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こちら航空機事件事故調査事務所 小惑星帯第二コロニー支部 物見サク  作者: ケンタ〜


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6/7

エンジン室捜索


 事前に定めた時間まであと二時間。

 つまり、もう三時間が経過していた。

 アズマヤにやって来た朝。昼夜は二時間半で切り替わる。


「おえっ……」


 咲李がヘルメットの中で吐きそうになっていた。

 太陽光と言うのは強烈だ。数時間ごとにオンオフ切り替わるでっかい光源。


 体にとっては、二十四時間で切り替わるはずのサイクルを七分の一の速さで繰り返している感覚である。

 酔い止めを最初に飲ませたはずだけれども、咲李には毎度のこと利きが悪い。


「気を引き締めろ。これからこれに登るんだから」

「うう……」


 目に前にあるHFAの塔。そのドッキングポート。

 バールをそこに突き立てて思いっきりひねる。


「ふんっ!」


 ガゴンと手ごたえがして開いた。

 反動で体が浮かび上がる。


 ふと見える、真空を衝く天の逆鉾。太陽の光は、真っ白な体躯を爛々と照らしている。

 テザーを引っ張って、体を戻した。


「真っ暗……ですね」

「だな」


 発電機構が停止して、もう三か月は経過している。バッテリーも残っているはずがない。

 ヘルメットのライトを点火して中に入る。


 筒の直径は二十メートル。そのうち移動区画は二メートルほど。人が常駐するための場所ではなく、移動のための手すりしかない。


 物品はほかの空間に通っているチューブで主にやりとりされる。エンジン区画にいる整備士や機関士に必要なものを渡すために。

 そう。エンジン区画には空間がある。そこに常に機関士か機関士補助が常駐しているはずだった。

 結局、円環構造には操縦士と副操縦士の痕跡はなかった。しかし、ここならば誰かがいるかもしれない。


 手すりをつかみ、上――HFA的には下――へ向けて、登っていく。

 距離にして、一キロ近くの登山になる。ほぼ無重力とはいえ、宇宙服含め九〇キロ近くある体を持ち上げるのはしんどい。


『はあ、はあ……』


 下を見ると、呼吸する咲李の頭が揺れているのが見えた。

 その端の方から今登って来た穴が見える。ほとんど真っ暗闇だ。

 それは光で照らしきれず、深淵が本能的な恐怖を誘ってくる。


「行くぞ」

『は、はい……』


 手すりをとり、上へ引っ張る。さらにまた取り、上へ。

 上を向くライトが行く末を照らしてくれる。しかし、上にも深淵が続いている。


 まるで永遠に続いているように見える暗闇。ただそこに手を伸ばして進むしかない。

 必ずそこに、きっと手がかりがあるのだから。


 ゴツン、と手が止まった。


「着いた」

『はあ、はあっ……』

『機関室』と書いてあった。


 そこに入るには、専用の認証キーが必要だ。


「ふんっ」


 間にバールを差し込んで力づくで曲げる。手にバキッと感触が伝わった。

 ぶわっと体を押しのけるような感触。


「空気か」


 エアロックだろう。機関室はそれだけで独立した環境になっている。

 与圧されているのは遠心重力区画と、エンジン区画の一部である機関室のみ。


 今、空気が残っていたということは、ここは三か月、ずっと与圧が保たれていたということを意味する。

 空気が全部抜けたことを確認してから中に入る。


 誰もいない。


「咲李」

『は、はい。ここ、エアロックですか』

「そうだけど、どうかしたか」

『あんな乱暴な明け方しちゃってよかったんですか』

「失礼な。閉じやすく丁寧にこじ開けたんだぞ」

『丁寧なこじ開けってなんですか……?』

「ほら見ろ」


 こじ開けた扉を閉じて、変形した部分をガムテープで塞ぐ。


「これで空気は出て行かない。安心しておくの扉を開けれるってわけだ」

『ガムテープでいけるんですか……?』

「心配するな。ガムテープを信じろ」

『新興宗教……?』


 ガン、ガン、とバールで向こう側の扉を叩いてみた。

 しかし、返答はない。

 三か月、もしかしたら誰か生きているかもしれないと思ったが。


 受け渡しチューブを使って、食料だけは非常電源で引っ張り出すことができる。

 しかし、その非常電源も切れているようでは、望みはないか。


『先輩、あの、マイクが……』

「分かってる」


 さっきから、通信機のノイズが明らかに強くなっていた。

 奥の扉にバールを差し込み、力を籠める。


「ふんっ、ぐっ……」


 硬い。


 腕にぎしっと荷重がかかる。

 重力で踏ん張れないから余計に開けづらかった。


『先輩、手伝いますっ』

「ああっ」


 咲李が一緒にバールを引っ張ってくれた。

 耳をつんざくほどの轟音。


 そう、轟『音』だ。


「うおあっ」


 ぶしゅうっっ、と目の前が真っ白になった。

 一瞬でその霧がおさまる。

 取り落したバールが天井でガツンと音を立てた。


 音。つまり空気だ。

 真空だと、蒸発した水分によって霧が作られることがある。


「きゃああっ⁉」

「⁉」


 咲李の叫び声。

 目をやると視界に飛び込んでくる。


 死体だった。


 開いたエアロックから腐乱死体が飛び出してきた。

 真っ黒な顔、腐ったような見た目。眼窩はどろどろに溶けた訳も分からない液体が詰まっている。見るだけで吐き気がした。


「ッ、えっ」


 しかし、耐え切れない者が一名ほどいたらしい。

 空気があれば、死体は腐る。この仕事をしていると、どうしても忘れそうになることだった。


「機関士……」


 思わずそう呼んでいた。


 首の下に着けていたドックタグで分かった。これは機関士の死体だ。

 体格や顔の形も似ている。外れかかった頭皮の髪の形も、まぁ……似ているだろう。


「咲李、大丈夫か?」

「じゃな、で、ぐぷっ」

「うわっ」


 悲惨な音がした。

 目をやると、ヘルメットの中に悲痛な液体が満ちている。


「えっ、ぇっ、せんぱっ」

「テントを張る。目いっぱい吐いてろ」

「ずみま、ぜっ、おええっ」


 豪快な吐きっぷりがしばらく空間に広がった。

 腐乱死体はなるべく傷つけないように機関室の向こうに置いておいて、すぐに咲李のもとに戻る。


 例のテントを広げ、浄化フィルターをオンにし、入らせた。


「ヘルメット外せ」

「は、はい、あ」

「うわぁ……」


 ぷしゅりと外れたヘルメットからは、酸っぱい匂いがした。

 低重力で胃液の塊は球になりながら、ゆっくりと下へ落ちて行く。

 タオルでそれを床に落ちる前に受け止めた。


「はあ、はあ、あっ、ずみまぜっ、鼻痛いっ」

「だから、吐くときは我慢せず思いっきり吐けって。へんなとこ入るから」

「は、げほっ、げぼっ!」

「うわぁ……」


 咳と共に吐瀉物の粒子が激しく飛び散った。

 タオルバリアしてなかったら私の顔にも来るところだった。


「じっとしてろ。拭いてやるから」

「は、はいい……」


 ヘルメットを拭いてから、別のタオルで顔を拭いてやる。

 もにもにと口を拭いているところで、咲李は口を開いた。


「せんぱ、むぐ、あれって」

「機関士の死体だ。宇宙服を着てたな。ヘルメットはつけてなかったが」


 死因は大体わかっていた。


 死体の頭部が大きく凹んでいた。頭部強打による即死だろう。

 ピザの区画は分離したあとに減速のようなものがある程度きく。


 しかしここは減速も、離脱も、何もできない。もしエンジンが死んでいれば、この区画も一緒に死ぬことになる。


「はあ、はあ、はっ、はっ、はぁっ……」


 少しずつ、咲李の様子が落ち着いていく。

 仕事の途中で吐くのはこれが三度目だ。

 今までの死体で我慢できたのは、成長したといえるだろう。


「あの、せんぱい」

「なんだ?」


 どうやら、顔を拭かれながらでも伝えたいことがあるらしい。


「機関室って、はあ、脱出ポット、ありました、よね」

「あったな。ああ……」


 なるほど。咲李が何を言おうとしているのかが分かった。

 こんな状況でも逞しい奴だ。


「なんで、それで脱出したかったん、ですかね」

「分からん。首謀者だからかもしれん。船をぶつける航路に向けるのに忙しかったのかも」


 まだ、機関士が犯人であると決まったわけではないが。


「でも、首謀者なら、なんで逆に逃げなかったんですか」

「まあ……確かに」


 理由はいくらでも考えられる。


 船と共に自死するつもりだった。上に命令されて、逃げずに自死しろと言われた。どちらにせよ自分だけ助かったら怪しまれるので、はじめから自死するつもりだった。


 いや、よそう。

 こういうとき、不用意な断定は齟齬を招く。


 証拠は目の前にあるのだ。


「体力回復したら調査だ。死体もまた見ることになる。吐きそうになったらテントに戻って駆け込んで、吐け。OK?」

「は、はい、OK、です」


 咲李は気力を幾分か失った上目遣いで、こくりと頷いた。


 再出発だ。


 立ち上がった咲李とテントを出て、機関室の中に入る。


「死体はあっちに置いた。気をつけろ」

「はいっ……」


 機関室は、素人目に見ては訳の分からないボタンと配線と機材の集まりだった。

 この船の命の八割がここに集まっている。ここが止まれば、船はすべてが終わる。

 人間から手足が消えるような、呼吸ができなくなるような。

 それだけ、機関部が止まるということは重大である。


 あちらこちらが壊れている。ただでさえ意味の分からないコンプレックスが、更に意味の分からない壊れ方をしている。

 壊れてから落ちたのか、落ちてから壊れたのか。もしかしたら両方なのかもしれない。

 地面にある破片を踏まないように移動しながら、パシャパシャと写真を撮っていく。

 その間、私たちは宇宙服のヘルメットを着けている。


 死んだ人が三か月間放置されていた空間だ。それは真空空間よりもたちが悪い。どんな細菌がいるか、どんなひどい匂いがするか。考えたくもない。


 与圧空間では宇宙服は防護服を兼ねる。この仕事では、空気がある空間でもそれを吸うことは許されない。


「咲李?」


 ニ十分ほど、咲李は宇宙船の機材類をじっと見ていた。

 床と壁はひっくり返っている。そのため、咲李はずっと上を見上げるような形になっていた。


「何かわかったことある?」

「はい。やっぱい、この壊れ方は落ちた衝撃で壊れたみたいです。破断の方向が全部同じです」

「なるほど」


 こういう機材により詳しいのは、咲李の方だ。


「こっちももう一人見つけた。今度はヘルメットを着けてる」

「え……」


 咲李が不安そうな顔をする。

 私だって死体はもう見たくない。しかし情報というのは共有しなければ意味がない。


「……わかりました」


 軽い重力の中で重い腰を上げて、咲李はついてきた。

 今度の死体は機関室の端にあった。壁……かつて床だった場所に体を預けるようになっている。

 まるで、誰かがそこに寝かせたか。もしくは自分でそこに体を預けたかのような。


「これは……」


 死体は、ヘルメットの中で、まるで生きているかのように綺麗に眠っていた。

 腐敗の兆候はない。真空死の気配すらない。

 確かに宇宙服の中は加圧されていて、死んだ存在が腐敗する条件が整っている。


「総義体だ」


 まさか、こんなところで見ることになるとは思わなかった。

 あの、総義体だ。

 体全部を、機械に置き換えている。

 義体眼を起動してその存在を見る。

 生理的な部位は、脳しか残っていない。


「これで死んでいるのはおかしいです、先輩」


 ありえないと言いたげな目を、咲李は向けた。

 私だってそう思っている。


「生きていたなら、助けを呼ぶことができたはずです。いくら通信機材が壊れていても、脱出ポットで逃げることくらいできたはずですよ。それに、総義体なら、これがぶつかった衝撃程度で死んだりはしません。ていうか、傷一つ、ないですよ」


 今この瞬間、私たちは深淵にぶち当たった。

 このただでさえおかしな事件の、さらに深淵に。

 この全身を機械で覆われた生き物は死ぬはずではなかった。


 しかし、死んでいる。


 それは起こるはずではなかった、見えていない何か深淵を指し示しているかのようだった。

 この遺体は機関士補佐のものだった。まるで人形のように穏やかに目を閉じている。

 しかし、本来そうであってはいけない。存在していいはずはないのだ。

 私たちの今までの仮定に沿っているのならば。


 マイクのノイズはピークに達していた。


 死体の宇宙服の機材をいじってやれば、それがブツリと途切れる。

 総義体はバッテリー駆動ではない。もっと特殊なものを使っている。

 それによって、通信機は三か月も動き続けたのだろう。

 まるで最初から、私たちに気づいてほしいと言っていたかのように。


 最初から、何時間も前から、もっと前から、ずっと。


 私は義体眼を起動する。


 そこに張り付けてある、幾多の仮定の項目。


 それを、全部右手でざっと払いのけた。


 前提が間違っている。


 私たちの見えていない、何かがある。


 全身に言いようのない、漠然とした感覚が覆っていた。ぎゅっと、唇を噛む。


「全部、やり直しだ」


 そう言った瞬間だった。


 義体眼が真っ赤になった。


 反射的に体が跳ねる。


「えっ」


 咲李に飛びついてその体を抱きしめた。


 勢いのまま体が壁にぶつかりそうになる。


 全身が吹き飛ばされる感覚が覆った。


 腹の底がひっくり返る。


 何かに体中が叩きつけられた。


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