勇者と国境の町
一行はフィツの庵を後にしてから都合三ヶ月をかけ、国境の町オクトラクルムへとたどり着いた。
国の南西部の山がちな道を塞いで立つ砦の町。周囲をぐるりと覆う堅固な城壁は、山向こうにある隣国への備えだ。
城門では衛兵が明らかに歓迎していない目つきでこちらを品定めしてきたが、旅の夫婦とその娘、そして使用人という体の四人に怪しむべきところはない。追い返す理由がないのを残念に思う口調で入るのを許された。
町の中に入っても回りから同じような視線を浴びた。どうやらこの町はよそ者に優しくはないらしい。
間もなく見つけた宿屋に入ると、その主人も同様の態度を取るので、さすがにレイが尋ねた。
「この町に入ってからどうもとげとげしい視線ばかりを感じるのですが……何かあったのですか? 我々におかしなところがあれば今のうちに改めておきたいのですが」
すると宿の主人はハッとしたような顔となり、笑顔を取り繕った。
「これはすみません。土地柄、間者が入り込むことを警戒しているのです。見たことのない顔を見ると、どうにも疑う心が先に来てしまって」
そしてレイとルーチェの間にいるフィツに目をやる。フィツは宿の主人を見上げてニコッと笑った。
「とはいえ、さすがに子連れの間者はおらんでしょうな」
宿の主人はそう言うと、優しい笑顔でフィツの頭をなでた。
やがて部屋に通され、主人の姿が消えた後、フィツは表情を消し、声を殺して抗議した。
「もう一度言わせてもらうぞ。なんでわしが子供役なんじゃ」
子供服まで着せられて不機嫌そうである。男装のレイが軽く返す。
「仕方がないでしょー。それが一番しっくりくるんだから。そう、しっくりくる。さっきの笑顔はファインプレイだったよ」
「師匠の満面の笑みなど幾星霜ぶりでしょうか。このクライグ感激いたしました」
目を輝かせるクライグの横でルーチェも驚いていた。フィツの表情筋があそこまで仕事をしたのは初めて見る。
短いつけ髭を口の上につけたクライグは調子に乗って言った。
「やっぱり今からでも俺との夫婦役にしますか」
「そっちはそっちで論外じゃ」
夫婦は無理がある。兄と妹がせいぜいじゃないかな。
ルーチェは口には出さずそう思った。その表情は諦めのそれである。今のルーチェはレイの渡した金髪のウィッグに加え、フィツの施した化粧で一見してルーチェとわからない、たおやかな人相となっている。
「まあまあ、我々は素性を隠さないといけない身だ。人里だけだから我慢して」
それよりも、とレイはこの町でしなければならないことに話を移した。
剣聖ボルダートを探し出し、仲間に引き入れる。ルーチェの剣の師を見つけるためにも是非ともこなしたいクエストだ。
ルーチェが尋ねる。
「ほんとうにこの町にボルダートは帰って来てるの?」
「左遷先から姿をくらましてこの町に戻るほどだ。妻と子もいる。第二の故郷として思い入れのある土地なのさ。たぶん町がピリピリしてるのもボルダートを匿ってるからだと思うよ。さすがにいつもはこれほど排他的じゃない」
レイは自分の知る事情を話した。
もともと剣士として修行の旅をしていたボルダートは、実戦を求めて十数年の昔にこの地を訪れた。そして幾度かの戦いを経て土地に根を下ろし、剣聖に選ばれるまでは町一番の戦士として隣国ににらみを利かせていた。
勇者でないルーチェがいなくなった場合、ボルダートは北方の砦に左遷されるが、いつの間にかこの町に舞い戻って家族のもとで隠れ住む。しかし今から十年後に隣国が攻めてきた時に先頭に立って敵を撃退し、そのせいで国に見つかった彼は再び北方に連れ戻される。それからは二度と家族に会うこともなく老いさらばえて一生を終える。
「胸くそ悪い話だぜ」
思わずクライグが言った。遠くを睨む目をしている。
それから四人は街中を手分けして、それとなくボルダートの消息を探った。が、「ボルダートは剣聖として王都に行ったまま帰って来ていない」という情報しか得られなかった。
「口裏を合わせとるな」
「あからさまに目が泳いでる人とかもいたからねぇ」
だがフィツとレイはかえってボルダートが帰っていることを確信していた。ルーチェはぼんくらの顔で二人のやり取りを聞いた。
「これを機に姿をくらます気なのかもしれんですね。何を考えてるのかわかんねえ男だったが、俺みたいに王命でなりたくもない剣聖にさせられたんだろうし。逃げる機会があるなら逃げない手はないっすわ」
まさに逃げてきたクライグが言うとそれは説得力があった。ちなみに監視もかねてつけられた供回りを、クライグは鉱山都市に置き去りにして来ている。今頃はクライグもルーチェと同じくお尋ね者となっているはずだ。
「まあ急ぐ旅でもない。しばらくこの町で粘ってみようか」
野宿続きの旅を続けてきた四人にとってはありがたいベッドだ。旅の疲れを癒すいい機会としてのんびり腰を据えることとした。
翌日、レイはどこかへ出かけ、ルーチェとフィツとクライグは三人で街中を見て回った。さほど大きい町ではない。小さな市や戦の記念のモニュメントなどわずかな見どころをはしごすると、もうやることがなくなってしまった。
「宿に戻って茶でも飲むかのう」
「ダメですよ、お嬢様。お外でそんな年寄りみたいな口調は」
思わずつぶやいたフィツをクライグがたしなめる。
「……飲もうかしら。これでいいのかしら?」
クライグは感無量に目を閉じ、左胸を押さえて天を仰いだ。フィツはいつも以上の無の表情だ。
それから三人は宿に戻って部屋で静かにお茶を飲んで過ごした。こんな穏やかな時間も悪くはない。
レイは暗くなる前には帰ってきて、本日の空しい成果を告げた。影に紛れることのできるレイは隠密行動のエキスパートでもある。その技を活かして少し深いところまで探ってきたのだが、何も得るものはなかったと。
そのような日々が何日か続く。
町に入って五日ほどが経った夕方、レイはお手上げの様子を示した。
「うーん、思ったよりも念入りに隠れてるみたいだ。今日はやっとボルダートの家族が住む家を突き止めたんだけど、そこにも姿は見えなかった」
「そこまでしてこの町で暮らしたがってるんだし、仲間にするのは無理なんじゃないの?」
話を聞いたルーチェが疑問を口にする。レイはあっけらかんと答えた。
「いや、十分な報酬を提示すればボルダートはたぶん動く。剣聖になったのは魔王討伐の報奨金目当てでもあるのさ」
レイが言うにはボルダートには病の娘がいるのだという。その娘を助けるために高価な薬が必要となる。勇者は使い捨てされるが、聖女、剣聖、賢者の三人はきちんと報奨が約束されている。
「ほう。だったら娘の病を治して恩を着せるという手もありそうじゃな」
「ふむ。言われてみれば一考の余地はあるね」
そうしてレイとフィツがどのような病なのか、ボルダートの家族とはどう接触すればいいか、などと話し始めた時であった。
黄昏の町に警鐘が鳴り響いた。
何事かと部屋から出て宿の主人に尋ねると、それは戦の合図である、と返ってきた。慌てず「また隣国の兵だろう」と。それから旅人の客に部屋でじっとしているようにと釘を刺した。よそ者がこのタイミングで外をうろつけば、町の者から何をされても文句は言えないと。
忠告通りに四人がいったん部屋に戻ると、レイは首を傾げた。
「おっかしいなぁ。十年は攻めて来ないはずなんだけど」
隣国はこの時期、兵を興さない。それは幾度も繰り返したレイの経験による間違いのない情報だ。勇者となったルーチェがいなくなるという違いはあるものの、それはあくまでこの国の問題だ。国家間の関係にまで影響があるとは考えにくい。
「ボルダートが戻ったことで状況が変わった?」
そのルーチェの言葉にも答えず、レイは釈然としない顔をしている。やがて三人の視線が自分に集中していることに気がつくと、笑いながら言った。
「はっはっは。まあ未来が揺らぐなんてよくあることさ」
そういいつつ次の瞬間には目を閉じて眉根を寄せた。よくあることではあるのかもしれないが、歓迎すべき出来事ではない。
そうこうしているうちに宿の周辺を慌ただしく兵士たちが駆け回る音が聞こえてきた。
目を閉じたままのレイが不意に言った。
「町を襲ってきたのはワイバーンだ。大きい。炎も吐いてる」
ルーチェとフィツに使い魔の目を通した映像を共有する。口から炎をまき散らす飛竜が暴れまわっていた。
「フレイムワイバーンか。最悪じゃの」
「いきなりどうして?」
フィツがつぶやく横でルーチェはただただ疑問の顔だ。
すぐにレイはピンときた。
「そうか。ボルダートは別の手段で薬代を工面しようとしたんだ」




