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勇者は二人、死に戻る  作者: 川村五円


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勇者と先達の勇者

 二人はその日のうちに湖畔の宿場町にたどり着いた。美しい湖のほとりの明るい景色の中に建てられた、いくつかの温泉宿のひとつに転がり込んでいる。


「いいお湯だったねー」


 冷えたジュースのグラスを手に向かいに座るレイが笑いながら言った。屈託のない笑顔ながらもお風呂上りのバスローブ姿が妙に艶めかしい。少し目のやり場に困っているルーチェもまたバスローブを着ていた。金髪のウィッグはそのままだ。


 今は大きな部屋の窓際のテラスに設けられた白いテーブルに向かい合って座っている。かなり早い時間にチェックインしたので、窓の外はまだまだ明るい。


 レイの姿を凝視するのは憚《はばか》られる一方で、ルーチェはその顔にどうしても目が吸い寄せられた。彼女が本当は何者なのか、ほとんど知らない。元勇者の魔王で色々と知っている風。それだけだ。


 時間と温かいお風呂が最低の気分をほぐしてくれた。不可解を前に興味が頭をもたげるほどには心が回復している。


 落ち着いたところで彼女は改めて名乗った。


「私の本名は旭川玲子《あさひかわれいこ》っていうんだ」


 それは何の変哲もないありふれた名前。しかしこの西洋風のファンタジー世界ではありえない名前だった。黒目黒髪もよくある日本人のものである。年は二十二歳。ルーチェの四つ……いや、二年戻ったので六つ上。


 魔王がルーチェより五年前に召喚された勇者だった、という話は改めて聞いても突拍子のないものであったが、一方そうであるならば色々とつじつまの合う話でもあった。


「元勇者がどうして魔王をしているの?」


 ルーチェはさっきは思っただけで聞かなかったことを尋ねた。


「そこはちょっと混み入ってるんだけど、ただそもそも魔王って単に国がそう呼んでるだけだからね。国が決めたらそこいらのミジンコでも魔王さ」


「国が決める?」


「政治の都合で決めるんだよ。何かと責任を押しつける相手がいたら楽でしょ? 飢饉《ききん》が起きたのは? 魔王のせい。民の生活が苦しいのは? 魔王のせい」


「千年の魔王っていう名前も?」


「ふふ。それはせっかくだから自分で名乗った。カッコイイでしょ。逆に宣戦布告してやったんだ」


「それで配下の魔物まであんなにそろえたんだ」


「あれらは単に縄張りを荒らされた魔物たちだよ。少し設定した根城が大魔域の奥すぎたかな。本当はもう少し手近な根城を準備すればよかったんだけど。ちょっとクエスト感出そうとして目測を誤った」


 クエスト感って何だ?


 それも含めて一度に摂取した情報量の多さに頭がこんがらがってしまった。


 ルーチェはかろうじて絞り出すように言った。


「鵜呑みには、できないよ」


「その気持ちわかるよ。その苦さはよく知ってる」


 わずかに伏し目がちになったレイを見ながらルーチェは気づいていた。


 自分の方こそ国の言うことを鵜呑みに信じていたのだと。「魔王」は悪であり「勇者」の敵に決まっている。道中で行き合う魔物たちもまたそうだ。その思い込みもあって、魔王討伐の仕事に何の疑問を差し挟むこともなかった。


 今となってはどちらの話が信じられるか。ルーチェは思わず首を手でさすった。


 その話とはほかにもう一つ、ルーチェにはどうしても聞いておきたいことがあった。


「どうして……どうしてルーチェという名前を知っていたの? この世界で『ルーチェ』と名乗ったことは一度もないはずなんだけど……元の世界でもあなたに会ったことはないと思う」


 レイは少し寂しげに笑った。


「勇者じゃない人との思い出って、こっちが一方的に覚えてるだけだからちょっとつらいんだ。ルーチェにも心当たりあるでしょ?」


 そう言われてもルーチェにはよくわからなかった。僕は一応勇者だ。


「この世界に召喚された私たちは、正式には女神の恩寵《ギフト》を授かった時点で勇者になる。召喚されただけで、勇者にならなかったルーチェがいるんだよ」


 ルーチェはピンと来た。


「ひょっとして何回も繰り返してるの? 何年もの長い時間を」


「そういうのがすぐ通じるからいつも助かるよ。話が早い。そう、ルーチェと今日みたいに王都を逃げ出すのは実は五回目なんだ」


 整理すればこうだ。レイの目線で言うと、最初の一周目から四周目のループではルーチェは勇者にならなかった。しかし次の五周目のループでは勇者となり、またループして今は六周目。


 ルーチェに四周目までの覚えはまったくないが、五周目と六周目のループをまたいで記憶があるのは、ルーチェが勇者になった影響と考えられる。


 四周目までと五周目の差はレイが女神の恩寵《ギフト》の儀の前にルーチェを救い出したか否かだ。


「以前までの僕はどうしたの?」


「元の世界に帰ったよ。送還の魔法が準備できるのは今から二年後なんだけど、その二年後に」


「そう……じゃあ二年経てば僕は帰れるんだ」


 ルーチェはどこか他人事のように言った。


 レイはまっすぐにルーチェを見据えて言う。


「うん、必ず帰してあげる。安心して。ルーチェのことは私が必ずハッピーエンドまで導いてあげるから」


 レイはそこで躊躇《ためら》いがちにいったん視線と言葉を切った。それから向き直って続けた。


「でもちょっとその前に謝らないといけないことがある。巻き込んでごめん。五周目はルーチェをわざと助けなかったんだ。勇者になって力を貸してほしくて」


「どういうこと?」


「もひとつごめんね。ひどい裏切りを味わわせてしまって。つらかったよね。でもルーチェはまっすぐだから、ああでもしないと勇者の嘘を信じてもらえないと思ったんだ」


 それからレイは勇者ヒカルと千年の魔王の戦いの後に起きたことも改めて説明してくれた。


 聖女フレイアは役割を終えた勇者から女神の恩寵《ギフト》を剥奪した。恩寵《ギフト》を失ったルーチェは死に戻りの力も失い、あのまま死ぬはずだった。死んだ勇者は、表向きには元の世界に帰還したことにされる。いつもの勇者召喚の既定路線である。


 しかしレイの死に戻りによって二年を遡《さかのぼ》った結果、ルーチェもまた恩寵《ギフト》を持つ勇者として今日に戻っている。


 ルーチェは尋ねた。


「……僕は何をすればいいの?」


 レイは真剣な顔で言った。


「勇者召喚のシステムをいっしょにぶっ壊して欲しいんだ。二度と私たちみたいな犠牲者が出ないように。私はそのためにループを繰り返している」

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