴染は、顔まで真っ赤になっている。
突然、大音量が鳴り響いた。大地を引き裂くような雷鳴がびりびりと体に響く。
小さな悲鳴と共に、さつきがソファーからずり落ちる。とっさに支えようとしたが間に合わず、至近距離で互いに見合って座り込む形になった。
目が、合う。
小学校まではほとんど同じ身長で、ふたりで並んで座ると互いの顔が真横に合った。
今は。
自分を見上げる幼馴染をじっと見る。
こんなに近くにいるのは久しぶりだな、と頭のどこかで思う。
「あのね、多分、じゃなかった。」
さつきの瞳の中に、自分がいる。
「…好きな人、いるよ。今、目の前に。」
がしっと、胸を鷲掴みにされた気がした。おずおずと、さつきの白い手が、床に着いた俺の手に触れてくる。
俺はその手を取って握り直し、自覚したばかりの想いを口にする。
「俺も、目の前に好きな人がいるよ。」
伝えた瞬間、さつきの目に涙が浮かぶのを見て、自然、自分の懐に抱き寄せる。
小さく、だいすき…と呟くさつきに、自分の知らなかった感情が溢れてくる。
それは、あたたかくて、ひどくやさしい。
そうか。
やっぱり。
愛だ。
抱きしめ合うだけでは、足りなくて。
ふたりの唇が重なったのは、一瞬。
吐息のかかる距離で、俺とさつきは見つめ合う。
先に、目を閉じたのはどちらだったのか…。
もう一度、唇が触れあう。
強い雨が、世界からふたりだけ切り取っているみたいだ。
さつきに触れたい。
さつきと…。
背中に片腕を回したまま、もう一方の手でそっとその滑らかな頰に触れると、ぴくり、と小さくさつきが震えた。
俺の手が、さつきのカタチをなぞっていく。
首筋。
二の腕。
指。
互いの指を絡めて手を繋ぐ。
背中に触れていた手が、ゆっくりと…。
ふに。
やわらか…「カンタ!!!」
触れていた俺の手を払い、真っ赤な顔の幼馴染が叫ぶ。びっくりしすぎたのか、口がパクパク開いたり、閉じたりしている。
「ちょっ…どこ触って…。」
「む「いやーーー!言えなんて言ってないでしょ!?」
雰囲気が台無しじゃない!と怒るさつきを宥める。調子に乗りすぎたようだ。
ふるふると怒りと羞恥に震えるさつき。
悪い、と頭を掻く俺。
そこに、帰宅を告げる声がした。
「賑やかだと思ったら…。カンタくん、いらっしゃい。」
母親の帰宅に、さつきは慌ててソファーに座り直す。
「葵さん、こんにちは。」
買い物に出ていた葵さんは、雨が落ち着くのを待っていて、帰宅が遅くなったらしい。「スーパーで降られちゃってさ。雨すごかったね。」と他愛もない話をしながら、エコバックの中から食材を取り出している。
母親の帰宅に少々気まずい思いをしたものの、さつきの気持ちが落ち着いたようだ。
気になっていたことを聞いてみる。
「で。なんで泣いてた?」
さつきは少し考えてから、内緒話をするようにカンタの耳に囁いた。
「……カンタに好きな人がいるって聞いて…。」
でも、もう大丈夫、とはにかんで笑うさつきに、今度は俺が赤面する番だった。
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夏休みの最初の週末に、俺んち久保家とさつきの川原家の家族揃ってBBQをするのが、恒例行事になっている。今年のBBQは大騒ぎだった。
「さつきと付き合ってるから。」
そう告げた俺に、ふたりの父、母、そして、俺の弟大樹は27秒固まった。
一早く再起動した葵さんが打ち震えている。
「生のさつきとカンタカップル!尊い!!」
隣で立つさつきの父、亮介さんはそれを聞かなかったことにした。
俺の父、豊は娘ができた、と喜ぶ。
「さつきちゃん、俺のことはパパと呼んでくれ!」
すぐさま却下した。
母、美笑子は、にまにまと嫌な笑いを浮かべ、こちらを見ている。これは、確実に面白がられている。
大樹は、パニック状態でマジで!?なんで!?をくり返す。
さつきは、真っ赤な顔でおろおろしていた。
それを見て、俺は笑った。
「これで、公認だな。」
それは、雨上がりの空に虹の架かる夏の日のことだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




