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勇者は二人、死に戻る  作者: 川村五円


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勇者を壊す方法

「どうする?」


 そう聞くルーチェの頭にはすでにいくつかの選択肢が浮かんでいた。


 ひとつは一度死んでアンカーポイントまで戻る。しかし最近はレイに言われて必要な時だけアンカーを打つようにしていたため、今のアンカーポイントはアーレイン平原で野盗にからまれる直前だった。少し遠い。


 もうひとつは追跡してくる相手と戦うことである。ルーチェもちょっとやそっとの相手に負けるつもりはないし、今は何よりレイが隣にいる。アンカーポイントも設定しておけば万に一つも負けはない。


 思案するルーチェにレイが言った。


「そこの角を曲がったら息を止めて。真っ暗になるけど平気だから慌てないでね。絶対に私の手を放さないで」


 ルーチェがうなずく前に十字路が迫り、二人は左に曲がった。かと思うとまるで地面が水面になったかのように音もなくその場に沈んだ。路地の日陰という影の中に消えたのだ。ルーチェは何も見えなくなったことに驚いたが、レイの言葉を信じて目をつぶり、呼吸を止め続けた。


 レイの手に引かれて水の中を進んでいるような感覚。


 しばらく経って呼吸の我慢が限界になった頃、不意に目の前が明るくなった。レイとルーチェは先ほどの曲がり角から少し道を戻った場所に立っていた。


「追手は曲がり角の先を走って行った。北門に向かってたことはバレてるだろうから西門に向かおう」


 二人はそれからもあちこち曲がりながら西門を目指した。いったん撒いた追手が再び迫る気配はない。


 だが路地の物陰からはるか西門を見やったレイたちはそこで足を止めた。東門と同じような半円の広場に、常にはない人々の長蛇の列。衛兵たちがたむろして検問を敷いている。


「突破する?」


 ルーチェの思考回路は単純だった。目の前に邪魔があれば蹴散らす。蹴散らせるまでリトライする。


「それもひとつだけど、できればこっそり抜けたいなぁ。夜まで待てば壁を抜けられるけど……」


 壁の両側が影になっていれば、影を伝って壁を抜けることも可能だ。ただしすでに午後となったこの時間、城壁の西側に大きな影を期待することはできない。


 だが夜まで待つというのも良い案かどうかは判断が難しかった。もし待つ間に見つかって包囲でもされれば、かなり派手な手段でしか状況を打開できなくなる。場合によっては人命に斟酌《しんしゃく》している余裕もなくなるだろう。


 レイはそう考えながら辺りを眺め、大通りを西門へと向かう一台の荷馬車に目を止めた。横板があり厚手の布が張られた荷台。ちょうど人が寝転んで隠れることができそうだ。


「あれを使ってみよう。ルーチェ、念のためここでアンカーを打ってくれるかな。うまく行けばこっそり突破できる」


 ルーチェはうなずき、アンカーポイントを更新する。


 そしてレイとルーチェは先ほど路地でしたのと同様に影の中に沈んだ。そして誰にも気づかれぬよう、荷台の下に顔を出す。それからレイが影をつたって荷台の中を確認すると、幸いにも中は空だった。ルーチェも影から引っ張り出して二人中へと忍び込み、並んで横になった。


 そうしてかなりの時間が経過する。ややもして荷馬車はようやく西門前の検問までたどり着いた。


 布越しに衛兵の声が響く。


「悪いが荷台を改めさせてもらうぞ」


「へい、どうぞ」


 ルーチェが布に隔てられた荷台の中で息を呑む。


 レイが小声で言った。


「息を止めて」


 次の瞬間、二人は影に沈んで荷車の下へと滑り落ちていた。そのまま息をひそめる。


 やがて衛兵の検分が終わり、荷車には元通りに布がかけられた。それから衛兵は荷車の下も調べる。


 が、そこにはすでに何もなかった。レイとルーチェは再び荷台の中に移動し、じっと息をひそめている。


 やがてギシッと荷車が軋んだ。物音を立てぬよう身を固くしていたルーチェはその音にギクッとしたが、それは荷馬車が動き出す音だった。そのまま馬車の振動に身をまかせ、布越しに遠く聞こえていた喧噪が遠ざかるのを待つ。


 レイとルーチェは顔を見合わせて声を立てずに笑った。


 町からかなり遠ざかったと思しき頃、二人は頃合いを見て再び荷車の下に降り、走り込んだ木陰から、前を行く荷車が遠ざかっていくのを見送った。


 無事に危機を脱した二人はしばらくそのまま隠れ、追って来る者がないことを確かめると、何食わぬ顔で街道を歩き始めた。


 落ち着いたところでルーチェが疑問を呈する。


「どうして見つかったんだろう」


「門番とは別にどこかで出入りをチェックしていた者がいたのかな。たぶんルーチェの顔を実際に見たことがある奴だ」


 ゆえにウィッグと服装程度ではごまかせなかった。王都からはるばるこの町にそのような者が配されていたのは、どこへ行くにも通る可能性が高い場所のひとつだからだろう。


「……フレイアたちかな」


「そうかも。あと路地を追ってきた男の追跡術。あれはきっと国王直属の暗部機関の者だ。さすがに勇者が拉致されたとなれば、それくらいは出張って来るか」


 暗部は諜報や暗殺など後ろ暗い秘密の仕事を担う機関だ。国家に属する組織ではあるが、絶対王政のこの国では王家の手足として暗躍している。


 勇者の天敵である聖女に加え、思わぬ敵対者の影にルーチェの顔がわずかに引き締まった。


「何もなくても、もう少し細かくアンカーを打った方がいいかな」


「そうだね。その方がいいかもしれない。大きな町に入る前なんかは打っておいた方がいいかも」


 だがすぐにルーチェは表情を緩めて言った。


「でも仮に捕まっても半月戻ればいいだけだったや。なんだかノリでハラハラしちゃったけど、別にそこまで緊張するほどのことでもなかった」


 そのひと言にレイは少し難しい顔になった。


「殺されるのはいいけど、捕まるのには気をつけて。向こうが勇者を壊す選択を取ることもあり得る」


 その真剣な声色にルーチェの顔色も改まる。続く話を聞いた後、その顔は苦いものでも噛んだかのように歪んだ。


 勇者の壊し方。


 それは精神をめちゃくちゃに破壊することだ。勇者が命を落として死に戻るとき、記憶や精神状態はそのまま引き継ぐ。ゆえに精神のおかしくなった勇者は復活してももう役には立たない。


 以前、勇者の天敵は聖女だと言ったが、天敵でなくとも勇者を無力化することは可能なのだ。


 何しろ人の精神は別に特別な力に頼らずとも破壊できる。


 たとえば拷問のような苦痛を与え続ける。終わりのない責め苦に長く耐えられる者は少ないだろう。いくらかは耐えられたとしても、十年、二十年と時間をかけるつもりならば、その心をすり減らすのは容易だ。


 ちなみに魔王討伐の旅のさなかに突然壊れてしまった勇者も過去にはいたという。その勇者が何によって壊れて、どうやって死に戻って来たのか。それを知る者は誰もいない。


 死に戻りという不死性を持つ勇者だが、決して無敵というわけではないのだ。


 聞いたきりルーチェは黙ってしまった。レイはわずかに笑って言った。


「ごめん。脅かしすぎちゃったね。まあルーチェが仮に行方不明になったり捕まったりしたら、私がすぐにループするから安心して。また王都からやり直しは少し面倒だけど、ルーチェの心身の健康には代えられないし」


 大魔域を旅した前のループのルーチェは魔法の義歯で奥歯に毒を仕込んでいた。あれは動けなくなった時に使えと言われていたものだが、そうして壊れる前に任意で死ぬためのものだったのだ、と今さらながらに気がつく。今回はその義歯をつける前に逃げてきてしまったので、その手段は使えない。


「レイが捕まった時は?」


 ルーチェは思わず聞いていた。レイはあっけらかんと笑った。


「自殺も得意だよー。私は」


 その言葉とともに影の中から無数の黒い切っ先が顔を出した。そう言えばこの刃の射出で自分も散々殺されたのだとルーチェは苦笑した。


「まあ痛い思いして死ぬのも本当は精神にけっこうダメージがあるはずなんだけどねぇ。私はルーチェみたいにしょっちゅうは死ねないよ」


「そうなのかな」


 レイの呆れ半ばの声に、ルーチェはやはりどこかキョトンとしている。


 それからレイは歩きながら言った。


「ああ、それにしてもお腹減った」


 歩きながら食べられるパンやソーセージを影の中から取り出し、まずはルーチェに渡した。


 そして恨み節。


「くっそう。今日も明日もあの宿の食事が楽しめると思ったのに。追手の連中め。食べ物の恨みは恐ろしいぞっ」


 ルーチェはパンをかじって頬張りながら、強くうなずいた。


 まだ黄昏には遠い。


「今日は少し長く歩こう。夜闇に紛れて街道を外れて別の道を行く。ちょっとルート変更だ」


「了解」


 二人は街道を一心に歩き続けた。

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