勇者は何度でも目覚める
ルーチェはパチッと目を見開いた。
見覚えのある天井が見える。いま寝ているのは王都の高級宿のベッドの上だ。
急いで顔を横に向ければ、フレイアが穏やかな寝息を立てている。ルーチェはふっと笑顔になった。どうやら無事にレイのアンカーポイント、この時間に戻ってきたようだ。
だが微笑ましくなってばかりもいられない。彼女にこれから起こることを伝えなければならない。
ルーチェは肘をついて上半身を起こすと、フレイアの肩をゆすった。
「フレイア、起きて」
「……どうしたの?」
フレイアは目を薄く開けたが、まだ半分寝ている。
「フレイア、聞いて欲しい」
怪訝な顔ながらもフレイアは言われた通りに話を聞く気配を見せた。寝起きの薄目が気怠げにルーチェの顔を見つめている。しかし勇者から発せられた次の言葉に、その目は大きく見開かれた。
「僕はずっと未来から戻ってきたんだ。勇者と聖女が本当はどういうものなのか、フレイアが何を思い悩んでいるのか、僕は知ってる」
フレイアは恐怖に表情を歪め、横になったまま後じさった。そして無様にベッドの下に転げ落ちる。
「フレイア!?」
ルーチェがベッドの下をのぞきこむと、フレイアは足をもつれさせながらも立ち上がって部屋の外へと逃げて行った。ルーチェは呆然と見送り、ただ一人ベッドの上に取り残された。
間もなく窓を叩く音がした。目をやれば窓の外にはカラスの九郎がいる。ルーチェが窓に近付くと、九郎は二階の高さから滑空して主の肩へと舞い降りた。レイが路地裏から手招きしている。
「フレイア逃げてっちゃったよ。ものすごい勢いで。いったい何を言ったの」
ルーチェが寝巻兼用のシャツと長ズボンでやってくると、レイはやや呆れ顔で尋ねた。
キョトンとした顔でルーチェが答える。
「何って、本当のことを伝えただけだけど。僕がずっと未来から戻って来たって」
レイは軽く頭を抱えた。
「伝え方を考えないと。いきなりお前たちがこれからやろうとしてることを知ってるぞ、なんて言われたら恐怖でしかない。向こうには負い目もあるし、勇者は彼女らにとっちゃ脅威の存在なんだから」
「そうなんだ」
レイが諭したが、ルーチェは本当にわかったのか判然としない顔をしている。
話している間に遠くから鎧の足音が聞こえてきた。思わず通りをのぞこうとするルーチェをレイが引っ張って引き戻す。
「残念ながらバッドエンドだ。君は大捕物の末に兵士たちに捕まり、聖女に恩寵を解除されてしまった。そのまま処刑台行きか、あるいは消息不明として闇に葬られる。ゲームオーバー」
「ごめん」
さすがのルーチェにもここから挽回するのは絶望的だと理解できた。しくじりを軽く後悔する顔で謝る。
「今度はうまくやってよ」
レイはそう言うと黒い毒薬の瓶をあおった。
ルーチェは再びパチッと目を見開いた。さっき見たばかりの天井が視線の先にある。
横を向けばフレイアの寝顔があった。
「フレイア、起きて」
ルーチェが肩をゆすってフレイアを起こす。間もなくフレイアはまたしてもベッドから転げ落ちて宿から飛び出して行った。
九郎が二階の窓を叩く。ルーチェは窓の外を見ることなく路地裏のレイのもとへと向かう。反省会。レイが毒をあおる。
ルーチェが目を覚ます。フレイアが逃げ出す。今度は素早く捕まえたが、金切り声の悲鳴にびっくりして手を放すと、やはり前と同じ流れになった。反省会。レイが毒をあおる。
そして四度目の反省会でレイは言った。
「とりあえず寝起きドッキリはやめようか」
ルーチェが「今度こそ」と意気込むので何度かやりたいようにさせてみたが、このままでは延々同じ繰り返しになるのは明らかだった。
「もうちょっと落ち着いた場所で、十分に心の準備をさせてから伝えて。せめて朝食が終わった後とかさ」
「わかった」
しかし朝食が終わった後どころか、この日の王の謁見やパレードが終わり、リラックスした夕食の後だろうと結果は変わらない。ルーチェの代わりにレイが記憶の映像を見せて説得を試みた時でさえうまくいかなかった。
ルーチェがパチッと目を開く。
隣で眠るフレイアを起こさないようにベッドから出ると、そのまま靴を履いて階段を降り、路地裏にいるレイのところへと向かった。
レイが腕組みしながら言った。
「駄目だね。クライグ君やボルダートとは違って聖女としての自覚と責任感が強固だ。簡単には説得できそうにない」
「それでもなんとかやるしかない。僕は何度だって繰り返せるよ。フレイアを説得できるまで」
ルーチェは精霊窟での切羽詰まったフレイアの顔を思い出す。彼女に二度とあんな顔をさせるわけにはいかない。
「待ちたまえ、猪。今のフレイアにとってあなたはほとんど赤の他人。その大前提を忘れちゃいないだろうね」
「わかるまで話せばいつかは必ずわかってもらえる」
「いやいや、繰り返しの蓄積があるのは私たちだけだからね。いくら繰り返しても、向こうにとっちゃいつも遠い他人から初めて聞く話なんだよ。百万回繰り返すうちにルーチェか私が弁舌の達人にでもならないと説得はとても無理だ」
「弁舌を鍛えればいいんだね。わかった」
「ちがう。わかってない」
レイは思わず吹き出した。
「あれだよ。好感度さ。好感度をもっと上げてからでないといけない」
「ゲームじゃないから好感度なんてないって言ってなかったっけ」
「まあ現実でも好感度的なものはある。信頼の積み重ねだ」
レイの説明にルーチェは釈然としない顔をしている。
「要するに短期戦は諦めて長期戦に移行しようという話さ。ルーチェとフレイアは再び勇者と聖女として旅をする。そこで絆を育んでだね」
「大魔域の旅に行くの? 最後にまたレイと戦う?」
レイはしばし首を傾げて考え込んだ後、ニヤリと笑って言った。
「……いいこと考えた。大魔域の旅はなし。そこはうまくアレンジするよ。ルーチェはひとまず流れに身を任せて」
それから今後の打ち合わせをしばらくした後、レイは路地の向こうに姿を消し、ルーチェは宿へと戻った。
階段を上がって自分の部屋に帰ろうとすると、慌てた様子のフレイアが寝巻のまま駆け下りてくるところだった。
「ヒカル! どこへ行ってたの!」
「ごめん。フレイア。早く目が覚めたから少し外を散歩してた」
迷子になった子供を叱るような態度だったフレイアが一転して感激に目を輝かせる。
「やっと名前で呼んでくれた! うれしい!」
「僕の聖女だからね。これから何度でもそう呼ぶよ」
その喜びようにルーチェも思わず目を細めた。そして言った。
「そうだ。僕のことはヒカルじゃなくてルーチェって呼んでくれるかな。実はそれが僕の本当の名前なんだ」




