小惑星アズマヤ
『目的宙域到達まで二四時間』
「もうか」
コントローラーのポーズボタンを押して、今進行中のゲームを停止した。
目の前で、弾丸を撃った戦闘機二機がその瞬間で停止している。
『P2』、と書かれている宇宙船のコックピットには弾丸が突き刺さる直前だった。
「あーっ! 先輩、止めないでくださいよーっ!」
「ほい」
スタートボタンを押す。
一秒後にP2が爆散。
『P1 WIN』と表示された。
「あーーーっ! ちょっとおおおっ!」
「残念だったな。周りの状況をよく見ることだ。ほら、コックピット座れ」
「もーっ!」
ふくれっ面の咲李を隣にして、コックピットの操縦席に座る。
操舵篭手を装着して、ディスプレイに表示されている諸情報に目を凝らした。
「えーっと、減速時間まで……」
頭の中で数値を計算して、その実行を脳内でリハーサルする。機械がはじき出した数字ともあっていた。
「目標を光学観測でとらえられる?」
『目的地、小惑星アズマヤ。光学観測結果を表示します』
ディスプレイにその姿が表示された。
この人工知能が言ったように、私たちの目的地は小惑星のアズマヤというところだ。
ここからの距離はかなりある。
そのため、ディスプレイに出たのはかなり解像度の荒い、ドット絵の点のようなものだった。
「これがアズマヤですか?」
咲李が難しい顔でディスプレイをのぞき込む。
「うん。さすがにこの距離じゃ、まだ様子が分かる距離じゃないね。確率観測望遠鏡は?」
『解析を始めます』
確か、小惑星アズマヤの直径は一二〇キロメートルほどだ。巨大な塊だけれども、宇宙の中では赤ちゃんサイズ。
月、地球間ほどの距離で見れば、もうただの点にしか見えなくなってしまう。
この船とアズマヤの距離はそれどころではない。月と地球のそれよりもっと遠い、太陽系レベルの距離を取っているのだ。逆に光学観測でここまでとらえられるのならば上々だろう。
『確率観測望遠鏡解析完了。結果を表示します』
ディスプレイに画像が出てきた。
なめらかな表面の3D画像。
炭素を主成分とした小惑星、アズマヤの姿だった。
事前の観測情報どおり、豆に近い楕円球の形をしている。いや、ポテトと言っていいかもしれない。
確率観測は、そこに存在する物体の『形』をとらえる観測方法。そのため、微細な表面模様や色は無理でも、三六〇度をほぼ網羅した立体構造を提供してくれる。
「先輩、この部分、突起みたいなのがありますよ」
咲李がアズマヤの一部分を指さした。
「ん。これ3Dで投影して」
『了解』
ぱっと空中に立体映像が出た。それを手にすると、すいっと物体のように動いてくれる。
「これの、どれ?」
「ここです」
咲李はアズマヤの一部をさした。
たしかに、ぽこっ、と出ているような突起がある。
事前情報の立体映像では、このようなものはなかったはず。
「なあ咲李、今回の事故の船の全長っていくつだっけ?」
「えっと……機材名HFA-622、便名J-6……全長、一二〇〇メートルの大型宇宙航空機です」
「なるほど」
一・二キロもの大型航空機。一二〇キロあるアズマヤの百分の一もの大きさ。
ならば、この距離からの確率観測望遠鏡にも反映されるだろう。
「真打が見えたわけだ」
今回の事件のメインテーマはこれだった。
宇宙航空機、HFA-622。便名、J-6。
地球の軌道エレベーターから出発したその船の墜落は、当時かなりのニュースになったらしい。
なぜならば、宇宙航空機HFA-622は、数少ない木星への民間宇宙航空機だったからだった。
それは小惑星帯を横切っている半ばでロストしたのだ。
今回、三か月かけてようやく見つかったHFA-622の仕事が、最も近い場所にいた私たちに任せられている。
太陽系は広い。人類がすべての地表ある惑星に足を下ろしてから、まだ五十年も経っていない。
人が定住することができているものに数を絞れば、もっと少ない。
コロニーと呼ばれるまでに開発され、人類の正式な生存権となっている場所は、小惑星帯外縁部コロニー群が一番外側だった。それには私のいる小惑星帯外縁部第二コロニーも含まれている。
木星圏にも人はいるが、まだ研究所の範疇だ。
そこにいる人はそこで子供を産まないし、食料生産をしていたりもしない。つまり、人としての営みはしていないのだ。住んでいる多くは調査員か、物好きの旅行者か。
そこはまだ、コロニーと呼べる場所ではない。
だが、次の人類の新しい植民地となるべき場所でもある。
つまり、現時点での人類の目指すべき次なる到達点ともいえた。
木星、若しくはジュピター。
かつての神話の神を冠するその存在は、国家の宣伝的な意味でも、次の開発目標地として名高いものとなっている。
当然の帰結として、民間会社の中でも、木星にたどり着くことは大きな栄誉とされるようになった。
木星まで無補給に船を飛ばすことはかなりの技術力と計画が必要になる。それができる会社の数は、五本指で数えられるくらい少ない。
その困難を成し遂げた会社の一つ。
木星に人類を運ぶまでの技術的成功に至った会社、エーテルリンクス。
そんな同社が今回打ち上げた栄誉ある宇宙航空機が、HFA-622だった。
Heavenly Feathered Arrow。かつての空を飛ぶ神話の矢の名を冠したその船は、まさに天翔ける巨矢の様相を呈している。
私も事前に見たことがある。その完成はちょっとしたニュースだったから。圧巻だった。
しかし、本当に矢のように、小惑星に突き刺さってしまうとは。名付け親は頭を抱えていることだろう。おそらく日本人だと思うのだが。
おそらく、このアズマヤにできている突起のようなものはHFA-622が突き刺さった残骸なのだろうと思われた。
「立体映像オフ」
私は操舵篭手を操作して、宇宙船を百八十度、つまりアズマヤに尾を向けるように回頭させた。
「減速シークエンス開始。全力減速」
『了解。全力減速』
全出力の一五パーセント。ちょうど一Gあたりで、この船は減速を始めた。
しばらく無重力の生活だったからか、まあまあ強烈に座席に体が食い込む。
「くっ、ぐっ」
咲李の苦悶の声が聞こえる。
「これをあとっ、半日、ですかっ」
「そう。頑張って」
「がんばりっ、ますっ」
できるだけ遊ぶ時間を増やしたいって咲李が言ったので、本来何回かに分けて行うはずの減速を一気にやることになった。
責任を取って頑張って耐えてほしい。
減速中は、床は壁、後ろの壁が床になるので、たとえこの座席から降りようものなら、三メートルの高さから後ろの壁(今は床)に叩きつけられることになる。
だから頑張って耐えるしかない。
「ふむ」
すこし、今回の事故の復習をしようか。
私は義体眼球と船のデータベースを接続した。




