宇宙でのお仕事
「認証片をお持ちですか?」
「はい。お願いします」
財布から取り出したカードをかざすと、入室が記録されて改札が開いた。
受付スタッフに目をやると、にこりと微笑んでくれる。かなりの美人さんだった。
「あの、スタッフさん。新しい認証方法ってあなたですか?」
「はい。決まりが変わって。改札に、責任を持つための人間がいなきゃいけなくなったんです」
「ああ、それで」
どうやら、自動化が進むこの世紀に、なぜか人が必要と言うらしい。
いや、実際には人がどうこうというよりも、雇用を生むための政策の一環なのかもしれない。
まあいいや。人の内情に私がズカズカ踏み込むことはないだろう。
「大変ですね」
「あ、いえ。総義体なので」
「ああ、失礼しました」
礼をして、私はそそくさと改札を通る。
その先は銀色のオフィスだった。
しまったな。まさか、あの受付のお姉さんが義体だとは思わなかった。
地球時代から義体化する人はいるけれど、あまり多くはない。
最近はああいうのが増えているとは聞いたが、すぐ身近なところまでやってきているとは。
それにあのお姉さんがしていたのは、人間の見た目に近い高級な義体だ。維持にとても気を遣うやつだろう。
義体化すれば寿命は延びるし、人間以上の集中力も手に入る。何より、疲れるという概念が存在しない。夢のようなサイボーグ技術だ。
もはや一般的な技術だけれども、『総義体』している人は少ない。
理由はもちろん、怖いから。
体をわざわざ切除して、義体化する人なんてそうそういない。それに、総義体にまでするのは相当なお金がかかる。
なので、あのお姉さんは相当なお金を積んで、その体にするときはかなりの覚悟を要したことだろう。
いや、あんまりそう言うこと考えるのよくないけど。
でもまあ、人間はみんな生まれたままの体を取っておきたいものだ。
そうこう考えているうちに職場に着く。カードをドアの隣の認証端末にかざすと、ぴぴっと扉が開いた。
「おはよー、咲李」
その姿が見えたので、先行して挨拶をしておいた。
部屋の中からは消毒用アルコールのつんとした匂いが蔓延している。
匂いの中心にいる女が、机の上の紙から私の方に、義体じゃない生身の目を向けてきた。
「おはよ、物見先輩!」
元気な声で、席を立ち私に手を振ってくる。
「早いね。今日の資料のまとめ?」
「はい。今回の件の資料はあらかた目を通しました。時間外労働手当もつきますし」
褐色の髪、白い肌、薄く赤い瞳。
それが私の同僚、咲李だ。
仕事としては一年前からの付き合いになる。
この二人しかいない少人数の支部で、いなくなった先輩の後釜で入って来た子だ。
年は私より一つ下。十七になる。それなりに優秀で、特に資料管理や健康管理の方々においていい働きをしてくれている。
この部署は二人しかいない少人数体制事務所だ。
本部の方はもう少し大きな事務所ではあるのだけれど、こっちは人類の中でもかなり端の方にあるコロニーなので、ほぼ人員がいない。
しかしまあ、本部もそれなりにしっかりと仕事のできる人を遣ってくれているので、最低限のことはできている。
私は自分の机に座って、義体の目と、データベースを接続した。接続は目じりを押せばすぐにできる。
人工網膜の中にたくさんのウィンドウが表示された。
義体化する人は少ないとは言ったけど、私はしていないとは言っていない。
脊椎一式と眼球の義体化。私はそれを行っている。
今、目の前に表示されているのは私にしか見えない映像だ。咲李からしたら、何も見えない空中をきょろきょろしているだけの先輩に見えるだろう。
指を使ってデータベースの中身を操作していく。
あった。さっき咲李がまとめてくれた資料だ。
それにざっと目を通す。それから今日の仕事のために提出すべき書類、もろもろもあった。
端の方で重厚なバッグをカチャカチャ整理している咲李は、不満そうに声を上げた。
「むー、先輩のハイテクお目目、ずるいです」
「そんないいもんじゃないよ。一時間ぐらいで頭痛くなるし」
目は機械。だが、それ以外はナマモノ。
情報を流し込まれている神経は最初からあるもので、機械のように替えが聞くものじゃない。
「ふーっ」
三十分ほどで、始業のために必要な資料確認、そして提出、あと準備が終わった。
網膜投影を切って、クリアになった視界に意識を向ける。
しばらく椅子にぐったりと体重を乗せて脳に休息をとらせたあと、椅子から体を起こした。
「じゃ、行くよ、咲李」
「はい、先輩!」
咲李が浮足立った様子で返事をして来た。これからの仕事をかなり楽しみにしているようだ。
これからやるのは、宇宙航空機事件事故調査事務所の者として、時間としては六割がたを占める仕事。この仕事としての花形ともいえる。
網膜にウィンドウを表示して、この事務所支部の状態を『席を外しています』状態にした。
カバンを持った咲李と一緒に外に出て、扉にガチャリと物理カギを閉める。
宇宙時代に到達した人類は、結局のところ、鍵は物理が最善なのだと判断した。
電子カギなどはちょっとしたコンピュータがあればすぐに解除されてしまう。結局最も信頼度が高いのは物理的媒体なのだった。
さっきのお姉さんに礼をしてから改札を出て、エレベーターに乗ってボタンを押す。
動き出したエレベーターは一階を飛ばして、地下の方へと入り込んでいった。
さて、このコロニーは、小惑星帯外縁部第二コロニーという。
形は巨大な円筒形だ。筒が回転することによって、遠心力が人工的な重力を生み出す。地球の諸君らにもこの形は馴染みのある物だろう。
その種のコロニーおいて地下へ行くということは、円筒の外側へと行くということ。つまり、私たちは宇宙の方へと向かっていることになる。
ガチャン、とエレベーターが止まった。
外へ出ようとすると、少し足が重くなったような気がした。いや、実際になっている。
より遠心力がかかる場所に来たためだ。このような形式のコロニーでは、内側に行くほど重力は弱く、外側ほど強く感じるようになっている。
ぐるぐるその場で回転したとき、顔よりも手の方が外に引っ張られている感じがするのと同じだ。
見渡すと、あたりは天井の低い地下通路だった。そこに重い脚を引きずりながら歩いていく。
しばらくして左に分岐した道へ行くと、壁に重厚な扉がずらりとならんだところに出た。
そのうちの一つへ近づいて、ポケットから物理カギを取り出し、鍵穴へ刺しこむ。
パスワードの入力。ダイヤル鍵の合わせ。生体認証。その他もろもろ。
ようやく終わらせると、金庫のように重厚な扉が開いた。
そこは円筒形のトンネルになっていた。そこへ入り、今度は床面にある蓋を回して開ける。
ガゴン、と音がした。
「わあ……!」
咲李が目を輝かせた。
宇宙船だ。その中身が上から見えている。
梯子を伝って、下へ入ると、そこはコックピットだった。
二つの操縦席、各種計器の確認ディスプレイがある。
「ビューパネルオン」
私がそう言うと、真っ黒だった正面ウィンドウに灯がともった。
一気にそこが生気を得る。
星空だった。すこしずつ回転して動く、満天の星空。
ウィンドウの上には、このコロニーの丸く巨大な姿の一旦も見える。
この宇宙船は回転するコロニーにドッキングしている状態だった。
何の防護もなく宇宙空間にさらされている宇宙船。そんな格安ドッキングポートに接続している。
二人しかいない事務所に駐車場ごときに贅沢しているカネはないのだ。
「わぁぁ…………」
そんな苦悩はどこ吹く風。
咲李が目を輝かせてウィンドウに身を乗り出す。
毎回こんな感じだった。咲李は宇宙が大好きで、この仕事に着くたびに飽きもせず宇宙に目を輝かせていた。もう嫌というほど彼女の好みは分かっている。
私はそれを傍目に、口にした。
「出港準備。管制塔に出港許可要請」
『了解。出港準備、管制塔に出港許可要請』
そう返してくるのは、人工知能の無機質な声。
「咲李、座って」
「はーい!」
その隣に、私は腰を下ろした。
シートベルトを締めて、各種機材用のディスプレイモニターをすべて起動する。
船の起動や、出港のために必要な確認要項が山のように出てくる。それを咲李と山分けしながら、入念にチェックを入れていく。
宇宙船として足りないものがないかの確認、出港許可の種類の確認、操縦者と同乗者の本人確認、その他もろもろ……。
それがようやく終わって、結局四十分ほどもかけて、管制塔から出港許可が出た。
「ふう。左手操舵篭手出して」
ひじ掛けの一部がせり出して、それが出て来た。
操舵篭手――言い換えれば手袋式の宇宙船ハンドル――に左手をはめ込み、ついているボタンやつまみをぎゅっぎゅっと握りこんでいく。
ディスプレイモニターにはその反応が示されていた。
一通り試験をしたところ、どうやら操舵系は全部、しっかりと動作しているらしい。
「動作確認完了。動作連結」
『動作連結』
「出港する。抜錨」
『抜錨』
「ばつびょーー!」
AIの言葉に続いて、咲李が拳を突き出した。
ゴウンと音がする。視界と体が揺れた。
その瞬間、さっきまで体を覆っていた重力が一気に消えた。
「ひょうっ!」
「変な声出すな」
しかし気持ちは分かる。
内臓がふっと浮き、全ての圧力が消失し、体がまったく自由になったから。
「おおおおおっ!」
ウィンドウの景色が変化する。
上にあったコロニーが、ゆっくりとはるか頭上へと離れていく。
操舵篭手を操作。
しっかりと姿勢制御系が動いていることを確認。
今度は船首を上に上げるようにして、篭手を動かした。
ウィンドウがぐるりと動いた。
今、コロニーが真正面にきている。そこに私は目を凝らした。
「ドッキングポートに損傷ナシ。その他コロニー表面に傷は見られず。以上を、管制へ報告」
『了解』
今やったのは、古くからの伝統だった。
かつてコロニーに住むすべての人間が宇宙飛行士で、同じ組織に属しているという連帯感があった時代。
ドッキングポート解除の際にコロニーに傷がないかを確認するという行為。コロニーメンテナンスがほとんど自動化された今も、その伝統がいくらか残っている。
これで、宇宙船は正真正銘コロニーからのゆるやかな離脱軌道に入った。たっぷり十分以上待ち、十分な距離を離していく。
だんだんと画面に収まるまでに小さくなっていくコロニー。視界の中で、もう十回は回転していた。
さっきまでドッキングしていた部分も見える。
私たちが分離したドッキングポートの横には、ほかの船がずらりと接舷していた。
『加速可能域に入りました』
「了解」
姿勢制御を行い、宇宙船の頭をぐるりと一八〇度逆側へ向ける。コロニーの姿が視界の端に消えていった。
「おおおっ」
咲李が楽しそうに声を上げる。
一八〇度回頭をするだけで、ちょっとした遠心力が発生してバッテン型のシートベルトが胸に食い込んだ。
「出力上限一五パーセントに設定」
『了解。出力上限一五パーセントに設定』
「加速する」
制御篭手を微加速に操作した。
緩い加速力が全身を襲い、座席に押し付けられる。
今は二分の一標準重力(つまり地球の半分の重力、〇・五G)くらいの加速だった。
隣で咲李がディスプレイの速度計などをキラキラした目で見ている。
コロニーは、もうそれとはっきりわかるほどにどんどんと離れていく。
一秒ごとに時速十七キロメートルほどの加速。十秒で時速一七〇キロ。百秒やれば一七〇〇キロ。もう、今私たちの相対速度は、音速を超えていた。
しかしそれでも遅すぎるくらいだ。広い宇宙では。
今、この船はコロニーのいる軌道からの離脱減速に入っている。
つまり、向かう先は小惑星帯の内側だった。
「加速停止」
『加速停止』
ピタリと加速が止まって、シートに押さえつけられる感覚が止まる。
ディスプレイでの加速状況を確認して、一回二回、細かい噴射で調節。
目的域の未来の軌道と、この宇宙船の未来の軌道がおおむね交差した。
「よし。待機状態保持」
『待機状態保持』
操舵篭手から手を放す。
あとは、数日待つだけだ。
隣で咲李がシートベルトを外して、両手足を無重力に放り出す。
「あー、楽しかった! あと待つだけですか?」
これだけありふれた航行に対して、咲李はやはり、随分と楽しげだった。
「あと七八時間と五七分。あと二、三回減速を含めて、まあそんくらい」
「すごいですね。感覚で分かるんですか」
「そういう作りだからね」
今咲李に行ったことは、全部私が頭の中でした計算だった。
ディスプレイモニターの表記を確認すると、分の一のケタまで合っている。
「すっごい!」
「とりあえず、休むぞ」
シートベルトを取ると、体が空中にふわりと浮かび上がる。
無重力は少しぶりだ。最後に経験したのは一か月くらい前。
「じゃ、遊ぶか」
「わーい、やったー!」
にこりと微笑んであげると、咲李はまるで子供(十七歳だけど)のように飛び上がる。
「あぶなっ!」
頭を撃つ直前で、手を出して天井に手をついた。
人騒がせな。
「で、先輩っ、何して遊びますか⁉ ゲーム⁉ 無重力でキャッチボールでもいいですよ!」
「キャッチボールは一回やって照明ぶっ壊したからパス。ゲームだな。新作がある。それでいこう」
「やった!」
座席の背もたれを手にして、ぐいっと体を放り出す。
すると、すいー、と後ろの扉向かって飛んで行った。
これが無重力というものだ。手の届いた扉の鍵を、ガチャリと開ける。
そこには広い空間がある。
広々とした居住区画。
二段ベッドにちゃぶ台机、立体映像映写機から冷蔵庫まで。
その奥にも見える扉は、倉庫区画。半ばいらない物置と化しているけれども。
机の上にある投影機を起動して、ポータブル端末の中に入れておいたゲームデータと接続した。
それに呼応して、空中に立体映像が飛び出す。
「よっしゃ! はじめましょうっ!」
咲李はすぐさま床に座って、立体映像をいじりだした。その対面に私は座る。
仕事なのに遊んでいいのか? と最初咲李には言われたものだ。
しかし、仕事にはなんだって余暇が必要である。
太古の賢人たちの国、ギリシャでも、学びには余暇、scolarが必要だと言っていた。それに、schoolの語源もそれである。
それに、この仕事はまさに宇宙飛行士のもの。
一般人でも宇宙へ簡単に行ける世の中だけれども、未知を解き明かすこの仕事で、少しは偉大な宇宙飛行士たちの特権を横取りしたっていいだろう。
それに、どんな仕事でも、辛くなきゃいけないなんて理由はないはずだ。
「はい、コントローラー」
「ありがとうございますっ! 戦闘ゲームなら負けないですよっ!」
ふんす、と咲李は鼻息を荒くする。
「三回負け越しだけどな。頑張れー」
「舐めないでくださいっ!」
宇宙航空機事件事故調査事務所、小惑星帯外縁部第二コロニー支部。これよりお仕事開始である。




