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勇者は二人、死に戻る  作者: 川村五円


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勇者と歓迎の旅路

 ルーチェたちは南の海岸に沿う街道を軸に、方々の町や村を訪ねながら進んだ。


 勇者一行が魔王の企みを挫くために旅を続けている、という話はもはや国中に広まっていて、どこへ行っても歓迎をもって迎えられた。それはまさしくルーチェが想像していた通りの勇者の旅だった。


 その厚遇ぶりには、クライグすら「賢者でいるのも悪くはない」と言ったほどである。


 旅の間、仲間たちとは剣と魔法の鍛錬やクエスト、そして同じ釜の飯を食うことを通じて絆が深まっていった。最初の大魔域の旅では考えられなかったことだ。レイやフィツを交えた旅も楽しかったが、こちらはこちらで保護者を交えない同年代だけのような楽しさがあった。まあボルダートは齢三十五歳のおじさんなのだが。


 三人の仲間の中で特にフレイアとはたくさん話をした。当初は、彼女の好感度を上げよう、という目的を意識していたが、途中からはそんなことに関係なく、ルーチェはフレイアと話したり遊んだりを楽しんだ。もはや二人はすっかり仲のいい友達同士と言っていい。


 もっともルーチェはまだ自らの真実を伝えてはいない。それは千年の魔王の課したクエストを最後まで終えてからと、レイと話し合って決めていた。フレイアがどういう反応をするにせよ、そのタイミングがきっとベストだ。


 今のところ、道中のクエストは抜けなくこなすことができている。


 海を荒らすサハギンの群れの退治、疫病を撒き散らすプレイグエイプの退治、同じく疫病のもととなるヒュージラットの駆除、暗黒魔法を操るトロール兄弟の討伐、エランの森のゴブリンの殲滅、マンイーターファンガスの駆除、森を枯らすキャリアービートルの駆除、ユニコーン殺しの黒犬の退治などなど。


 すべてレイと一度クリアしたクエストばかりだが、やはりレイとフィツがいた時に比べるとより難しいものとなった。が、一方で自分たちで試行錯誤する面白さは今回の方が大きい。おかげでルーチェはこのやり直しを何ら退屈なものとは感じていない。


 クラーケンと同じくランクCクエスト対象のトロール兄弟が思ったよりも簡単に倒せたことで、成長の実感も感じている。鬼気迫る様子で自己鍛錬に励んだクライグは急速に腕を上げ、戦いに慣れてきたフレイアも本来持つ聖女の実力を発揮し始めた。そのことも大きかった。


 やがて旅立ってからおよそ半年が経過する頃、ルーチェたちはひとつの節目となる土地へと到着した。


 時候は北風の凍てつく年の瀬。たどり着いたのは国境の町オクトラクルムである。


 町の英雄であるボルダートを擁する勇者一行はもちろん大歓迎をもって迎えられ、町長の好意で用意された町一番の宿でしばしの休息を過ごすこととなった。


 向かったその宿では新しい仲間が彼らを待っていた。


「久しいのう、クライグ。元気にしておったか?」


「師匠! ようやくお会いすることができ、そのお声を聞くことができ、このクライグ胸がいっぱいで張り裂けそうでございます!」


 宿のロビーの椅子に座っていたフィツに駆け寄ると、クライグは跪いてその手を取った。眼鏡の下の目にわずかな涙が浮かんでいる。


 ルーチェはその姿を微笑ましく眺めたが、フレイアは見たこともない賢者の顔に少し目を白黒させている。ボルダートは別行動で家族のいる家へ帰っていてここにはいない。


 クライグは誇らしげに師匠として大賢者フィツを紹介した。フレイアが恐縮して頭を深々と下げる。


「フィツさん、おひ……初めまして」


「初めまして、じゃな勇者ルーチェ。クライグからの手紙で名前は聞いておる。あちこちから流れてくる噂でもな」


 ルーチェが挨拶すると、フィツは前々からの知り合いのようなまなざしを向けた。


 そしてルーチェの耳元に口を寄せひそひそと言う。


「本当はレイから聞いたのじゃがな。記憶も色々と見せてもらったが、表向きはそういうことじゃから、そういうことで頼む」


 そのレイの顔は見えない。ひそひそ話にその消息を聞くと、三ヶ月前にオクトラクルムまでいっしょに来た後、一人でどこかへ言ってしまったらしい。どうやらクエストのほかに片付けておきたい細かな用事がいくつかあるとのこと。


「野盗の件とか、と言えば伝わると言うとったな」


 ルーチェは実際それでその細かな用事が何なのかを察した。クエスト未満の細かい案件を色々と片付けているのだろう。


「なぁーに、愛弟子を差し置いてひそひそと話しているのですか!」


 内緒話をしているルーチェとフィツの間にクライグが満面の笑みで割り込んできた。


「ふむ。また後ほど改めて話そうか」


 フィツはルーチェにそう言って、クライグの方へ向き直った。


「なに、ここからはわしもお主らに力を貸してやろうと思うてな。事情はすべて把握しておる」


「師匠……!」


 実のところそれは最初から決まっていたことで、クライグにも端《はな》から共有済みだったが、クライグはまるでそれをいま初めて聞いたかのように感激した。たぶんあの表情は演技ではない。


 それから師弟があれこれを話すのを近くで聞いていると、今度はフレイアがやってきてひそひそ話をした。


「あんなクライグ初めてだわ。まるで旅から戻った飼い主を迎える犬みたい」


 勇者一行はこれからひと月ほどオクトラクルムに滞在することになっている。


 穏やかな年明けを迎えてよりしばらくして、フィツが一同を集めた。場所は一行が宿泊する宿の一室だ。今日はボルダートもやってきている。


 五人が囲むテーブルの上には千年の魔王の書いたクエスト地図が広げられていた。ルーチェが持って歩いたもので、すでにクリアしたクエストはバツで消されている。消された南半分とアーレイン湖畔のを合わせた十二のクエストのほか、北半分にまだ十二のクエストが残っていた。


「ちょうど折り返しというわけじゃな」


 ルーチェたちからこれまでのクエストの成果を聞いたフィツはそう言った。そしてこれからのクエストの確認をする。


「残りのクエストの中で最難関はここじゃろうな」


 フィツはオクトラクルムの北にあるひとつ、ランクAクエスト『ブレクネス遺跡の魔神の討伐』を指差した。


「ここに来るまでの間に少し見てきたがな。魔神は封印されていてまだ復活はしておらんかった。じゃが十二あった封印のオーブのいくつかがすでに壊れていて、再封印は無理のようじゃ。もはや復活したところを倒すしかない」


『ブレクネス遺跡の魔神の封印強化』はなく、討伐クエストだけが地図には記されている。「オーブのいくつかが壊れていて」というのは、きっとレイとフィツがわざわざ壊してきたのだろう。倒す以外の選択肢をなくすためだ。


「漏れ出る邪悪なオーラで周辺に魔域も広がり始めておった。早めに対処しないと少なくない土地が魔域に飲み込まれてしまうじゃろうな」


 魔域がこの国の中に広がりつつある。その言葉にフレイアの表情が険しくなった。


「そんなことがあり得るのですか? 魔域が新しくできるなどということが?」


 聖女の質問に答えてフィツは魔神についての説明をしてくれた。


 それはいつかルーチェが軽く聞いたものだ。


 魔神は存在するだけで土地を汚染し魔域を広げていく。人間をはじめとする普通の動植物は力を奪われ、逆に魔物たちは力を得て活発に動くようになる。魔神にとって魔域は己の領地のようなものなのだ。


「では、海の向こうの大魔域もそうして作られたものなのでしょうか?」


「詳しいことはわからんが、おそらくはそうなのじゃろうな。大魔域の成り立ちや全容は明らかになっておらん」


 そこから先フィツが話したことはルーチェも初耳の話だった。


「魔神は勇者と同じく異世界から召喚された存在じゃ。ゆえにこの世界の常識では測れん力を持っている。わしも絶対に戦いたくないと思うほどじゃ。古の文献によれば、もともとは魔神が先に呼ばれ、それを倒すために勇者が召喚されるようになったとも言われておるの」


「では勇者がいれば魔神は倒せるのですね」


 フレイアがホッとしたように言う。


 だがフィツはその安堵を否定した。


「そうとは限らん。先代勇者とわしらはある迷宮の奥で別の魔神と遭遇したことがあるが、結局その時は倒すのを諦めて逃げるほかなかった。魔神も勇者も強さは個によりけりそれぞれじゃ。相手より強ければ勝つし、弱ければ負ける」


 フレイアの顔が再び曇り、周囲の誰もがただならぬ顔となった。


 そのフレイアにフィツが尋ねた。


「ルーチェは精霊契約はまだしていないのじゃな?」


「……はい」


「精霊契約って?」


 ルーチェが初めて聞く体で尋ねた。フレイアが伝えていいものかと戸惑い口ごもる。


 フレイアの代わりにフィツが精霊と精霊契約についてひと通り説明し、最後に言った。


「わしは精霊契約がなければ魔神には勝てんと思う。判断は国と教会に任せるが、暴走のリスクと魔神に好きにさせるリスク、どちらがマシかという話になるな」


 実はこの流れはフィツとルーチェの仕込みだ。国が許さない精霊契約をどうにかして穏便に結べないか、という思惑である。


 何も知らぬフレイアはしばし黙した後、国に伺いを立ててみる、と言った。


 ごめん、フレイア。ルーチェは心の中でこっそりと詫びた。


 クエストの確認の後、フィツは部屋の隅まで一同を招き、そこに置いてあった箱の山に手を差し伸べた。それぞれその中身を確認するよう言う。


「旅の後半に向けた新たな装備じゃ。どれも魔法のかかった逸品じゃぞ」


 クライグには外套、短杖、指輪。ボルダートには長剣とベルト。フレイアには法衣と錫杖。各人己の新たな装備を手に取り、感涙、感服、驚きといった反応を見せている。


 フィツがそれぞれの装備の由来や効果を説明する間に、ルーチェは自分に割り当てられた箱のひとつから一本の巨大な金属の塊を手に取り、両手で体の前に立てて持った。


 常識外れの大きさをした青い巨剣。それはいつかレイが対魔神戦の武器として渡してくれたものである。


 ほかの箱には鈍く光るスケイルメイル、赤金《あかがね》のフェイスガードといった見覚えのある防具一式が入っている。


 懐かしい装備に思わず頬が緩んだ。レイが自分のために見繕ってくれたアイテムだ。


 時は過ぎて一月の下旬。


 オクトラクルムのすぐ近くの森でランクCクエスト『アイスブルーエルクの討伐』が発生した。この青い氷のヘラジカは冬が深まった時にのみ現れる。一ヶ月もこの町に留まっていた理由はそれである。前回のループでは追われる身ゆえに長く一ヶ所に留まるのを避けて後回しにするつもりだったが、今回はきちんと片付けていく。


 アイスブルーエルクはランクCクエストとは思えぬほどにあっさりとクリアできた。フィツが開幕で叩き込んだ炎の極大魔法、それに装備を新調した勇者一行は瞬く間に氷の鹿を氷の塵へと変えてしまった。


 二月の最初の日、大勢の人々に見送られて勇者ルーチェ一行はオクトラクルムを後にした。


 見送りの中にはボルダートの家族、妻と娘、息子もやってきていた。十歳の娘が元気に手を振る。ボルダートも幾度か振り返り、手を振り返した。


 その穏やかな父の顔を見てクライグが言った。


「へぇ、あんな顔もできるんだな」

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