賢者クライグ
「何が勇者だ。何が賢者だ。とんだくそったれだ」
クライグは幾度そう悪態をついたか知れない。五年も前から毎日のようにである。
なんとなればその勇者やら賢者やらのせいで敬愛する師匠との仲を引き裂かれたのだ。
ああ、師匠。孤児だった俺を引き取って慈しんでくだされし師匠。お前には才能があると熱心に魔法を手ほどきしてくだされし師匠。
孤児だったクライグは天才魔法使いフィツに才能を見出され、五歳の時にその内弟子となった。救貧院の院長を前に、自分のことを引き取ると言ってくれたフィツの無表情が眩しく見えたことを今でも覚えている。
フィツは日々の暮らしではあれやこれやと細かく面倒を見てくれたが、魔法の修業となると別人のように苛烈に厳しくなった。しかしクライグにはそんなつらい修行も何の苦にもならなかった。食うや食わずの救貧院暮らしよりは百倍マシだ。自分を見込んで引き上げてくれた師匠に報いるため。そう考えて修行に打ち込んだ。
七年にも及ぶ師と弟子の充実した日々。クライグはフィツを師として、また年の離れた姉のように慕った。
いつからだろうか。
そんな年月を経るにつれて、クライグ自身もいつしかフィツと同じく天才、もしくは神童と呼ばれるようになった。十二歳になる頃には同年代はおろか、大人だって負かすほどの魔法使いになっていた。
自分と師匠以外はすべて下だ。子供心には当然のように慢心が芽生え、周囲を見下すことが増えた。
そんなクライグの態度をフィツは時々たしなめたが、強く叱責することはなかった。魔法使いは実力がすべて。それが彼女の信条だったからだ。
才ある者はちやほやされるばかりではない。時に妬み嫉みや排斥の対象ともなる。そんな負の外圧を跳ねのけるのに、強い自尊心と多少のエゴは有用なものだ。
だがクライグの背がフィツを追い越そうというある日、その師弟の暮らしに突然の終止符が打たれた。
勇者レイコが召喚され、国で一番の魔法使いであるフィツがその賢者に任命されたのだ。クライグが十三歳の時である。
クライグは行かないでほしいと必死で訴えた。だが賢者フィツは弟子に王都の魔法学院で励むようにとだけ言い残し、それきり魔王討伐へと旅立って行った。
それからずっとクライグは勇者が嫌いだ。
しかし五年が経った今、クライグは皮肉にも賢者に選ばれた。その大嫌いな勇者の仲間として選ばれてしまったのだ。
師匠と別れてからずっと腐ってサボっていたにもかかわらず、国一番の魔法使いとみなされてしまったためである。思わず周りを呪った。いくら何でもお前ら無能すぎるだろ。
本来ならば誇りあるその称号も、今の彼にとっては何らありがたいものではない。賢者などというものにならなければ、間近に控えた学院卒業とともにやっと師匠のもとに帰れたというのに。五年振りに師匠の顔を見ることができたというのに。
勇者だの賢者だの。なんともわずらわしく忌々しい。
その日、賢者クライグは旅の外套に身を包み、王都の西の城門まで来ていた。
「賢者クライグ様、そろそろ馬の準備が整います」
同じく旅装の三名がその側にいる。クライグたちはこれから逃げた勇者ヒカルを追いかけ捕まえに行くのだ。
「まったく勇者ってやつは。どれだけ貴重な俺の時間を無駄にしてくれるのかね」
わざとらしく嘆くように悪態をついた。その顔には皮肉な冷笑が浮かんでいる。
だがその口ぶりとは裏腹に、内心では面白いことになったと考えていた。
誰が馬鹿正直に探すかよ。
これはチャンスである。
国が与える賢者の称号と立場は強制だ。この国に暮らす限り辞することはできないし、まるで刑罰のような魔王討伐の旅に同行することも避けられない。
しかしこの降ってわいたような勇者探索の任。理不尽の連鎖からとんずらする絶好の機会である。
もちろん国も賢者と呼ばれるほどの人材をみすみす逃すわけはない。この三人の供回りは国がつけた護衛であると同時に監視役でもある。
だがこんな間抜けそうな三人組、天才魔法使いである自分にしてみればわけなく撒いてしまえる。
俺は賢者なんぞ辞めて師匠のところへ行く。そしてそのまま隣国へと出奔するのだ。そしてこの国とは、勇者なんぞとは永遠に縁を切る。
先の勇者は自分から師匠を奪ったこと万死に値するが、今の勇者にはよく逃げてくれたと感謝したい。
用が済めば殺されるとも知らず、勇者とおだてられて喜んでいる、男なんだか女なんだかわからない小娘。とんだ間抜けだと呆れていたが、少しは見どころもあったようだ。
「しかも俺の探知魔法の裏をかいてだからな。なかなかどうして。もしやわざと間抜けの振りでもして隙をうかがっていたのかね。ククク」
思わず含み笑いが漏れた。
「いかがいたしましたか?」
「いや、なんでもない。行くぞ」
怪訝な顔をする供回りを適当にあしらってクライグは馬にまたがった。
「知り合いの知恵者に助言をもらいに行く。剣聖でも聖女でもない。必ずやこの賢者様が勇者を見つけてやるぜ」
その顔はにやけている。馬上から目をやるのははるか北西の空だ。心はすでに愛しい師匠のもとへと飛んでいた。




