第二十三話「特異融合体ジェミラ」
桃李は目の前の相手を見据えていた。
先ほどまで人間だった女。
しかし今は違う。
特異点と融合してしまった人間が成り果てる、
人の形を成す魔洞。「特異融合体」
それは、この世界では決して珍しい現象ではない。
異能犯罪者の中には、特異点の性質を利用した薬品によって、
魔洞のような状態に変質し、力を増幅させる者が多く存在する。
なぜなら――
異能犯罪者の多くは、魔洞と何らかの繋がりを持っているからだ。
そして歴史もまた、それを証明している。
17年前の厄災。
80年前の大厄災。
それらの事件の多くは、魔洞の特異点と融合した
“魔洞側の異能力者”によって引き起こされた。
ゆえに、国連および
W.S.C.O.(世界特異災害対策機構)は、
その存在をこう呼称していた。
特異融合体。
目の前のジェミラは、既に別の存在になりかけていた。
短かった髪は、黒い理力に溶けるように伸びている。
肩を越え、背中へと流れる長髪。
そして、先ほどまでの
男勝りな口調も消えていた。
「ふふ……」
柔らかな声。
それはまるで、別人のようだった。
つまり――
人格が、特異点に引き寄せられている。
その事実は、一つの可能性を示していた。
「やっぱり、特異点って人格があるの?」
そう、桃李はジェミラに尋ねた……
「いいえ、ワタクシみたいなのは、
とても例外的よ…ワタクシは
死にたくないから人格を特異点化して魂を守っていたに過ぎないわ……それが今回たまたま
適合者であるこの子がここに来てくれたのよ…」
たまたま……にしては出来すぎている
と、桃李は考察する。
多分これは、ジェミラ…
いや、その適合者である少女に
ジェミラの人格を宿すための罠だった。
そうとしか結論できない。
「ふぅん、……そっか…」
だが、何はどうあれまずはコイツが
更なる活性化をするのを阻止しなければならない……
今、目の前のジェミラは
“彼女”と“特異点”の人格が混ざり始めている。
完全に融合すれば、どうなるか。
想像に難くない。
これ以上強くなれば、自分でも対処できない。
街への被害…それは避けられない。
でも、人への被害はなんとしてでも避けなければならない。
彼の周りに桜が舞う。
ただ、彼は同時にジェミラの
前までの動きと、そして言動から
脅されて戦っていた。
そう、確信していた。
今目の前の少女を救い出さなければならないと、直感していた。
…振り返ってみれば今までの出鱈目な攻撃も、早く終わらせて帰りたいと願う者が、そして、もうどうなってもいいと考える者がする攻撃だった。
「安心して……」
刀を構えていた
「君は助ける…」
桃李の目的は、変わった。
討伐ではない。
切除。
特異点を――
彼女から切り離す。
「その黒いのだけ」
桜の花弁が空間に広がる。
「僕が斬り取る」
ただし、算段はない。
目の前のヤツは、
完全に勝ち誇った目でこちらを見ている。
油断している以上、やりようはあるが、
それが全く皆目見当もつかない…
色々考えていると、
彼女の操る影が襲ってきた。
「何を考えているのかしら?」
「っ…!」
桜刃を使って影を凌いだ。
だが、何か違和感があった。
(あれ…?なんか、異能力の因果が消えていない?)
無因の術式で、
自身の異能力の術式が解除されていないのだ。
これは推論でしかない…が、
桃李はこう考えていた。
(無因なるものが発動しない原因…
一つ、無因の術式は元の特有のものだった。
もう一つは、ジェミラの元の体の持ち主が、抑え込んでいるか……)
前者の方が近いだろう。
後者はあり得ない。なぜなら、
桃李との関係は赤の他人。
自分が一方的に助けようとしただけ。
前者が近いだろう……
「まぁ…この程度は凌ぐのね……」
「な、……」
自身の目の前まで伸びてきた影は、
ボコっと浮き上がり、
槍となって飛び出てきた。
先刻の攻撃や、
融合前までのジェミラとは違い、
正確無比。
確実に心臓を狙うものだった。
集結させた桜刃でギリギリ防げはしたが
その後も絶えず攻撃の雨は止まない。
桜刃による斬撃を分散させて、
なんとか捌けているが、それでも
「激しい……」
こちらが圧倒的に劣勢……
しかしながら、ジェミラは顔を顰めていた。
ジェミラの精神世界では、
元の体の持ち主は抗っていた。
『させないっ…桃李は…俺を助けようとしてくれた!殺させないぞ!ジェミラ!』魂を抑えて、無因だけでも発動しないよう、ずっと。
「チッ……無因が発動してないじゃない……」
その、ジェミラの呟きに
桃李はハッとしていた。
無因が発動していない……?
そういえば、先程から影に触れても能力が解除される兆しがない。
つまりは
「元の魂が押さえ込んでますね?
無因の効果を」
「ちっ、声に出すんじゃなかったわ…」
相手の反応からもそれは正解なようだった。
いま、元の肉体の持ち主が
無因の効果を抑え込んでいる。
自分の能力をモノにされるのは嫌という事なのだろう。
「やっぱり、"ジェミラちゃん"……は、
悪い子じゃないかもしれない」
「は?」
ジェミラが低く唸り、彼を睨みつけた。
しかし、少しずつ力が抜ける感覚を覚えていた。
ジェミラちゃん。それは元の体の人格を
桃李がそう呼んでいるだけに過ぎない。
この呼びかけで、
本物のジェミラの自己同一性が揺らぐことはないが、
今ある魂は肉体の持ち主のジェミラと、
本物のジェミラ。その二つ。
今のジェミラは元の魂の抵抗力に引っ張られつつある。
桃李にとっての好奇は、着実に紡がれている。
「厄介なのに当たったなぁ、ほんと…
報告書にはなんて書こうかな」
桃李は既に生きて帰ることは前提で
考えている。
つまりそれが示唆することは、
彼の頭の中ではもう既に
目の前の脅威への対抗策は
出来上がっている―




