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カンタとさつき  作者: しろつめくさ
2/2

雨の日のふたり

続けて投稿しております。

この話で完結になります。

 今日は、気持ちの上がり下がりが激しい。

 真顔でテレビを見ながら、冷静になるよう己に言い聞かせる。


 さつきは、雨に濡れて帰ってきて、そのまま部屋にいたようだった。あの後、冷えた体をシャワーで温め、着替えたさつきは頬も唇もほんのり赤く色づいている。髪は頭の後ろでまとめているせいで、昼間見た項が晒されていた。さつきは丈の長いTシャツに短パンという恰好で、定位置のソファーの右端に座っている。


 さつきって、こんなかわいかったか?


 風呂上がりのさつきの無防備さに、どうしていいか分からず、とりあえずテレビに目をやる。

 今、さつきを見たら駄目な気がする。

 なんかいろいろ。

 自分が…。


 沈黙を破ったのは、さつきだった。

「カンタがウチに来るの、久しぶりだね。」

「…おぅ。」


 会話が終わってしまった。

 どうしてこんなに口下手なのか。

 今更ながら、少し落ち込む。気の利く男なら、泣いてる女の子に優しい言葉を掛けて慰めるのだろうか。

 優しく語り掛ける自分を想像してみるが、0.7秒で俺には無理だと気付いた。

 そんなことを考えていると、さつきが泣いていた理由が気になってくる。

 慰めることは難しくても、話を聞くくらいなら俺にもできる。

 声を掛けようと幼馴染を振り返ると、濡れた髪の一房からぽたり、雫がおちた。

「髪。」

「え?」

 思わず自分の口から出た言葉に、さつきがきょとんと首を傾げた。


 自分の中に今まで知らなかった熱がじくり、と生まれる。

「…濡れてる。」


 触れたい。

 やわらかそうな、髪に。

 なめらかそうな、頬に。


「大丈夫!すぐ乾くよ。」

「相変わらず、適当だな。」

「適当って失礼ね!」

 こいつは、俺が今何を考えてるか、気づいてないんだろうな。

 思わず、笑ってしまった。目元が緩むくらいの、微笑にも満たないくらいの自分の笑みを、幼馴染は見逃さず、さつきもまた微笑んだ。

 ふと昼間、渡り廊下でさつきを見かけたことを思い出し、中庭にいたか聞くとその笑顔がぴしり、と固まった。

「…ごめんなさい。」

 ソファーの上で膝を抱き、小さくなって今にも泣きそうなさつきの反応に、俺は慌ててしまった。

 謝る理由を聞いて、納得する。

 告白を見られていたのか。

 でも、何故そんなにつらそうな顔をしているんだろう。

 もしかして、と都合よく思いたい自分がいる。

 さつきの言葉を待つ。


「モテるんだね。」

 明るい調子で放たれた言葉とは裏腹に、さつきはしまった、と言わんばかりに顔を顰め、俯く。

 その姿が、昼間の女子と重なる。

「さつきは、好きなヤツいる?」

「…多分、いる?」

 多分、かよ。俺が笑うと、ほっとしたようにさつきも笑う。

 なんだよ。人の気も知らないで。


 自覚した熱が、燻る。


 そっと手を伸ばし、髪に触れる。まとめ髪から零れた一筋は、しっとり濡れていて滑らかな手触りだった。俺は、ゆっくりと手に取った黒髪を赤く色づいた耳に掛ける。

「動揺しすぎ…」

 もっと、俺のせいで困ればいい。

 だって、と慌てる幼馴染は、顔まで真っ赤になっている。


 突然、大音量が鳴り響いた。大地を引き裂くような雷鳴がびりびりと体に響く。

 小さな悲鳴と共に、さつきがソファーからずり落ちる。とっさに支えようとしたが間に合わず、至近距離で互いに見合って座り込む形になった。



 目が、合う。


 小学校まではほとんど同じ身長で、ふたりで並んで座ると互いの顔が真横に合った。

 今は。

 自分を見上げる幼馴染をじっと見る。

 こんなに近くにいるのは久しぶりだな、と頭のどこかで思う。


「あのね、多分、じゃなかった。」


 さつきの瞳の中に、自分がいる。


「…好きな人、いるよ。今、目の前に。」


 がしっと、胸を鷲掴みにされた気がした。おずおずと、さつきの白い手が、床に着いた俺の手に触れてくる。

 俺はその手を取って握り直し、自覚したばかりの想いを口にする。


「俺も、目の前に好きな人がいるよ。」


 伝えた瞬間、さつきの目に涙が浮かぶのを見て、自然、自分の懐に抱き寄せる。

 小さく、だいすき…と呟くさつきに、自分の知らなかった感情が溢れてくる。


 それは、あたたかくて、ひどくやさしい。



 そうか。

 やっぱり。







 愛だ。


 抱きしめ合うだけでは、足りなくて。

 ふたりの唇が重なったのは、一瞬。

 吐息のかかる距離で、俺とさつきは見つめ合う。

 先に、目を閉じたのはどちらだったのか…。


 もう一度、唇が触れあう。

 強い雨が、世界からふたりだけ切り取っているみたいだ。


 さつきに触れたい。

 さつきと…。


 背中に片腕を回したまま、もう一方の手でそっとその滑らかな頰に触れると、ぴくり、と小さくさつきが震えた。

 俺の手が、さつきのカタチをなぞっていく。

 首筋。

 二の腕。

 指。

 互いの指を絡めて手を繋ぐ。


 背中に触れていた手が、ゆっくりと…。




 ふに。

 やわらか…「カンタ!!!」

 触れていた俺の手を払い、真っ赤な顔の幼馴染が叫ぶ。びっくりしすぎたのか、口がパクパク開いたり、閉じたりしている。

「ちょっ…どこ触って…。」

「む「いやーーー!言えなんて言ってないでしょ!?」

 雰囲気が台無しじゃない!と怒るさつきを宥める。調子に乗りすぎたようだ。

 ふるふると怒りと羞恥に震えるさつき。

 悪い、と頭を掻く俺。


 そこに、帰宅を告げる声がした。

「賑やかだと思ったら…。カンタくん、いらっしゃい。」

 母親の帰宅に、さつきは慌ててソファーに座り直す。

「葵さん、こんにちは。」

 買い物に出ていた葵さんは、雨が落ち着くのを待っていて、帰宅が遅くなったらしい。「スーパーで降られちゃってさ。雨すごかったね。」と他愛もない話をしながら、エコバックの中から食材を取り出している。

 母親の帰宅に少々気まずい思いをしたものの、さつきの気持ちが落ち着いたようだ。

 気になっていたことを聞いてみる。

「で。なんで泣いてた?」

 さつきは少し考えてから、内緒話をするようにカンタの耳に囁いた。

「……カンタに好きな人がいるって聞いて…。」

 でも、もう大丈夫、とはにかんで笑うさつきに、今度は俺が赤面する番だった。


 *************************


 夏休みの最初の週末に、俺んち久保家とさつきの川原家の家族揃ってBBQをするのが、恒例行事になっている。今年のBBQは大騒ぎだった。


「さつきと付き合ってるから。」

 そう告げた俺に、ふたりの父、母、そして、俺の弟大樹(だいき)は27秒固まった。

 一早く再起動した葵さんが打ち震えている。

「生のさつきとカンタカップル!尊い!!」

 隣で立つさつきの父、亮介(りょうすけ)さんはそれを聞かなかったことにした。


 俺の父、(ゆたか)は娘ができた、と喜ぶ。

「さつきちゃん、俺のことはパパと呼んでくれ!」

 すぐさま却下した。

 母、美笑子は、にまにまと嫌な笑いを浮かべ、こちらを見ている。これは、確実に面白がられている。

 大樹は、パニック状態でマジで!?なんで!?をくり返す。


 さつきは、真っ赤な顔でおろおろしていた。

 それを見て、俺は笑った。

「これで、公認だな。」



 それは、雨上がりの空に虹の架かる夏の日のことだった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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