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勇者は二人、死に戻る  作者: 川村五円


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勇者と魔王の挑戦

 明くる朝、一通の封書が空から降ってきた。ひらひらと舞い降りたその封書を拾った城の衛兵が上空を見上げたが、そこには爽やかな初夏の青空が広がるばかりだった。


 魔域の奥深くでこの国を脅かす策謀を巡らしているはずの千年の魔王。封書の内容はその魔王からの新たな便りだった。なんと魔王はすでに計画を発動させ、国中にいくつもの災厄の種を仕込んでいるという。


「我を倒そうなどと企む不届き者たちよ。貴様らに本当にその力があるというなら、その前に我が企みをすべて止めて見せよ」


 それは魔王からのまさかの先制パンチだった。


 王都はたちまち大騒ぎとなった。同じ封書が町の至る所にばらまかれている。今日は誰も彼もがその話しかしていない。


 勇者ルーチェと聖女たちは明日にも大魔域に向けて旅立つことになっていたが、その出発は急遽延期となった。城では王と重臣、また勇者召喚に関わりのある者たちが集まって対応を協議している。


「千年の魔王。計り知れない相手だわ」


 フレイアが宙を睨んで言った。


 一流の宿の広々としたロビーの一角に設けられたテーブルに勇者一行が集っている。フレイアの隣にはルーチェが座り、ボルダートとクライグもまた席を同じくしていた。


「どうやら旅はのどかな国内旅行になりそうだな。千年の魔王とやらも粋《いき》なはからいをするじゃねえか」


 クライグは椅子にふんぞり返ってニタニタとご機嫌に笑っている。大きくあごを上げて、同じテーブルにいる者すべてを見下しているかのようだ。


「俺は一度西北地方の鉱山都市の奇観を見てみたかったんだ。山をびっしりと家が覆ってるんだろ? 壮観な眺めだろうな」


「あまりふざけないで。のどかな旅だなんて。観光旅行じゃないのよ」


「海の向こうの魔域に比べたらどこだってのどかなもんさ」


 クライグの軽口をフレイアがたしなめる。たしなめても減らず口。それは大魔域を旅した頃のルーチェが幾度も見た光景だった。


 ボルダートは腕を組んで目を閉じ、話を聞いているのだか聞いていないのだかわからない。これもまたかつての日常だった眺めだ。


 フレイアが出発の延期を伝えるとともに仲間同士の親睦《しんぼく》を深めたいと言って開いた集まり。以前の大魔域の旅の間もフレイアは幾度か同じようなことをしていたが、結局フレイアとルーチェ以外は打ち解けなかった。


 それぞれが胸に一物を抱えていたのだからそれはそうだろう。今のルーチェにはよくわかっている。


 と、クライグが一枚の紙をテーブルの上に投げ出した。魔王のばらまいた挑戦状だ。


「あなた、どこでこれを……」


「町中にばらまかれてるんだ。面白そうだから拾った奴から譲り受けて来たのさ。情報は自分できちんと仕入れとかねえと。お偉いさんにどんなでたらめを吹き込まれるかわかんねえからな」


 クライグの不遜な物言いをフレイアが睨めつける。ボルダートは薄く目を開けてその手紙を眺めた。


 ルーチェがその内容を見れば、そこには挑発の文言のほかに、この国の地図と見覚えのあるクエストの名前が細かく書かれていた。


 要するに前回のループでレイとルーチェらが片付けたクエストを、この勇者パーティにやらせる。レイの考えた「いいこと」とはそれだった。ルーチェとフレイアの好感度を高めるとともに、自分が同じクエストを行う手間を省くという、一石二鳥の手である。


「ご丁寧に難易度まで書いてある。ほんとにご機嫌な奴だぜ、千年の魔王って奴はよ」


「書かれている通りに受け取るのはどうかしら。何か隠された企みがあるのかもしれない」


「隠された企み、ねぇ。俺にはとてもそんな発想はなかったが、さすが聖女様ともなると謀略に通じていらっしゃる。教会が大した伏魔殿《ふくまでん》だってのは本当らしいな」


「クライグ……」


 おどけた口調の皮肉にフレイアがものすごい目をした。本気で怒っている。


 そう言えば大魔域の旅の間もクライグは同じようにフレイアを怒らせていた。けっこう際どい内容の会話をしていたのだな、とルーチェは振り返って考えた。以前はまったく気がつかなかった。


「近いのはまずこれかな。ランクEクエスト『アーレイン湖畔の洞窟のゴブリンの殲滅』」


 ルーチェが素知らぬ顔で地図の一点を指差す。


「ゴブリン程度、勇者の力が必要とは思えないけど。まあ私たちは指示を待ちましょう。国や教会の判断する通りに動くのが私たちの仕事よ」


 フレイアはそう言うと手紙を取り上げてクシャッと丸めた。クライグが「俺んだぞ!」と抗議したが聞く耳を持たず、澄まし顔でくずかごに投げ入れる。クライグは悪態をつきながらくずかごを漁った。


 そうしてフレイアとクライグの言い合いで八割が占められた会合は終わりを告げた。


 解散した後、フレイアはどこかへ出かけ、クライグとボルダートはそれぞれの部屋に戻った。


 ルーチェはおもむろにクライグの部屋の扉をノックする。


「ちょっと話があるんだ」


「なんだい勇者サマ。俺はそんなに暇じゃないんだがね」


 ドアを開けたクライグは小馬鹿にしたにやけ面でそう言ったが、ルーチェは強引に部屋の中に入った。そしてドアを固く閉じる。クライグの顔がわずかに引きつった。


「君はお師匠様、フィツさんに会いたくないかい?」


「!」


 クライグはまるで雷に打たれたような顔で黙った。そしてそれからルーチェがする物語を神妙な顔で聞いた。


 ルーチェは次にボルダートの部屋を訪れた。後ろにクライグをともなっている。


「私はお前たちと慣れ合うつもりはない。剣聖の任は果たす。それだけだ」


 ボルダートはそう言ってドアを閉めようとしたが、ルーチェはやはり強引に部屋の中にお邪魔し、クライグも便乗する。自分に比べればずっと小さな娘に押しのけられたボルダートはため息をついてドアを閉めた。


「ボルダートは病の娘さんの薬代が必要なんだよね」


「……」


 ボルダートは微動だにしなかった。それくらいは誰かから聞いていてもおかしくない話だ。


 続いてルーチェがずっと未来から戻って来たという話を聞いても、やはりその表情は動かなかった。ワイバーンの話をしても同じだ。信じているのか疑っているのか判然としない。


「こいつの話は本当だ。協力すれば俺もお前も自由になれるんだぜ! お互い大切な人に会えるんだ!」


 クライグが訴えてもボルダートは無言。ややあって言った。


「私がお前に剣を教えていたと言ったな」


「うん」


 ルーチェがまっすぐに返事をすると、ボルダートは部屋の隅に立て掛けてあった剣を鞘ごと手に取り、投げてよこした。


「構えてみろ」


 ルーチェは言われるままに剣を抜いて構える。剣聖の巨漢には小さく見える普通サイズの長剣を両手で体の前に握った。


「振れ」


 言う通りにして縦に振り下ろす。ヒュンッと空を切る音。軽い踏み込みをともなう鋭い剣筋は、明らかに昨日今日剣を握った者のそれではない。


 だがボルダートは眉をひそめた。


「私が教えていたにしては、甘い」


「ボルダート!」


 クライグが非難めいた声を上げる。


「くそっ、信じないのはかまわん。だがこのことを絶対に誰にも言うなよ。俺が師匠に会う邪魔をするんじゃねえ! もし約束できねえってんなら――」


 気色ばむ賢者を前に、ボルダートは片手で頬を撫でた。ジョリッと髭の音がする。


「練度の話だ。甘い。だがたしかに私の剣だ」


 そう言って小さくニヤリと笑った。


 わずかの間呆気に取られたクライグが言葉を叩きつけた。


「……このっ、言葉足らずが! 紛らわしいんだよ!」


 それからルーチェは二人を前に自分がわざわざこの時間まで戻ってきた理由を話した。


「僕はフレイアを助けたい。少なくとももうあんな顔をさせたくないんだ」


 クライグは揶揄するように笑う。


「お前を利用して殺そうって相手にお人好しなこった。まあフレイアのことはどうでもいいが、勇者召喚を台無しにするって話には乗った。俺は勇者が大嫌いだからな。おっとお前のことじゃないぞ。お前は……そうだな、今のところ普通だ」


 ルーチェはしれっと返す。


「僕もクライグは割と普通だ。半年以上つき合ってもまだたまに当たりがきついからね。特にフィツさんの目がないところだと」


「……口には気をつけるよ。刺されてドブ川は嫌だ」


 クライグはばつが悪いのをごまかすように髪をかき上げた。


 ボルダートは改まった顔で言った。


「剣聖として、最後の勇者のため、存分に剣を振るわせてもらおう。誇りある仕事に感謝する」

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