電脳誘惑
電脳誘惑
その部屋は少し異様な風景が広がっている。部屋を囲むように設置されている百を超えるモニターには全て、見覚えのあるかなり幼く見える一人の女性が映し出されていた。
「いやー、こいつは凄えな。特局の中じゃなかったら通報したい気分。」
「そんな事言うものではありませんよ、なかなかに否定は難しいですが。溢れる愛情が方向性を見失っているというだけでしょう。」
パジャマ姿のまま画面に映る女性と同サイズのぬいぐるみを抱え、グラマーな肢体を持て余し気味の人懐っこそうな美人さんが頬の筋肉を緩ませていたが、ようやく二人の存在に気付く。
「あっ、ゆうじ君久しぶりー。ひさのぶ君は一昨日ぶりだねっ。」
未だぬいぐるみを抱え、微笑む女性こそが特局情報班の班長、真中 雪であった。
雪は軽くモニターに触れると全ての画面が一度消え、様々な情報を映し出すいつものモニターに戻っていく。
「雪さん、どうもです。相変わらず相変わらずなようで相変わらずですね。」
「たしかに今日もいつも通りでなによりです。それで頼んだ事は大丈夫でしょうか?」
ニコニコと微笑みながらも雪は更にモニターに手を当てると、特技を使った。
【電脳誘惑】
全てのモニターが久信が頼んでいた様々な店舗の防犯カメラの映像を流し始める。その店舗の種類は多岐に及び釣具店から洋品店、さらにはスナックまで店内の様子を映しだすと、久信はその一つ一つを確認し、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。これで何とか手掛かりは掴めそうです。」
「いいよいいよー、これもお仕事だしね。じゃあ、あられちゃんの動画楽しんだし次は静止画を満喫してくるよっ!」
そう言うと雪はパジャマ姿のまま手を振り、部屋を飛び出していった。部屋には二人が残され、モニターから流れる小さな音声が入り混じり複雑な音が耳に届いている。
「相変わらず特技一発でこれか。凄いけどこれ見るの大変だぞ。」
「しばらくは持久戦ですね。私が見ますので勇司さんはそこで一人遊びでもしておいてください。」
二人はパイプ椅子に座りモニターを見つめていたが、すぐに勇司は己の目に限界を感じ一人コーヒー豆を挽き始めていた。
あたりに焙煎された芳醇な香りが漂い、心も落ち着いていく。
「どうだ?それって全てのモニターを確認出来てるのか?」
「ええ、動きがあった箇所だけですが。しばらくはこれを続けるしかないですね。ちなみに私はミルクだけでお願いします。」
順調に勇司の一人遊びは進み、じっくりドリップに入ると焦らず少しずつお湯を垂らし香りを引き出していく。気の長い作業を楽しみつつも勇司は二杯分のコーヒーをドリップしていった。
「無駄にコーヒーの趣味だけがいいのが、逆に違和感を感じます。ここまでくると多少の怒りさえ覚えますね。」
褒められているのか貶されているのか分からない発言ながらも、勇司は満更でもない顔をしながらコーヒーを一口含む。
そして時間は流れ、二人はパイプ椅子に座りながら本日何杯目になるか分からないコーヒーをすすっていた。
「なかなかに先は長いな、なんか飯でも買ってくるか。何がいい?」
「では何か軽いものをお願いします。後はあなたの判断にお任せしますよ。」
防犯カメラの映像を久信に任せ、勇司は一人買い出しに出る事となる。
その日勇司は買い出しに携帯電話を持って行かなかった事を強く後悔するのであった。




