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こちら航空機事件事故調査事務所 小惑星帯第二コロニー支部 物見サク  作者: ケンタ〜


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惑星間探索艦 IPX-13 Erikson - エリクソン


 宇宙では爆風は起きない。

 光と熱、そして溶かされた破片。それによって物質は静かに溶け消える。


 ただこの空間には空気があった。

 急激な熱で空気は膨張する。

 あらゆる情報が全身から入力されて、視界が点滅した。


「がはっ」


 全身が悲鳴を上げた。

 喉が熱い。

 大声が出る。


 いや、出したいのに引き絞られるだけで何も出てこない。

 ただ体中がイカれかけている。


「ぜっ、全身メンテナンス! 宇宙服!」


 絶叫している。体中が。

 しかし顎の肉だけは何とか動かす。なんとか、指令だけは出す。


「どこがやられてる!?」

『左腕前部に穴を確認。気圧低下中』

「ク、ソッ」


 目が熱い。ものがうまく見えない。

 どこが痛くてどこが痛くないのかすらわからない。


 もしかしたら、どこかの部位が取り返しのつかないほどぐちゃぐちゃになっているかもしれない。


「ぎっ、義体眼出力低下っ、情報量を少なくっ!」


 体中が熱すぎて視界の処理どころではない。

 出力調整と表示が出て、すっと視界が狭くなる。


 頭がすっきりする。映像の解像度が低くなった。

 咄嗟にガムテープを取り出して、左手から噴き出している白い空気に巻き付けた。


「はあっ、はあっ」


 左手、動かない……折れたか。


「ッ……」


 叫びそうだ。

 痛い。

 辛い。

 目が熱い。

 痛かった。全身が熱かった。


 どうなってる。

 アドレナリンが切れる。でっかい声が出そうだった。寡黙なキャラなのに。ぐっと背筋を反って必死に我慢した。


 腰が動く。ということは脚も動く。

 義体化したおかげか背骨だけは無事……不幸中の幸い。


「はあっ、はあっ、はあ……っ」


 呼吸が早い。動悸がする。汗が気持ち悪い。

 キーンと耳鳴りがする。一体どれだけの部位がどうしようもないほど壊れてしまったのだろう?


「咲李っ、咲李!」


 どこ、どこだ。

 空気が漏れ出ていた。つまり、真空下だ。

 すくなくともHFAの中ではない。

 外に出たんだ。


 外にあるのは、アズマヤの地表以外にあり得ない。

 外まで吹き飛ばされて、叩きつけられたのか。

 クソくらえだ。なんで生きてんだ。


「はあっ、咲李は⁉」


 遅い。出力低下のせいでものが見えない。

 咲李は義体化していない。だから――――居た。


 義体眼に表示が出る。

 十メートル先にいる。

 白黒の視界の中に、コントラストを失った咲李が仰向けになっていた。

 目を閉じている。動いていない。


「くっ」


 体がふわりと浮き上がった。

 普通に動いてしまった。この重力下では強すぎる。

 クソっ。

 心の中で悪態をついて、窒素噴射パックに右手を伸ばしてひねる。

 地面へ加速。着地。


「ッッ……」


 痛い。痛い。痛い。

 たかが着地で全身が痛い。


 地面を殴った。また浮き上がりそうになる。

 ネイルガンをガツンと打ち込んでテザーを絡ませた。


「咲李ッ! おい! おいっ!」

『う、あ……』


 ヘルメットをぺちぺちと叩くと、目を開いた。

 咲李の宇宙服はどこが破れているということはない。少なくとも見える範囲では。


「生きてるか? 返事できるか?」

『はあっ、は、あっ!』


 その体がガクンと震えた。

 ぐっと手が腕を抑えている。


『いたっ、いたいっ、はっ、せんぱいっ』

「動くな、悪化するっ!」


 咲李の体をテザーで固定する。今浮かばれたら困る。

 どこだ。どこをけがしている?

 そう口にしようとした途端、視界が真っ白になった。


「っ⁉」


 まるでフラッシュを焚かれたかのようだった。義眼の出力を落としていなかったら危なかったかもしれない。


「はあ、はあ……」


 息を切らして上を見上げる。すると、それが見えた。

 あたりには砂埃が舞っていた。それは咲李が暴れたことによるものだ。そのおかげで、もしかしたら私は一命を取り留めた。

 今、黒色の宇宙艦が、頭上に浮かんでいた。

 それは漆黒の長方形だった。


「エリクソン……」


 見覚えがあった。見たことがあった。


 アメリカの惑星間探索艦、IPX-13 Erikson-エリクソン。稼働光学熱線兵器十二門搭載。

 手を動かしてあたりのレゴリスを巻き上げる。

 レーダーから姿を隠さないといけない。


 その時、ふと見えた。

 息が詰まる。


 HFA。そのエンジン部。つまり、矛先。

 そこが、真っ赤に崩壊していた。

 レーザーの照射。それによって、その部分が、跡形もなく。


「っ……!」


 また光が瞬き、今度は逆鉾の胴体を焼いた。

 今度は根元を。それが終わったら、空に浮いた部品を。それが終わったら、更に細かく、更に残った部品を。

 まるで恨みでもあるかのように、まるで、かたきのように、執拗に。


「やられた……」


 あれはブルーヴォス連合の艦じゃない。

 HFAを墜とした主犯はブルーヴォス連合じゃなかったのか。

 地球なのか?

 だったら、なんで? なんの恨みが?


 結局、一人の頭の中では、国同士の恨み嫉みなど予測できない。


 地球で一体何が起こっている?

 小惑星帯のコロニーにマトモな地球のニュースなど届くはずもない。

 地球とは無限にも等しい距離がある。

 そこを隔てるのは何億キロの致死の真空。


 その向こうに住んでいる誰かの世界を、一体だれが知ろうと思うのだろう。


 ……ああ、そうか。

 今この上に跳んでいる奴は知ろうとしている。

 この船で出せる速度。それが、地球から三か月だ。三か月で、この場所に来れる。


 奇しくも被ったのか。こいつがここに着くまでの時間と、小惑星コロニーがHFAの墜落場所を発見するまでの時間が。

 私たちは見つけるのに三か月もかかった。けど、こいつらは、初めから知っていたのだ。どこで、それを壊すのかを、決めていたのだから。


『ああっ』


 咲李が声を上げる。

 そうだ。忘れていた。


「すまん、じっとしてろっ!」


 テザーを取り出す。それを咲李の腕に縛り付けて固定した。

 また大きく声を出すが、それどころではない。

 あとで痛がりなんていくらでもしてくれ。今は、痛がるための命が惜しい。


「モートぺブルの位置を表示!」


 義体眼に船の位置が表示される。

 それはちょうど小惑星帯の裏側を周回中だった。一周にかかる時間は三時間。ここに来るまでは、あと一時間と少し。


 向こうにペブルの位置はばれているのか。それとも分かったうえで放っておかれているのか。


 ……どうする。


 私たちが逃げる方法は宇宙船に乗ることだけだ。

 もし足で飛び上がったとしてもそのまま何もない場所で孤独死を待つことになるだろう。

 それかもしかしなくとも、頭上の黒い宇宙艦に撃ち落とされて仕舞いだ。


 しかし、もしペブルを来させたとて同じことになるはずだ。

 来させたとしても乗る暇がない。


 私たちは今、小惑星にへばりついているだけの毛虫同然だ。

 走って裏側まで行くか?

 冗談だろう。その前に肉体的な限界を迎えるのは目に見えている。


 窒素噴射で飛ぶか? いや、そんなことをすれば、向こうのレーダーは一瞬で目ざとく見つけるはずだ。


「クソ!」


 最初からバレている可能性もある。


 どうする。どうする。


 このクソッたれみたいな状況を一体。


 汗がぴちゃりとガラスに落ちる。

 水滴が落ちるのが絶望的に遅い。まるで走馬灯を見ているみたいだ。


 光が絶え間なく閃き、HFAの天を衝いていた体躯を無慈悲に焼き尽くしている。もう見る影すらない。

 いつ奴らの逆鱗がこちらに向き、殺されるかもわからない。

 ぱしゃりと、腰から出したカメラのシャッターを切る。

 今、この事件を目の当たりにしているのは私たちだけだった。

 太陽系はどうしようもなく広かった。

 アズマヤは風呂いっぱいに貯められた水の中の水素原子も同然だ。


 誰もそれを見つけられない。最早誰も、もしこの艦が逃げれば、何があったのかすら知ることはできない。


 私の仕事は宇宙航空機事件事故調査事務所。

 その支部長、物見サク。


 ――――持ち帰らねば。この目の前で、それを見た記憶を。


「――――至急ペブルを向かわせろ!」


 自分の心臓が窮屈だと言わんばかりに跳ねている。

 全身がめちゃくちゃになってどうにかなりそうになっている。

 今までたいていの死体は見たし、重労働もしたし、結構な難事件も解き明かしてきた。

 今目の前にあるのは人間一人が経験すべきものの許容を超えている。

 地球発の宇宙船を地球発の宇宙船が破壊している。


 この歪さは一体何なんだろう。


 同じ星の中で住んでいるなら同じ人として仲良くすればいいじゃないか。


 それを判断するのは私じゃない。今目の前にある物を、どうするかは。

 それをどうするかは、人間のものだ。


 だから私はただ、それを持ち帰らなければ。


 通知が来た。


 ペブルは加速していた。

 アズマヤの地平線から顔を出そうとしていた。


 その瞬間、頭上の宇宙艦が動いた。

 気づいたのだと嫌でもわかる。

 砲塔がぺブルを向けて動き出す。

 私は喉を引き絞った。


「デコイ投下!」


 義眼の中にぺブルがある。

 その周りにいくつものバルーンが展開された。


 ぺブルの姿を模した熱源デコイ。

 それを光が貫いた。


 爆ぜる煙幕。半径数十メートルを巻き込んだ爆煙が生じる。

 その煙を抜けて、無傷のペブルが姿を現した。


 どんどんと加速をし、こちらへと向かってきている。


 さて。背けていた問題に目を向けよう。

 どう、あれに乗り込む?


 突っ込んでくるジェットコースターに。


「仮想操舵篭手表示」


 空中に私だけが見える操舵篭手が出現した。

 手を突っ込み、動かす。

 連携されてモートぺブルが動く。


 そのすぐそばをレーザーが通り過ぎた。偶然の回避行動だった。


「……!」


 姿勢変更。さらにエアロック解放を命令。その状態で、こちらに突撃させる。

 スカイラインから飛び出した白い点はぐんぐんと大きさを増す。もう、肉眼で見えるまでになっていた。


『高エネルギー反応』


 頭上の艦がまたエネルギーをためている。

 狙いを今、ペブルへ向けている。

 三度目の射撃。

 次はないかもしれない。


 もはや今、これを逃せば、ない。


 ベルトを全力の握力で握る。


 今、窒素を全力噴射した。


「ぐっ……!」


 全身が軋む。一Gに近い重力。

 全身が、空へ向けて飛び上がった。

 脚にしていたアズマヤがぐんと遠ざかる。


 空中で身をひるがえす。

 かつてやった無重力訓練に感謝しなければならない。


 脚を、ペブルの方へ向け、再び窒素を噴射した。


「っ…………!!」


 もっと。全部。窒素を使い切るほどに。もっと。


 ペブルの未来軌道と私のそれが交差する。


 ペブルとの衝突まで、あと三秒。

 認識できないほどの速度の巨大化。

 正真正銘、向かってくる巨岩との正面衝突。


 直前、全力で減速剤を噴射させる。

 その時間はたったの二秒。

 しかしまるで、潰される前の蚊の感じるような悠久の体感時間。


 全身を真っ白な噴射剤が包む。

 光の刃が足元をかすめる。

 体がエアロックの中に吸い込まれていく。


 直後、強烈な内壁との接吻。


「が――――――」


 衝撃、と描するにもおこがましいほどの衝撃。

 デコイの破片ビニールがほんの気休めの緩衝材になったかもしれない。

 でもそれだけだ。

 跳びかける意識の手綱を必死に握って、私は叫んだ。


「とっ、閉じて与圧ッ!」


 エアロックの外側が閉じ、ごうっと空気がやってきた。

 終わらぬうちに内側の扉を強制解除、中へ滑り込む。


「はあっ、はあっ‼ クソッ!」


 なんて日だ! 死にそうだ!

 体が本当に動かない。なぜ右腕だけ動いているのだろう。

 必死で体を引っ張って、抱えている咲李を引っ張って、私は今、無重力を泳いでいる。


 無理に動かした宇宙船はぐわんぐわんと揺れている。

 どう回転しているのかもわからない。


 ただ、もう、自分が何をやっているのかの自覚すらないまま。


 咲李を寝台に押し込み、コックピットへ飛び込んだ。


 右手を操舵篭手に差し込んで、言った。


「情報同期――――全情報を」


 目の奥がキーンと熱くなった。

 感覚を宇宙船と同期している。


 その瞬間、体を光の刃が刺してきた。


「ッ――――」


 ディスプレイに情報が表示される。

 貫かれたのはぺブル側面の外殻の一部だった。


 もう声も出ない。

 半ば無意識に、全力加速の指令を出す。


 数Gの力で体が座席に押さえつけられる。

 宇宙艦の砲塔がこっちに向かっているのが分かる。


 操舵篭手を出鱈目に動かして、少しでも回避率を上げる。


 もう意識の手綱は神の慈悲でとどまっているに等しかった。


「はあっ、はあっ……」


 意識がふわふわしてくる。

 アドレナリンとはもう出会わなくなって久しい。

 頭がかくりと傾く。


「じ、自動操縦、どこか遠い小惑星、で、隠れて……」


 それだけ言って、体はシートに沈み込んだ。


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