勇者と剣聖ボルダート
一夜明けた町は惨憺たる有様だった。
無惨な焼け跡を前に呆然とする者。誰かの名を呼びながらふらふらとうろつき回る者。焼け焦げた瓦礫をひたすら掘り起こす者。木の焦げるにおい。肉の焼けるいやなにおい。火は消し止められたものの、実に町の半分が焼け落ちている。まるで戦の後のような景色を、燦々とした秋の陽光が無慈悲に照らし出していた。
レイとルーチェらはその有様を横目に見ながらボルダートの家へと向かった。しかしそこに建っていたはずの家屋はすでになく、ボルダートだけが焼け跡に腰をかけて放心している。
ボルダートはルーチェとクライグに目をやった。ともに魔王討伐を旅するはずだった仲間の姿である。だがその瞳は静かに凪いだまま、色を表さなかった。虚無の目だ。
レイが静かに問うた。
「どうしてワイバーンが襲ってきたのか、教えてくれる?」
その瞬間、ボルダートは顔を歪め、片手で顔を握り潰さんばかりに目を覆った。歯を食いしばって言葉を絞り出す。
「私が愚かだったのだ」
滂沱の涙が頬を伝ってとめどなく流れた。
ボルダートはワイバーンの卵を盗もうとして散々な結果に終わった顛末を手短に語った。その結果が昨夜の惨事を招き、彼の一番守りたかったものも台無しになってしまった。
失意に顔を歪めるボルダートにルーチェは言った。
「僕がなんとかするよ。僕はどうしたらいい?」
「無駄だ。今朝早くに戻ったところで手遅れに過ぎる。つくづく愚かな。私はなぜあの時それに気づかなかったのだ。昨晩のうちに頼んでいれば……」
ルーチェはすぐにボルダートが勇者の力をどこか勘違いしていると悟った。端的に告げる。
「六日前に戻れる」
それを聞いてボルダートの目の色が変わった。
「まさか。ほんとうにそんなことができるのか?」
言うや否や跳ねるように立ち上がり、覆いかぶさるようにルーチェの両肩を握った。
「頼む! すぐに時を戻してくれ!」
レイが横から尋ねる。
「ワイバーンに手を出す前に止めたい。向かった先を教えてくれないかな」
「ワイバーンの巣はあそこに見える山の断崖がむき出しになった場所にある……いや、待ってくれ。六日前ならまだ私たちは町の中にいる。潜伏している場所を教える。止めに来てくれ。もし言うことを聞かないようなら殺してでも私を止めてくれ。勇者なら必ずそれができるはずだ」
ボルダートが強い眼光を取り戻しながら言った。ルーチェははっきりと答えた。
「殺さない。僕は何度だってやり直せるんだから」
ややもしてレイとルーチェはオクトラクルムをはるかに望む道の上に立っていた。
すでに一行は家族の仮装をしている。
立ち止まったレイとルーチェに、すぐ後ろを歩いていたフィツがぶつかった。
「なんじゃいきなり止まりおって」
レイが笑顔で振り返る。
「ボルダートが見つかった」
「……ああ、何かあって戻ってきたのか」
さすがにフィツは察しが早い。
「いや聞いてよ。けっこうすごい話でさ。フレイムワイバーンにあの町がめちゃくちゃにされちゃって」
「笑顔で話す内容ですかねぇ」
屈託なく笑うレイにクライグが呆れた顔を見せた。
オクトラクルムの城門でまた同じように歓迎なしの品定めを受けた後、一行はまた同じように宿に入った。そしてすぐにボルダートの潜伏先である下町へ向かう。
「勇者が来ているとボルダートに伝えてくれないかな。ワイバーンに手を出せばこの町は半分が焼け落ちる。僕はそれをボルダートに止めてくれと言われてここまで来たんだ」
ボルダートの潜伏している建物の前でルーチェがそう言うと、周りを囲んで凄んでいた男たちはみなポカンとした顔になった。それはまあ普通には理解できない話だろう。
やがて剣を手にしたボルダートが現れる。
ルーチェがウィッグを取って化粧を拭い去り、本来の素顔を見せた。
ボルダートは己の知る勇者の顔、そしてその横にいるクライグを見ると、その言葉を素直に信じた。
それからボルダートを加えた五人はまっすぐにボルダートの家族の住む家へと向かった。生活の労苦をにじませながらも美しい妻と、三つくらいの息子が戻ってきた一家の主を迎える。そして家の中には病床に伏せる十あまりの娘がいた。
娘は咳きこみながらも健気な笑顔で父親に「おかえりなさい」と言った。
フィツがその場で調薬した粉薬を飲ませてやると、娘の咳は嘘のように止まり、驚く笑顔に子供らしい色がもどった。母は目に涙をにじませて微笑み、小さな坊やもつられてうれしそうな顔となった。娘の手を握るボルダートは父親の顔で目を細めている。
「ふぅん。あんな顔もできるんだな」
クライグが思わずつぶやいた。
「この病はすぐには治らん。今のは症状を緩和する薬で、病を根っこから直す薬ではないでな。半年は別の薬を飲み続けなければならんが……」
「その薬代は私が出すよ。その代わりあなたには私たちの仕事を手伝ってほしいんだ。少しかかるけど二年はかからない。再来年の今ごろにはこの町に戻って来られるはずだよ」
フィツが説明し、レイが依頼を畳みかける。
「むしろこちらからお願いしたい。あなた方は娘を救ってくれた。きっと私やこの町のことも。この恩は我が命を捨ててでも返さなければなるまい」
「安心せい。勇者は決して仲間を死なせぬ」
ボルダートの物々しい意気込みにフィツが淡々と返した。
ボルダートが思わずルーチェに目をやる。ルーチェはその視線を受け止め、黙って強くうなずいた。
その後、場所を移し、五人で詳しい仕事の話をした。
話のついでにルーチェはワイバーンとの戦いで見たボルダートの動きについて尋ねた。
「そうか。二年の間、私は技を見せなかったか」
剣聖ボルダートも「勇者に剣を教えるな」と固く言いつけられていた。魔王を倒した後、用済みになった勇者を速やかに始末するためだ。本気を出すのはその最期の瞬間だけでよい。彼はそれに唯々として従うつもりだった。
もとより誇りある仕事ではない。我が娘の命を助けるためとはいえ、若く何も知らない少女を死地に向かわせ、最後はその命を奪う仕事だ。言われた通りに、それ以上のことは何もしなかったのだろう。
「そう言えば剣も錆の浮いたままのなまくらをずっと使っていた」
ルーチェがそう言うと、ボルダートは自らに失笑した。
「我ながら情けないことだ。そんな風にして自分で自分に言い訳をしていたのだろうな。娘のためを思うなら万全を尽くしてさっさと仕事を終わらせてしまえばよかったのに」
だがすぐにその自嘲を振り払い、毅然としたまなざしでルーチェを見つめ、頭を下げた。
「これからは剣聖として家族に恥じない働きを約束しよう。今後ともよろしく頼む」
ルーチェはその言葉を快く受け止めた。
そして勇者の力でこの町の多くが救われたことを思い、なにやら誇らしい気持ちとなった。




