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こちら航空機事件事故調査事務所 小惑星帯第二コロニー支部 物見サク  作者: ケンタ〜


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5/7

遠心重力モジュール、発見


「先輩、ありました」

「おお」


 咲李の声に従っていくと、切り立ったアズマヤの急峻の下にその姿があった。

 巨大な構造物が真空を突っ切るライトに照らし出されている。


 HFAの円環構造の一部だ。切れたピザの弧の一部のようなものがそこにある。

 五つのモジュールを組み合わせて作られている円環は、いざという時に分離して脱出・投棄ができるように設計されているのだ。

 これは大きな手掛かりとなる。


「先にこっちを見よう。行くぞ」

「は、はい」


 急峻の底へ向けて高度計を向ける。

 二一〇メートル。

 自然落下で行けば、着くころには3.8m/sだ。ちょっと小走りしたときぐらいの速さになる。


 釘を地面にうって、そこに巻き取り式のテザーをかける。

 そのまま、飛び降りた。

 しかしゆっくりとした浮遊のような落下だった。咲李としばらく目が合うほどに。


 ゆっくり一分かけて、底へ着陸した。すこし膝を曲げる程度で着陸の運動エネルギーは吸収できる。

 後に続いて、私のテザーを伝って咲李が降りてきた。それから遠隔操作で、金具を解除しテザーを巻き取る。

 さて、目の前に円盤が来た。


 円盤は分厚い。十メートルもある。

 うち二メートルは外壁。デブリや星間物質から人を守るためだ。

 あとのもろもろ一メートルを差し引いて、残りの七メートルほどが、人間の居住のための空間になる。


 うち一メートルが円盤内部の通路。六メートルが、人間の住む部屋などだ。

 更に円盤の半径は二〇〇mもあるため、内側へ向けていくつもの階層に分かれている。

 一番外を一G区画として、中へ向けて低重力になるように層が配置されていた。


 それによって三〇〇人まで乗り込める空間が作られている。

 事前情報によると、今目の前にあるのは第一遠心重力モジュール。提供国はブルーヴォス連合、単一。

 あの国は無重力下での機材挙動に強い。


『先輩! あれって』


 咲李の緊張した声が聞こえた。

 指の先に地面に横たわる体が見える。


「遺体だな」


 円環構造の断面が見える。そこに隔壁が降りていなかった。

 本来分離するとなれば、そこに隔壁が必ず降りるようになっている。

 しかし正常に作動していない。


 そこから投げ出されたのだろう。アズマヤの地面に人がうつぶせになっていた。

 宇宙服を着ておらず、生身で真空に放り出されている。


「行けるか?」

『大丈夫、です』

「そう」


 近づくと、それは一見ただの死体だ。

 しかし、体の表面に凸凹とした奇妙な皮膚が見える。

 人が真空で死ぬとこうなる。静かながら暴力的な摂理でゆっくりと皮膚が渇き、体温で沸騰した血液がボコボコと皮膚を膨れ上がらせる。


 その結果、現れるのが皮膚に走るこの模様だ。これを見れば、一発で真空暴露で死んだのだと分かる。

 写真を撮って、死体を仰向けにさせる。

 眼球が破裂している。顔が浅黒い色になっていて、人間をそのまま乾燥させたミイラのようだった。

 咲李は目を背けていた。


 実際に急速乾燥版のミイラだ。真空は究極の乾燥地帯なのだから。

 あらゆるものを奪って、宇宙空間に発散させていくのだ。

 顔の写真をいろんな角度から撮り、あとは元の位置に戻しておいた。


「大丈夫か」

『はい……』

「深呼吸をしろ」

『……はい』


 死体とは不思議なものだ。

 普通、人生で一度も見ることはない。しかし、人は死が悲惨なものだと知っている。

 言葉や教育、映像資料などで、死体が何かを感じることはあるだろう。

 しかし、現実の死体をいざ目の前にしたとき、今までに積み重ねたもろもろは吹き飛ぶ。


 その目にした瞬間にようやっと、人は本当に『死』を理解する。

 見た目で。質感で。感触で。

 そこに姿があるのに死んでいる。

 存在するのに、存在していない。


 頭は今までの経験から目の前にある目を閉じた人間を『生きている』と認識してしまう。


 しかし、死んでいる。ゆすっても動かしても、本当に動かない。

 生まれて初めて経験する人生上のバグに、人間の脳は混乱する。

 それが現代人が経験する死の恐怖。

 もしくは感じる歪さと言っていいのかもしれない。


 形があるのに、死んでいる。


 真空では、死体は腐らない。三か月あったとしても、その場にほぼそのまま残る。

 急速に人を死にいざなうくせして、死の形を何よりも長くそこに残す。


 円環構造のピザの切れ端に着いた。

 でかかった。

 七メートルというのは人間の建造物としてみるとかなり大きく見える。


 そしてひらべったい。二〇〇メートルの半径を持つ中で、七メートルの厚さというのはパンケーキのようなものだった。

 やはり隔壁が開いている。

 つまり、何かしらのシステムがうまく作動していない。

 開いたところから中に入れそうだった。


「突き刺さってるのは後回し。先にこっちを探索するぞ」

『はい』


 いくつかの縦向きの仕切りが見える。その一番外側に向かった。

 中に入るには二メートルもある段差を乗り越えなければいけない。

 しかし、低重力下では人間の筋力はスーパーマンだ。


 つま先をトンと弾いてやれば、ふわりと浮かび上がって飛び越えられる。

 内部に杭を打ち込み、テザーを絡めた。咲李もついてくる。

 一番外側は特権区画だ。いわゆるVⅠPルーム。

 ただでさえ多くの金を積む必要がある木星行き航空機の中で、更に金持ちが乗る区画。


 一Gという地球と同じ環境で、変わらない生活と健康を保つことのできる贅沢な区画。

 無重力が当たり前の宇宙空間では、標準重力はあまりにも高級品だ。

 今、私たちはその区画の、壁に当たる場所に足をつけていた。

 本来、この区画は回転しているので、円環の回転軸に対して直角に重力が発生する。


 そのため、私から見て左側の壁が床となるはずだった。

 だから必然的に、壁面となるはずだった上と下に扉が並んでいた。


「はじめるぞ」

「はい」


 片っ端から扉を開けていく。

 この区画にあった扉は二〇近く。

 まず扉を開けだけして、ひとまず異常がないことを確認した。


 次は、扉の中に入っていく作業をだ。

 まずは最初の扉。


「ひどいな」


 中に入るとすぐに、硬直しきった死体があった。

 下に……かつての部屋の一番奥に、手足を広げた状態で仰向けになっていた。

 まるで何かにへばりついていたかのような体勢。


 上を向いて扉を見ると、そこに鈍い色の体液がこびりついていた。

 この死んだ人間はこの扉に張り付いていたのだろう。おそらく、空気が抜けるときに掃除機のように吸い込まれてしまった。

 その後重力で後ろ向きに落ちたのだと思われる。


 死体の顔はひどいものだった。

 舌を出していて、破裂した目が外れんばかりに飛び出ていた。

 これ以上なく苦しそうな死に顔だ。


 死体と部屋に向けてシャッターを切る。

 特に死体に向けては念入りに。


 真空の中では証拠は多くは残らない。

 その中で最も多くの物を語ってくれるのは死体だ。

 あらゆる機能の複合体である人間の体は、死ぬときに多くの反応を残す。

 それが、何が起こったかを突き止める在処となる。


 咲李が部屋の写真を撮ったことを確認し、次の部屋へ。


 また、死体がある。

 今度は口を布でふさごうとしていたらしい。


 真空化する中で苦しくなりパニックになったのだろう。

 水の中と違って、口をふさいでも大した意味はない。空気が内側から漏れ出るからだ。

 真空暴露とは、強烈な掃除機とのキスをしているようなものだ。中から全部持っていかれる。


「次行くぞ」

「はい」


 さらに次。今度は子供の死体がある。

 死んだときの反応は、大人と大きく異なっている。

 ベッドに顔をうずめて、縮こまるように死んでいる。子供の死体はこういう丸まった形式で見つかることが多い。


 さらに次の部屋には、誰もいなかった。

 廊下に出ている間に投げ出されたか。そもそも空き部屋だったか。

 ともかく写真を撮り、記録し、次の部屋へ行く。


 そこでも撮り、何か他と違う事項があれば書き、また次へ。

 合計二〇以上の部屋の記録を終わらせた。

 次は、天井に並ぶ扉。


 こちらは悲惨だった。扉を開けると同時に、死体が舞い降りてくることがあった。

 咲李がそのたびに悲鳴を上げる。

 しかし、天井にある二〇の部屋の記録も終わった。


 それから、もう一つ内側の低重力の区画の調査を。それが終われば、また内側を。そして、また……。

 という感じで、二時間ほどかけて、ピザの切れ端ほぼすべての調査が終わった。


『ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……』

「大丈夫?」


 色々憔悴しきった咲李が、空中でふわふわと浮かんでいた。

 重力が低いので、少し飛び上がっただけで数秒滞空することになる。

 見つかった死体は三六名分だった。判別できる範囲では乗客のデータと一致している。


 しかし、残りの四一名の行方は分からなかった。ほかの区画にいたか、それとも外に投げ出されたか。

 少なくとも、どこに居たとしてもみんな同じところへ還ったことは変わりない。


「資料の確認だ。テントを張るぞ」

『は、はい』


 切れ端の外へ出る。

 そこでバックパックに入っていた半透明のテントを取り出し、端を杭で固定した。

 そこに入り、宇宙服を操作してしばらく待つと、テントがパンパンに張った。


 気圧計を確認してヘルメットを脱ぐと、呼吸ができる。


「ふう、やっと脱げました……」


 数時間ぶりの解放空間だった。とはいっても、二人が何とか座れる程度の場所だが。


「確認作業するぞ」


 義体眼を起動した。

 目の前にたくさんの情報量が表示される。

 宇宙服のカメラのデータと義体眼の同期をした。

 今日撮った、数百枚にもわたる写真が一気に眼前に表示される。

 咲李の方は、手にしたポータブル端末で写真を見ていた。


 撮った写真にはフォルダ分けがしてある。

 どこで撮ったのか、どのような状況だったのか。特筆すべき事項があったらタグ付けをし、直ぐにわかるように。

 フォルダの中身をざあっと眺めていく。


 多くは死体の写真。いくつかはHFAの構造や部屋の中にあった物品の写真だ。

 顔から目玉や舌が飛び出て死んだ死体。ひどく損傷した死体。いろいろなものがある。


「死んだ直後に傷ができたのか、傷ができてから死んだのか、どっちだろうな。どっちでも、その時間は互いに近しいはずだけど」

「そう……ですね」


 咲李が遠慮がちに首を縦に振る。

 あまり死体の画像を見たくないようだった。

 無重力で傷ができると、血は地面には落ちにくい。


 血は球になってふよふよ浮かんで、部屋のあちこちに散乱することになる。また、出血の勢いが鈍ければ、体の表面にぴったりと張り付くことになる。


 それは、このほぼ無重力の惑星でも似たようなことになるだろう。

 撮った写真の中では、血は飛び散ることなく、顔や物品や内壁に薄く張り付いていた。

 少なくとも、遠心重力が機能しているときにできた傷ではない。

 さらに血の分布としては、どちらかというと部屋の奥……つまり、この小惑星の重力の方向へと落ちていることが多かった。


 つまり、この小惑星に落ちる直前に、傷ができた可能性が高い。

 もしくは、落ちたこと自体が傷の原因か。


 咲李が口を開く。


「えっと、まとめると……。何かしらの原因があって分離機構を作動させたけど、隔壁が下がらなかった。ので、真空暴露で何人かが死亡。あと、小惑星衝突。生きていた人も何人か死亡。それで、真空暴露でまた……という感じですかね。墜落直後にできた傷は、そのあとアズマヤの重力に従って落ちた」

「HFAの落ちた原因が内部要因であればな。だとすれば、状況から見て、分離は衝突の目前で行われた可能性が高い。でなければ血は正しく床の方向に落ちていたはずだ」


 今言ったことを、義体眼に映るボードの中に手書きで書いていく。

 それぞれの事実を丸で囲み、線で結んでいった。

 咲李が首をひねって口を開く。


「そもそもこの事件、いろいろ違和感多すぎますよね。まず救難信号出ませんでしたし、そのせいで発見に三か月もかかった。さらに、アズマヤに衝突したってことは、回避もしてないってことですよね。アズマヤって一〇〇キロもある大きめの小惑星ですし、かなり前から気が付いて、避けれたはずなんですよ。その時点で衝突の恐れありと、どこかに連絡もできたはずです」

「そうだな」


 その疑問を私は書いていく。

 視界の端に、『なぜ救難信号を出さなかったのか』『なぜ回避しなかったのか』と配置した。


「じゃあ、私なりの解。『回避できなかった』んじゃないか?」


 そこに紐づけるように、項目を追加した。


「はあ。なんでですか?」

「そもそも、救難信号が一つも届いていない。ここから考えられる。これだけ巨大な会社の航空機だ。常に地球と火星の管制とのホットラインが通じていた、と事前資料に書いてある。それが途切れたことが今回の事件の始まりだった。通信機含める、大きなHFAの不調があったんじゃないのか?」

「なるほど……」


 その仮定を、私はまた付け足した。『HFAの不調』と。


「あの先輩、連絡が途切れたのっていつでしたっけ」

「三か月前。六月二十八日」

「ちょっと、計算してみます」


 端末を使って、咲李が何かを始めた。

 数分して、それを私に見せてくる。


 それはHFAの加減速予定時刻と、事前に想定されていた航路だった。

 その横に、現実でHFAがとってしまったであろう航路が表示されている。


「HFAはもともと、軌道を調整するための加減速を三回ほど行う予定でした。連絡が途切れた時点では二回。つまり、あと一回残されていました。もしそれができていなかったら、と仮定しての航路です」


 なるほど。どうやら、『HFAが加減速できない状況だったら』ということらしい。

 もし、最後の加減速が行われなかったら。

 端末によれば、実際に取る航路では、問題なく木星圏に着く。

 しかしそうしなければ、小惑星帯の密集地域を通過する航路になっていた。


「HFAが仮に六月下旬のどこかでエンジンに不調を起こし、不完全な加速をしたと仮定した場合、アズマヤおよび近傍の小惑星に衝突する可能性があります」

「なるほど。原因は推進系の不調と」


 またひとつの仮定を視界に付け加える。


「なら調べるべきは、あの地面に突き刺さってる部分だな。あそこにエンジンも残っている。そこに不調が確認できれば確かめられる」

「そうですね……でも、懸念点が」

「なに?」

「エンジンが最初から噴射されていなかった場合、アズマヤに衝突することはないんです」

「そうか……」


 もう一度、咲李の端末をしっかりと見てみた。

 HFAがとるべき航路は、事前に管制の方が決定している。


 航路を作っている連中もバカではない。一回でも加速ができなければ小惑星に衝突、なんて危険な航路を作るわけはない。しかも、意図してぶつかろうとさえしなければ、小惑星に衝突することは難しい。数秒でもエンジンの噴射がズレれば、宇宙の中の砂粒に当たることはない。


 それに、密集地帯と言っても、それぞれの惑星の距離は数千から数万キロも離れている。


「だから、噴射しようとしたら変に加速しちゃったんじゃないか、って」

「衝突したのは不完全な加速のせいってことか」

「不調を知ってて加速したのか、そうじゃないかは分からないんですけど。もしかすると、機械が勝手にくるって加速しちゃったのかも……」

「そうだな……」


 今、咲李が言った二つのことを私は書き加えた。


・不調を知ってて加速を強行。しかしできず、衝突。

・不調に気が付かず加速をする。同上。

・不調により機械が勝手に加速。同上。


「三つ目はありえない」


 私は三つ目を斜線で切った。


「なんでですか?」

「HFAの設計は全面的にパイロットによる手操作を信頼するように作られている。どんなことがあっても、勝手にHFAが加速をすることはない」


 私の船と同じだ。

 必ずパイロットによる手操作でなければ、動かないようになっている。

 いや、その面では私の船よりも厳密だ。


「じゃあ、加速は、パイロットの意志ってことですか?」

「少なくとも、加速をしようとしたのはパイロットの意志。アズマヤに衝突させようと思ったかは抜きにしても」

「不調があるのに、なんで、加速を……。いや、やっぱり気づかなかったんですかね」


 咲李が不安そうに首をひねる。


「可能性は高いな」


 その項目を、私はまた付け足した。『そもそも不調に気が付かなかった』。


「ひとまず仮定する。加速の原因は、エンジン部の不調。それに気が付かず行い、エンジンが破損。修正できないまま、アズマヤに衝突」

「はい」


 ふう、と息をつく。


「そして、抜いてはいけない懸念がある」


 私は、ピッと指を立てた。


「そもそも不調ではなく、これが人間による意図的なものという可能性」

「……そうですよね」


 遅れて咲李はうなずいた。


「パイロットたちの詳細なデータを出して」

「はい」


 咲李が端末から私の義体眼にデータを転送した。

 それぞれのパイロットの顔と出身地。


 三人が男、一人が女。全員、十年以上の経験がある。

 地球から木星へは、三か月かかる長期の任務だった。それに加え木星行のための珍しい機体。


 ベテランのパイロットを選抜することはなんら怪しいことではない。


「四名です。操縦士、副操縦士、機関士長、機関士補佐」

「出身地は?」

「えーと……」


 咲李がそれを読み上げる。


「操縦士は日本。副操縦士はアメリカ。機関士長は……あれ、ブルーヴォス連合出身ってありますね。機関士補佐は、モンゴルです」

「…………」


 出身地による判断はよくないのは知っている。

 しかしまあ、私は戦争に身近な人間だ。

 端的に言えばブルーヴォス連合は戦争の相手だった。


 第三次世界大戦……いや、人類初の宇宙戦争は、ブルーヴォス連合と地球諸国の間で起こった。

 正しくは、ブルーヴォス連合の前身となった五か地域と、その地域の宗主国であった米、露、日、オーストラリア、アフリカの戦争。


 五か地域は月と宇宙という、地球外にあった。

 その戦争の始まりは、重力を生み出す強固な大地に住む地球人と、常にすぐそこに真空と無重力が潜む宇宙人の間の、どうしようもない齟齬によって生み出されたとされる。


 広々とした地球に住む人々。対して真空の中で、鉄塊に押し込められて生きる人たち。

 無論彼らは同じ人間だ。しかし、人間はことあるごとに相手の異なるところを見てしまう生き物である。

 理由は様々。


 宗主国と植民地。搾取する側とされる側。圧倒的な距離による精神的隔絶。世代を経ることによる母国への帰属感の薄れ。


 戦争に至るまでの理由などいくらでもある。


 三つでもあれば、戦争の理由になんて簡単になる。

 ただし、結局もっとも大きかったのは、宇宙側の『経済的余裕のなさ』と、地球側の『資源的余裕のなさ』だった。

 長い歴史の最期に地球は最早搾取の相手を宇宙に探すしかなくなっていて、しかし搾取されている側が歴史の中で黙った例は一度もない。


 結局戦争を起こす理由は、いつも不足と低迷だった。

 しかし誰も、『不足しているから戦争する』なんて正直に言わない。

 だから、人間は戦争する理由を探す天才なんだ。

 数多のもっともらしい理由によって、戦争は、およそ五年間続いた。


 月面の三つの都市、そして宇宙空間のコロニー二つを中心として結成された『対地球抵抗連合』は、月面に開発された豊富な採掘工場によって、地球に対抗した。


 対して地球は核融合によって得られる膨大なエネルギーと人口により、月に抵抗をする。

 その中で、宇宙側は、やはり人員的な不足とエネルギー総量の面で、圧倒的に不足していた。


 しかし、圧倒的に有利なのは、結局月の方だったのだ。

 圧倒的に行きやすいからだ。月から地球へは。


 その決定的な理由は、その差だった。

 考えても見てほしい。

 地球は、宇宙の中では圧倒的な低地なのだ。対して、月はその六倍もの高地にいる。

 月からの攻撃は、坂の上から下に向かって、爆弾のついたキックボードを転がしてやるようなものだった。


 つまり、マスドライバーでいくつかの岩塊を地球へ向けて落としてやれば、もう終わりだ。

 岩塊は坂にそってするすると加速し、地球と出会って巨大なエネルギー放出と共にクレーターを残す。


 地球には数十個のクレーターができた。


 五か国以外にも、いろんなところに被害が起きた。

 戦争は被害が被害を呼び、国の怒りがほかの国を怒らせ、宇宙のいろんな地域も巻き込んで、ほぼ人類全域を巻き込んだ、最大の殴り合いが起こった。


 末期にアメリカの重要な場所に隕石が落とされたことで、額を貫かれた彼らは白い旗を諸手に振った。

 すでに戦争のために使える資源を限界まで引き絞っていた地球は、司令部の崩壊によって精神的支柱と統率力を失い、降参をする。


 結局、戦争が終わる理由も経済だった。

 宇宙側の五か地域のうち、月面の三つと、最も近いラグランジュ点にあるコロニーは一つの経済圏に統合され、ブルーヴォス連合になった。残りの一つは、かなり遠いコロニーということで、今でも続くコロニーとして独立している。


 そんな、人類において多くを分断した戦争。

 それを始めた国が、ほかでもない、ブルーヴォス連合だ。


 四十年経てば国は仲良くできる。三度の大戦を経験した人類は、もはや戦いの後に仲良くする方法を知っていた。


 だから、HFAのような共同した宇宙航空機を作るまでになっている。


 でも人間は、まだ心の奥底に残る気持ちの悪い憎悪をどうにかする方法を知らない。

 その憎悪の最も簡単な晴らし方は誰かにぶつけること。


 五万年前から続く人間の悲しき習性だ。


 私は口を開いた。


「塔のエンジン部の調査。そして人員四人の捜索。これが次の課題だ。いいか?」

「……はい」


 察したことをたくさん飲み込んだかのように、咲李は返事をした。


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