第二十話「毒牙」
この日はついに、桃李先輩との
共同任務を行う日だ。
任務内容は簡単。
微小の特異点の活性状態の監視と、いざという時の滅却
活性状態が1時間にわたって低ければ、そのまま自然消滅する為それで任務完了。もし軽度でも活性化すれば、
すぐに滅却を行う。
そう言う任務だ。
まずは出発前に先輩に顔合わせしなければ、そう思い、2年C組の教室へと向かった。
「失礼します!桃李先輩いらっしゃいますか?」
「いるよ♪」
「じゃあ、今日はよろしくね♪」
「はい、よろしくお願いします」
そんな簡素な挨拶で、その日は顔合わせをした。
護送車に乗り込み、
任務地であるアダチ区
へと向かった。
俺も桃李先輩も、刀を携えている。
これはもしもの時のための戦闘手段だ。
アダチ区に到着し、
そこで待機していた監督官から、
状況の説明を受けた。
どうやらここ一週間ずっと未発達で、
おそらくはもう活性化の見込みはないそうで、一先ず滅却だけでいいとの事。
ただ、厄介なことが一つある。
「このビルの中……なのか……」
そう、廃ビルの中にあると言う事だ。
何故そんなところに出現するのかは定かではないが、
一応、勝手に入るわけにはいかないので、行政からの許可を取っている最中らしい。先にしておいた方が良かったのでは…?と思ってしまうが……
「ま、あの人たちにしかわからない大変さとかあるんだろうな…」
学生だし見習い的な立場とはいえ、
公務に携わるようになってから、
その大変さを目にする事、
自分自身で体感することが多くなり、
行政側で働くことの如何に覚悟のあることかを痛感した。
任務後のレポートと、
事後被害状況の報告書など、一部を自分で書かねばならないし…これがまた面倒で面倒で……
それでも、苦手なわけじゃない。
ただそういった書類物を書くのが堪らなく面倒で出来ればやりたくないだけだ
って…俺は誰に愚痴ってるんだよ
「お待たせしました。お二方とも。
侵入の許可を得ましたので、案内します」
と、頭の中で愚痴っている間にどうやら許可がおりたらしい。
監督官の案内の下、俺と先輩でビル内に侵入し微小特異点の元へと向かった。
到着すると、廃ビルの部屋の一角に、
堂々と小さな球体状の空間の歪みができている。
よし、じゃあこれを結界で閉じてやればいいだけって事だな。
「先輩…見ててください…!
俺結界使えるんです…!」
「すごいねぇ♪じゃあ、見せてもらおうかな?」
「よぉし……はっ!」
微小の特異点を覆うように結界を展開する。
結界の内界を徐々に縮めていき、
空間の歪みの根源である魔力を理力で
相殺しつつ、その歪みで生じた孔を閉じる……
少しずつ閉じていく……素晴らしい…
流石に半年未満とそこらでも、学んでいればこうも上達するもの……
あ!ここゼミで出たとこだって言いたくなる。
結界に関しては昔からできてたしモーマンタイ……ってあれ…?
「あれ…おかしいな……結界に穴は空いてないはずなのに……」
魔力が漏れ出てる……いや、
これは結界を内から突き破ってきている…?まずい……非常にまずい……
急ぎ結界の修復を…
と結界の綻びを閉じようとしたが、
遅かった。
結界は砕け、特異点は膨張し
その衝撃波で俺は弾き飛ばされていた
「うわっ!?」
「よっと……危なかったね?」
後ろにいた桃李先輩によって、俺はキャッチされてなんとか怪我はせず済んだが……
「桃李先輩……ごめんなさい…」
「大丈夫、まだ対処できる……」
特異点が肥大化し、内から
ムカデ型の巨大な魔洞が現れた。
確かコイツは…教本にも出てきた
「多足魔洞獣…ミリアポーダ」
魔力濃度的には……低級でもかなり強い方か?
とにかく威圧がすごい
「シャァァァ!!」
鎌首もたげて複眼でこちらを睨んでくる。
俺は生唾を飲みながら制式刀を抜いた…
「桃李先輩、コイツは俺がトチったから出てきた…そういう事にしてください…俺が対処します…」
実際がどうあれ、俺は結界の結び方を間違えた可能性がある。だって、結界の内界で膨張しようと、もし綻びがなければ漏れ出ることはなかったはずだ。
もし仮に、特異点がピンポイントで穴を開けれる魔力放出をしたとしても、それを抑えられなかったんだから俺に責任がある。先輩に任せていれば……あるいは
なんてウジウジ考えている暇はない……
「そっか…じゃあ澄空くん、僕は後ろから君を援護するね♪」
「感謝します!」
俺は一歩踏み込み、ミリアポーダに向かって剣を振り抜いた。
体を繋いでいる節、そこめがけて
横薙ぎを入れる。
ザシュッと音がして肉に食い込む。
見た目と気配よりも、幾分も柔らかい。
「シャァァ!?」
奇声をあげてのたれ打つ。
相当痛かったのだろう。
これはいけるかもしれない…!
と、思っていたらミリアポーダの傷口が
みるみる塞がっていくではないですか。
「嘘でしょ!?」
今までの魔洞獣で再生までできるやつは
見た事がない…あ、いや
以前横浜港で見たトカゲ魔洞獣は
そういえば再生力持っていたっけ
だとしても、確か鱗の内側を傷つけられたらそう容易には再生できなかったはず。
コイツは肉を削いだのに、それすら回復してしまう……もしかすると、もしかしなくても…かなり厄介ではないか…?
ダメ押しにもう一回、今度は頭をかち割るために、少し跳躍して、刀を振り下ろす。が、うねるように避けられたかと思えば、そのまま俺の腹目掛けて噛みつこうとしてきた。
コイツが普通のムカデと同じ構造なら、
顎にある毒牙で毒を注入してくるはず…
なんならこの大きさならば、それ以前に腹を噛み切られて終わるかもしれない…
迂闊すぎた……
と、悟ったその時だった。
「【桜花万燗】」
そう呟く声が耳に入ってきた。
ふわりと、一枚の桜の花弁が、自分の腹とムカデ魔洞獣の頭の間に舞ってきた…その次の瞬間、まるで桜吹雪が如く、ブワッと自分と奴の間に割って入り、奴の頭をガリガリと削りながら押しのけたのだ。いきなりのことに
奴は怯んでいた。
俺は着地した後、その出所であろう方向を見た。そこには桃李先輩がいた。
腰に差していた刀を抜いているようだが、よく見れば刀身がない…
そしてさっきの桜の花弁たちがブワッと彼の方へと戻っていくと、刀の刀身がある部分に、桜が集結して、刀身を構成していた。
美しい刀だ。白い柄紐の拵え…
もしかして持ち込み品なのか…?
「澄空くん、僕の方はいいから、そっちに集中しなよ?」
ハッとした。
そうだった。俺の相手は今目の前にいる。
俺は奴に向き直って、刀を構える。
怯みが緩和されたのか、またこちらを凝視してくる。
どこから鳴っているのやら。
奴は鳴き声を上げる。
「俺が相手してやるから…かかってこい…」
俺は脇構えに移行して、相手の出方を待っていた。そして、奴が動き出した瞬間。俺も踏み込んで迎撃する。
俺とムカデがかち合う寸前のこと、
視界にすら入っていなかった特異点がまた揺らぎ、そこから一つの黒い影が
俺目掛けて飛んでくる。
「澄空くん!危ない!」
「え…?」
桃李先輩が、それに飛びかかって俺に攻撃できないよう軌道を逸らしたが、
勢いそのまま、近くにあった窓ガラスをぶち破って外に落ちていってしまった……
「桃李先輩!!!」
そう叫んだ束の間、意識が逸れてしまった為に、左腕を噛まれてしまった
「ぐっ……くそっ!!」
右手に持っている刀を使って、
首筋の端に向かって刃を振り下ろす、
だが、鎬の部分での攻撃になってしまったせいか、威力が乗り切らず、
有効打にならない…
何度も力一杯打ちつけて、やっと有効打が入り、奴は離れてくれた…
時間は体感5秒…実際もおそらくそれくらい。
それで入ったダメージは浅い切り傷程度…それに対しこちらは、
深い咬み傷が付いている上に、間違いなく毒が入れられた……
感触でわかるほど生暖かいものを注入された感覚があるし、ちょっとしびれている……
本気で戦わなければどうにもならないと悟った。
「……ふぅー、【星辰天環】…」
自身の周りに結界が展開される。
自身の意識や、精神…理力の流れなどを調和するバフ。だが、それで毒がどうこうできるわけじゃない。あくまで精神的支柱に出来るというもの。
早いとこコイツを倒さなければ、
俺は……死ぬ。
桃李先輩は心配だが、今は自分のことを優先しないといけない。
神凪先生に以前言われた事があった。
時には割り切ってしまう事も大事だと。
正直…桃李先輩とはまだそこまで親しくない…でも、今日までの間で、色々良くしてくれて、良い人なんだってことは知った。
知ってしまったから、割り切ることが難しい……でも……
「桃李先輩は…確実に俺より強い…」
桃李先輩は二級異能士……俺は確か4級……差は歴然…だからきっと、俺よりも生き残る手段を持ってる人。
大丈夫。俺がやるべきことに集中しよう。
いざ尋常に……
「はぁぁぁ!!」
俺はとにかく奴に噛まれないよう、
噛みつきの体制に入ったところを、
奴の懐に入り込んで斬り、
怯ませる。その繰り返しを行った。
頭を斬ろうとしても、硬質で弾かれる。
それはそれで良いのだが、やはり肉質が柔いところを切って怯みきったところを、首を掻き切ってしまう。それが一番だろう。魔洞獣はコアを直接潰す以外にも、コアと繋がる頭部とのリンクが切れれば、死ぬ。
しかし何度切っても、奴は再生するし、この攻撃に耐性がついてきてる。
それに何より、何度切っても奴のコアとなる部位は体の中にはない…
どう考えても一番硬い頭部が怪しい。
攻撃用の部位である為一番相手に近づく。
だから普通はそんなところにコアがあるとは思わない。
でも、じゃあなんで頭部が一番硬くなっている?つまりそこにコアがあるからだ
単純な考えだが間違いない…
まずは
彗星弾で牽制しつつ、頭部を攻撃する隙を作る。
そういえば、彗星弾での攻撃に対し
魔洞獣たちは強い拒絶反応を示す。
つまりは、もしかすると彗星弾は特攻がある可能性がある。と、以前のトカゲの時に俺は感じた。
だから、1発でも当たれば奴は必死こいて避けようとするはず。
と踏んだ連発射撃。
1発まぐれで当たった彗星は予想通り、ムカデ魔洞獣の肉を焼くように着弾していた。
そしてムカデ魔洞獣は奇声をあげたのち、当たらないように必死に避ける。
それでもでかい図体のせいで、逃げ遅れた部位に当たってしまうが、致命傷は避けている。
でも、それに気を取られていると隙ができる。
奴が避けて出来た隙をついて、俺は飛び上がり、刀を振り下ろしていた。
いつぞやにやった、流星剣の効果を刀身に付与して、勢いよく…
ガツンッと音を立てて奴の頭がかち割れる。
やった……これで…討伐完了だ!
と思っていたのも束の間。奴の頭の中に、コアはなかった…
みるみるうちに再生する。と同時に
左脇腹を噛まれた。
「ぐぁっ……!?……」
血が滲む。もうすでに左腕からの毒で体が怠かったのに、さらに毒が注入される…まずい…非常にまずい……
「ゴホッ……」
視界が赤く染まり、焼けるような熱さが眼球を焦がす。
頭が痛い……
血中の毒素が濃度を増したせいで、
進行が早くなっているのか……
奴は一通り注入し終えたのか、
咬むのをやめて、俺から離れた。
あとは死を待つのみ…とでも言わんばかりに見下してくる。
「ぐ……くぅ、」
痛みと毒による痺れでまともに体が動かない……まずったな……意識が…遠のいて……
あぁ、奴が近づいてくる……
「死に……たくない……」
最期の足掻きだ…と、
手を伸ばして、彗星を放つための星を集結させようとした。
その時。特異点が急激に変化して、
ミリアポーダを吸い込み始めた。
「ジャァァ!?」
いきなりのことで奴はかなり驚いている様子で、滅茶苦茶にのたうち回って抵抗する。が、それも虚しく吸収されてしまった。何が何やらわからず困惑していると、特異点は外に向かって飛んでいった。まるで…何かに引き寄せられるように……確か外には
「…桃李…先輩…!」
まずい。と思った次には…外で、高濃度の魔力が放出されるのを感じた。
行かなきゃ…でも毒が回って意識が遠のく……
意識が闇に飲み込まれそうになった時、
監督官が走ってきて、何かを叫んでいた。そのあと俺の右腕に何か、シリンジのようなものを刺した。……それを視認した瞬間に…俺は意識を失った…




