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第3話 脳筋、バフ料理に陥落する

 水晶洞も3階層まで来た。


 あれから1週間。〈錬金術〉が覚醒した翌日から毎日のように通っている。最初は1階層で手いっぱいだったのが、気がつけば3階層を1人で回れるようになっていた。


 岩壁の隙間に水筒の蓋を置いて、スライムの体液を煮詰めた液に水を足す。包丁の腹でかき混ぜると、蛍光グリーンが薄れて半透明の金色に変わった。


 バフ料理、試作7号。足元にはスライムの残骸と魔石が3つ。


 鼻先にツンとした酸味。体液が変質し始めた匂いだ。


 (持続時間が変わるか、それとも効果量が——)


「うおおおおお!! 来いよ!! オレの盾を越えてみろ!!」


 洞窟全体が震えた。


 比喩じゃない。天井から砂粒が落ちてきた。


 声だ。人間の声。3階層の奥から岩壁を伝って、まだ反響している。


◇◇◇


 試作品をポーチに押し込んで、声のほうへ走った。


 3階層の突き当たり。天井の高い広間に出る。湿った空気が肌にまとわりつく。


 ——いた。


 でかい男が盾を構えていた。


 身長は180後半。筋肉の塊。短く刈り上げた茶髪。分厚い革鎧と、身体の半分くらいある鉄の盾。


 その周りを、ゴブリンが6匹。


 金切り声を上げながら四方から切りかかっている。ナイフが革鎧を引っ掻く嫌な音。男は盾で弾き飛ばした。皮膚が鈍い鉄色に光る。〈剛体〉だ。


 だが6匹は多い。裏に回り込んだ1匹が脇腹を切りつけた。傷が増えていく。


 (あの装備、E級じゃない。D級か? なのに何でここに)


 防御は固い。でも攻撃力がない。守れるけど倒せない。ジリ貧だ。


 ——放っておけるほど、俺は器用じゃない。


 6匹に突っ込むのは無理だ。なら俺にできることは——。


 ポーチに手が伸びた。バフ料理の試作品。STR+20%、15分持続。俺が食って効いたんだ。あの人に渡せば、火力が足りない問題は解決する。


 ゼリー状。見た目は最悪。効果は本物だ。


「おーい! これ食ってください!」


 投げた。山なりに。


 男が盾でゴブリンを押し返しながら、片手でキャッチした。


「は!? なんだこれ!? てか誰!?」


「いいから食って! STRが上がります!」


「意味わかんねえけど食う!!」


 ゼリーを口に放り込んだ。一口。


 男の動きが止まった。目を見開く。


 1秒。2秒。3秒——。


「——うめえ!!!!!!」


 叫んだ。ゴブリンが怯む。天井から砂が落ちてくる。


 直後——男が盾を振りかぶった。


 ゴブリン2匹をまとめて吹き飛ばす。さっきとは力が違う。STR+20%。盾が風を切る音が反響した。


「なんだこの力!! 身体が軽い!! いやまず飯がうめえ!!」


 叫びながらゴブリンを蹴散らしていく。


「うるさいな……」


 俺のツッコミは届いていない。


 1匹、2匹、3匹。盾で弾いて、硬化した拳で殴る。笑いながら突進していく。もう戦いじゃない。


 最後の1匹が逃げ出す。男が盾を投げた。回転しながらゴブリンの背中に激突する。


「……武器じゃないだろ、それ」


「よっしゃあああああ!!」


 ガッツポーズ。汗だく。返り血まみれ。広間に魔石が6つ散らばっている。


◇◇◇


 男が駆け寄ってきた。距離が近い。顔が近い。


「お前、今の何だ!? あの飯!! なんだあの飯!!」


「バフ料理です。〈錬金術〉ってスキルで——」


「すげえ!! オレ、猪狩大地! D級冒険者! スキルは〈剛体〉!」


「……水瀬悠斗です。E級。スキルは〈錬金術〉」


「大地でいい! 呼び捨てでいいぜ! 悠斗だろ? 錬金術! だからあの飯か!」


 会って30秒で呼び捨て。


「あー……大地、さん」


「さん要らねえって!」


「……大地」


「おう!」


 (距離の詰め方がおかしい)


 俺は〈錬金術〉とだけ言った。


 嘘じゃない。派生スキル名だ。ただ、ベースが〈家事全般〉だとは——言えなかった。ハズレスキルランキング3位を、初対面の相手にわざわざ晒す理由がない。


 (……いつか言わなきゃいけないのか、これ)


 大地は気にしていない。脳筋だ。


「で、その錬金術でポーションも作れんのか?」


「一応」


「マジで!? 飲ませてくれ!!」


 リュックから回復ポーションを取り出して渡した。


 大地が一口飲む。——また止まった。目を見開く。


 1秒。2秒。3秒。


「——うめえ!!!! ポーションってこんな味するのか!?」


 パターンだった。


「え、ポーションの味ってだいたいこんなもんじゃないんですか」


「いやいやいや! 市販のポーションは苦くて不味くて飲むのが罰ゲームだぞ!? なんだよこれ! 出汁の味する! 美味すぎる!!」


「……市販って不味いのか」


 知らなかった。自分のポーションしか飲んだことがない。


 (なんでだろ。素材はスライムの体液と水だけなのに。作り方の問題か?)


 わからない。でも大地の驚き方が本物なら——俺のポーションは普通じゃないんだろう。


 回復しながら話を聞いた。D級冒険者Lv.18。元ラグビー部。〈剛体〉で防御特化。


「D級の中層から先に行けねえんだよ。火力が足りなくてさ。基礎からやり直そうと思ってE級に来たんだけど」


「つまり、D級なのにゴブリンに苦戦してたんですね」


「うるせえ! 数が多かったんだよ!!」


 (この人、声のボリュームにリミッターないのか)


「カップ麺とコンビニ弁当しか食ってねえし、ソロだから市販ポーション自腹だし。D級用は1本800円すんだよ。毎回3、4本使うから報酬の半分飛ぶんだ」


「それはきつい……」


 (俺のポーションはスライム体液と水だけ。原価ほぼゼロなんだよな……)


 ゴブリンの残骸を片付けていると、大地が屈み込んだ。腕を掴んで、指で肉質を押している。


「……何してんの」


「癖。実家が精肉店でさ。つい」


「ゴブリンの肉質を」


「スジっぽいな。E級だし仕方ねえか」


 (品評してどうすんだよ)


◇◇◇


 広間の壁にもたれて座る。


 大地が残りのバフ料理を噛みしめるように食べている。


「つーかさ、〈錬金術〉ってすげえスキルだよな。バフ料理も回復薬も作れるんだろ?」


「まだ試行錯誤中だけど。大地の〈剛体〉は派生スキルとかあるのか?」


「Lv.5で〈剛体・全身〉に派生するらしい。全身同時硬化。でもまだLv.3で遠えんだよな……」


「Lv到達で派生するんだ」


「戦闘系はだいたいそう。レベル上げりゃ勝手に覚醒するって先輩に聞いた」


 ——レベル到達で覚醒。俺のはレベルじゃなかった。あの★が3つ光ったときに、あの状況で。


 (……やっぱり、普通じゃないのか)


 口には出さない。


 大地が腕を組んだ。いつもは何も考えていなさそうな顔なのに、今は違った。


「オレさ。一人だと限界だってわかったんだ。防御は固いけど、火力がねえ。一人で全部やろうとしてた。でも——」


「お前の料理食ったら、オレ6匹一掃できた。一人じゃ絶対無理だった」


「……それはバフ料理のおかげで、俺のおかげじゃ——」


「それをお前が作ったんだろ? なら、お前のおかげだ」


 単純だ。でも間違ってない。


 大地がいきなり正座した。ダンジョンの地面に。ゴブリンの体液まみれなのに。


「悠斗。弟子にしてくれ」


「は?」


「料理の弟子だ! オレも料理を覚えたい! バフ料理を自分で作れたら最強じゃん!?」


「いや、これスキルだから料理教えても——」


「じゃあ普通の料理でいい! お前の飯がうますぎるんだ! ポーション代も馬鹿にならねえし! 教えてくれ!!」


「料理教室じゃないんだけど……」


 後頭部を掻いた。


「弟子は無理。でも——まあ、今度飯くらいなら作るよ」


「マジか!!」


 目が輝いた。犬か。


 大地の目が真っ直ぐだ。打算がない。本気で美味いと言っている。


 〈家事全般〉。ベーススキルの名前が喉の奥に引っかかった。


 ——たぶん、こいつは態度を変えない。根拠はない。30分一緒にいただけでそう思った。


 それでもまだ、言えなかった。


 大地が立ち上がった。両手を突き出す。


「パーティー組もうぜ! 悠斗!」


「……え?」


「オレが前で殴る! お前が後ろで飯作る! 最強だろ!?」


 脳筋すぎる戦略。


 でも——間違ってはいない。


 差し出された手を見た。大きい。盾を持ち続けてきた手だ。指の付け根にタコが硬く盛り上がって、返り血がこびりついている。


 ハズレスキルの俺が、パーティーなんて。


 でも——さっきの手応えは本物だ。一人じゃできなかったことが、二人ならできた。


「……いいよ。ただし、飯は俺が作る」


 大地が笑った。笑い声がダンジョン中に響く。


「当たり前だ!! お前以外に誰が作るんだよ!!」


 ——うるさい。


 でも、悪くない。


 帰り道、並んで水晶洞のゲートに向かう。大地が隣でゴブリンの倒し方について熱弁している。声がでかい。耳が痛い。


 でも、一人じゃなくなった。


 ——ハズレスキルの冒険者に、初めての仲間ができた。

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