第2話 ダンジョン飯、始めました
点滅が止まらない。
〈料理 ★★★〉。視界の隅で青白い文字がちかちかと明滅している。手に持った包丁もうっすらと光を帯びていた。
足元ではスライムが4匹、おにぎりに群がっている。ぶよぶよと震えながら米粒を溶かしていく音が、やけに静かな洞窟に響く。
——料理しろ、ってことか?
(いや、ここで何を作れと?)
指先がざわつく。点滅が速くなっている。脈拍に合わせるみたいに。
冷静に考えろ。スライムは弁当に夢中だ。食い終わったら次は俺だ。逃げるか戦うか——いや、さっき1匹倒しただけで手が震えたんだぞ。残り4匹は無理がある。
なら、別の手を考えろ。
手元にあるもの。包丁。水筒。リュック。
弁当は全部食われた。調味料なんか持ってきてない。
使える「素材」は——。
岩壁に目を向ける。さっき斬ったスライムの体液が飛び散ったまま、蛍光グリーンに鈍く光っている。ぬるい温度が残った飛沫。
……まさか。
(正気か? スライムのあれを料理しろって?)
他に何がある。水滴か?
点滅がさらに速くなる。包丁の刃が一段明るく光った。
——やるしかないか。
包丁の腹で岩壁に張り付いた体液を掬い取る。ぬるっとした感触が刃を伝って指先まで届いた。
水筒の蓋を外す。小さな蓋をカップ代わりに、水を少量。そこにスライムの体液を落とした。
緑がかった液体が蓋の中で揺れる。
包丁でかき混ぜた。
——瞬間、手が勝手に動いた。
指先が温度を感じている。粘度を測っている。混合比を調整している。頭で考えるより先に、手が正解を知っていた。
4年間、毎日台所に立ってきた指だ。玉ねぎの薄切りも、出汁の塩梅も、パスタの茹で加減も——全部この指が覚えている。
洞窟の天井から水滴が落ちる音だけが響く中、包丁が規則正しく蓋の内側を撫でた。
蛍光グリーンの液体が、澄んでいく。濁りが抜ける。緑が薄れて、透き通った青に変わる。
ステータスウィンドウが一気に展開した。
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◆ 派生スキル覚醒!
〈料理〉★★★ → 派生スキル解放
★〈錬金術〉Lv.1
効果:素材を調合して回復薬・爆弾・バフ料理を生成
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手が止まった。
「……錬金術?」
声が洞窟に反響する。
「俺が今やったの、料理じゃなくて錬金術?」
水筒の蓋を覗き込む。さっきまで蛍光グリーンだったスライムの体液が、透き通った薄い青色の液体に変わっていた。
見た目が、完全にポーションだった。
(いやいやいや。ちょっと混ぜただけでポーションって何だよ)
困惑しながらも、包丁を握った手は震えていない。さっきスライムを斬ったときとは別人だ。
——飲むか?
さっきの戦闘でHP微減のはず。スライムを斬ったとき、飛沫で頬がヒリヒリした。微ダメージ。
意を決して一口。
冷たい。出汁みたいな旨味がじんわり舌に広がった。
「……美味い」
普通に美味い。ポーションってこういう味なのか。
身体の芯からじんわり温かくなっていく。頬のヒリヒリが消える。HPが回復しているのを感じた。しかも速い。
「へえ。ポーションって意外と美味いんだな」
感心した。——比較対象を、俺は知らない。
◇◇◇
気をよくした俺は、次を試した。
ふと、リュックに目が行った。ファスナーが開いたまま転がっている。中を覗く——おにぎりが1個、底に残っていた。スライムに食われなかったやつだ。
岩壁にはまだたっぷりと体液がこびりついている。包丁の腹で掬い直す。おにぎりを崩して、スライムの体液と水を足して。包丁で刻むように混ぜる。
手が勝手に動く。さっきと同じ感覚。温度、粘度、タイミング——身体が知っている。
出来上がったのは、半透明のゼリー状の何か。
見た目は最悪だ。
視界の隅にぴこんと小さな通知が浮かんだ。「STRバフ料理(STR+20%、15分)」。さっきの覚醒ウィンドウとは違う、控えめな表示。
「……見た目はアレだけど、食えるのか」
一口。
美味い。
(なんでだ。スライムと米だぞ)
直後——身体が軽くなった。包丁を持つ手に力がみなぎる。握り直す。柄が吸いつくように馴染んだ。
ぴちゃん。水滴の音。
それから——ぶよん。
スライムがおにぎりを食い終わっていた。4匹がゆっくりとこちらを向く。
「……来るか」
包丁を構えた。さっきまでとは手の感触が違う。
1匹目が跳ねた。
斬った。
手応えが軽い。さっきは粘りつくようだった刃の通りが、紙を裂くように滑らかだった。
2匹目。横から飛びかかってくる。半歩ずらして——斬った。
3匹目がジャンプしてきた。上だ。横に転がって避ける。体勢を立て直す——速い。自分の身体が速い。振り上げた包丁を一閃。弾けた。
4匹目が踵を返して逃げようとする。
走った。
——走れる。さっきまで足が竦んでいたのに。
包丁を振り抜いた。最後のスライムが緑色の飛沫になって消え、小さな魔石が転がった。
肩で息をする。包丁を下ろした。
足元に魔石が5つ、転がっている。さっきの1匹と合わせて全部。
(……俺、いまダンジョンの中で料理してモンスター倒したのか?)
我ながら意味がわからない。
水晶洞のゲートまで引き返す。体液まみれのスポーツウェア。包丁は鞘がないからリュックに突っ込んだ。
公園に出た。午後の日差しが眩しくて目を細めた。芝生の匂い。犬の散歩のおばさんが俺を見て、ぎょっと足を止める。
そりゃそうだ。全身緑の液体まみれの男がゲートから出てきたら怖い。
「すみません、人間です」
おばさんは犬を抱えて小走りで去っていった。
……なんの弁解にもなってなかった。
◇◇◇
ギルド新都市支部。カウンターに魔石を5つ並べた。
「E級ダンジョン水晶洞、1階層クリアです。スライム5匹」
「お疲れ様です。報告書にスキル使用の有無を記入してください」
九条さんの声は相変わらず平坦だ。タブレットに視線を落としている。
俺は後頭部を掻いた。
「えっと……〈錬金術〉、です」
タイピングの音が止まった。
九条さんがタブレットから顔を上げる。
「……〈錬金術〉」
「はい」
「水瀬さん。あなたのスキルは〈家事全般〉と記録されていますが」
「派生スキルっていうらしいです。さっき覚醒しました」
沈黙。
九条さんがメガネを中指で押し上げた。タブレットの画面を高速で操作し始める。指の動きが忙しない。
「〈家事全般〉からの派生スキル覚醒は——」
「前例がありません。ですよね」
「……ええ」
一拍。九条さんの目がこちらを見た。表情は変わらない。でも、メガネの奥の瞳がわずかに光った気がした。データを見る目だ。
「詳細を記録させてください。覚醒の状況を」
「料理したら覚醒しました」
「……ダンジョン内で料理を」
「はい。スライムの体液と水で」
タブレットに指が走る。
「前例がありません」
「2回目ですね、それ」
「重要なことなので」
淡々と。でもタイピングの速度がいつもより速い。
魔石5個。合計3,500円。E級ダンジョンの報酬としてはこんなものだ。コンビニの夜勤6時間分にも届かない。
でも、今日得たのは金じゃない。
◇◇◇
帰宅。1Kのアパート。
シャワーを浴びてスライムの体液を洗い流した。生温い残り香がようやく消える。スポーツウェアは洗濯機へ。
ベッドに倒れ込んで、天井を見た。
「ステータス」
半透明のウィンドウが開く。
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【ステータス】
名前:水瀬悠斗
レベル:3
HP:210/210
MP:230/230
STR:14 AGI:17 INT:30 VIT:15 LUK:31
◆ スキル
・〈家事全般〉Lv.1
├ 料理 ★★★☆☆ →〈錬金術〉Lv.1
├ 掃除 ★★☆☆☆
├ 洗濯 ★★☆☆☆
├ 裁縫 ★☆☆☆☆
└ 整理整頓 ★★☆☆☆
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レベルが3に上がっている。ステータスも微増。
だが、目が止まったのはそこじゃない。
スキル欄。〈料理 ★★★〉の横に〈錬金術〉が並んでいる。
そして——他の項目にも★がついている。掃除が★★。洗濯が★★。裁縫が★。整理整頓が★★。
★★★で〈錬金術〉が覚醒した。
じゃあ。
掃除が★★★になったら?
洗濯が★★★になったら?
「……まさか、他にも派生スキルが覚醒するのか?」
天井を見上げる。1Kの安い天井。
——〈家事全般〉。ハズレスキルランキング3位。
本当にハズレだったのか、これ。




