勇者の戦い方
一晩の休息を取って態勢を万全にした後、レイは折り畳み式のテーブルの上に、真っ白なテーブルクロスをかけた。そして朝から優雅にお茶とデザートを準備して、お茶会のような席を整える。
「ルーチェ、アンカーお願い。さあ、今日は何回このおやつを食べられるのかな」
フィツがため息をついた。
「まったく。あきれるのう。昔と変わらん」
魔法の明かりを頼りにほこらの入口から石の階段を地下に下りて行くと、すぐに石でできた大扉の前にたどり着いた。かかっていた魔法の鍵をフィツが魔法で開錠すると、中は広大な広間になっている。禍々しく重苦しい空気が部屋中に満ちていた。
広間の中央、広く円形に一段下がった石の床の周囲には等間隔に並んだ台座が飛び出していて、その上には緑の輝きを宿したオーブが並んでいる。十二のオーブの宿す光の強さはまちまちで、うち二つほどが完全に光を失っていた。
「準備はいいかなー?」
レイの言葉にみな無言でうなずいた。ごくり、とクライグの息を呑む音が聞こえた。
十二の台座の影から飛び出した漆黒の刃がオーブを粉々に破壊する。部屋の真ん中を中心として怖気をふるうような気配が渦を巻き、やがて何者かが実体化した。
それはルーチェが知る限り、巨大な悪魔としかいいようのない影形だった。
半ばは人間、半ばは獣のような姿である。血走った目には縦に細長い蛇のような瞳孔。大きく裂けた口からは薄汚れた牙がのぞいている。頭には二本のねじ曲がった角。赤黒い肌をした巨躯には小さな翼と尾も生えていて、猛獣のごとき鋭い鉤爪を手足に備えていた。
魔神が口を開くと同時に響いたのは、腹の底まで震わすような重々しい咆哮。人間に倍する高みよりこちらをねめつける瞳からは明らかな敵意が感じられる。
「言葉は通じないみたいだね。いっそ話が早くていい。ルーチェ、ゴー!」
レイの号令とともにルーチェが巨剣を手に走った。レイの神聖魔法がその防御力を高め、クライグの精霊魔法が魔法抵抗力を高める。フィツは小手調べの攻撃魔法を唱え始めている。
魔神が迫るルーチェを睥睨し、両腕を大きく広げて迎え撃った。
間もなく、レイとルーチェはお茶とパウンドケーキの置かれた簡易テーブルの前に座っていた。フィツとクライグも同じ席についている。
レイがケーキを一口かじってから言う。
「火と風は効き目が薄い。フィツはそれ以外の魔法でやってみよっか」
フィツは当たり前のように会話に応じた。
「それ以外を試す暇はなかったか」
「うん。魔神の暗黒魔法一発でフィツは戦闘不能。クライグ君、フィツにも抵抗魔法をお願い。広間の入口ギリギリから。じゃないと魔神が吐いた炎に巻き込まれてあなたもあっさり焼け死ぬ。気休めかもしれないけど、火除けのアミュレットも渡しておこう」
赤い宝玉をあしらったペンダント状のアミュレットを渡された時、クライグはやっと気がついた。
「もしかして、もう戦ってきた?」
「そだよー。ひとまず一戦目」
その横でルーチェは傍らに置かれた巨剣の刀身を撫でつつ見惚れている。
「この剣はすごいね。あの魔神の太い腕もスパッと切り落とした。最初、空を切ったかと勘違いしちゃったよ」
「すぐに拾ってくっつけられちゃったけどね。今度腕を切り落とせたらもっとめちゃくちゃに破壊できないか試してみよう」
五戦目。
「魔法攻撃は氷一択だね。一応弱点みたいだ」
「承知じゃ。それじゃあアクセサリーも氷補助で統一するかの」
「尻尾の動きが未だに読めない。両腕の鉤爪は凌げるようになってきたけど、死角から来る尻尾がきつい」
十戦目。
「うーん、クライグ君の攻撃魔法はやっぱりまったく通らないね。時間の無駄だからやめよう」
「俺ってひょっとしてあんまり役に立ってないかんじです?」
「とにかく防御をお願い。それでフィツは一撃死を避けられるし、ルーチェも何回かは余計に耐えられる。はい、火除けのアミュレット。部屋の入り口から一歩以上は入って来ないでね」
二十戦目。
「ルーチェが少し粘ると後衛を狙ってくるのが痛い」
「でも隙だらけだ。最後の一撃はクリティカルヒットだったと思うよ」
「うーん。でもフィツもクライグ君も死ぬし、結局はルーチェもすぐ死んじゃったじゃん」
三十戦目。
「いやぁ。ちょっとこれは無理だった。ダメだね。力及ばずを認めざるを得ない」
「僕ならまだ行ける」
「もうさっきから何回も同じ負け方してる。ラスト一回って言ったはずだ。ゴリ押しもほどほどにしとこう。それに今日のおやつにも飽きてきちゃった」
「動きの癖はわかってきたし、まだ試してないパターンもあるよ」
「いくらやっても犠牲者なしで勝つのは無理でしょ。手が足りない」
フィツが気がついたように言った。
「いま何回目じゃ?」
「三十回。三十回戦ってきたところ。まあ今後もこれくらいを最大の目安にしよう。さすがに精神的に疲れた」
クライグはよくわからない顔をしている。
「三十回、とは」
ループを知覚していないものにとってはいきなり会話の内容が飛んだように聞こえる。フィツはたくさん経験して慣れているのですぐ話についていけるが、ループを駆使しながらの戦いがまったく初めてのクライグは普通に混乱した。
「まあ大人しく諦めるということじゃな。やはり魔神を倒すなど無理じゃったろう」
「今回はね」
とレイは少し不満げなルーチェの頭を撫でる。
「ひとまず今日は封印の強化だけして帰ろう。ルーチェとクライグ君がもっと強くなったら再チャレンジだ」
フィツが訝しげに目を細める。
「まさか勝算があるのかや」
「たぶん半分くらいは削った。そこまで理不尽な強さじゃない」
それから四人は三十一回目の階段を降り、広間のオーブに手をかざして魔力を補充する。十二のオーブは煌々とした輝きを取り戻し、魔神の封印は万全なものとなった。漏れ出ていた気持ちの悪い気配も消えている。
「ランクEクエスト『ブレクネス遺跡の魔神の封印強化』達成~」
「お~」
レイがパチパチパチと拍手して、フィツも抑揚のない声でそれに倣った。
それから小さな魔域と化した周辺の土地を浄化するため、手分けをして聖水を撒く。レイが神聖魔法の力をこめた魔除けの水だ。
聖水の瓶を詰めた肩掛けの袋を手にルーチェが率先して遠くまで行く。次にクライグが袋を受け取って別の方角へと向かった。
フィツは何事もなかったかのように歩くルーチェを見ながら言った。
「この短い間に三十も死んでよく平気なもんじゃな。レイなぞ三回も死んだら一ヶ月はメンタルやばいじゃろ」
「私は死なないですからー。まあ苦痛が度を越えそうな時は私がサクッと介錯してるってのもあるよ」
レイと話しながらフィツも聖水の袋を受け取る。
「恐ろしいのう。敵の手の内を丸裸にするまで際限なしに挑めるとは。並の勇者ではない」
「でしょー。それに闇雲に挑戦を繰り返すだけじゃなくて、冷静に相手の動きや場の流れを見てる。検証のためにわざと死ににいったりすることもあるし。ほんと怖いよ。ある意味、私の見てきた中で最強の勇者さ」
レイはそう言って楽しげに笑った。




