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インソムニア奇想譚  作者: ままはる
健康診断のついでに呪われちゃった話
89/97

20.解呪薬を作りながら

⭐︎


 翌朝、解呪薬の材料を持ってデュマの研究室を訪れたルルは、そのまま調合に取り掛かった。


 前日のシオンの言葉もあって、授業にはちゃんと出席することにした。その間はデュマとファーガスが、薬に誰も近づかないように見張ってくれていた。ちなみにファーガスにできることはもう何もないのだが、患者が回復するのを見届けるのが医師の務めだと言って滞在期間を延長し、合間を見ては魔物の血液についてあれこれと勉強している。


 エヴァンとレティシアも授業には出て、それが終わるとルルとノアの所を行き来した。


「すぐにまた襲撃されるかと思っていたけど、そんなこともなかったわね」


 乾燥させた鬼神草をすり鉢で粉末にしながら、ルルはそれでもどこか不安そうな声で呟いた。


 ノアが目覚めたあの日から、二日が経っていた。


「無闇に無関係な人間を巻き込むつもりはないんだろうね。昼間は学生の行き来があるし、夜間はデュマ教授とティア様の護衛が薬を守ってくれてる。手が出せないんだと思うよ」


 溜まっていた授業の課題を片付けていたエヴァンは、顔を上げて部屋を見渡した。


 デュマ教授の研究室は、相変わらず雑多だ。ルルの護衛のつもりでこの部屋で過ごす時間が増えたが、籠の中でかさかさと蠢く謎の虫の音だけは未だに耐え難い。一度空いた時間に部屋を整理しようかとデュマに提案したが『イケメンは指一本触れるな』と、意味不明なお叱りを受けたので諦めた。


「でも向こうもやきもきしているだろうね。ノアの爆発的な魔力の流出を向こうも察知はしたはず。でも、何があったかまではわからない。そろそろ確認したくて堪らなくなっている頃じゃない?」


「確認ったって、どうやってノアに近づくのよ? ノアの部屋はティア様の護衛で固められてて、配達業者や管理人まで変身魔法で変装していないか確認してるらしいじゃない」


「ほんと、ありがたいよねぇ。国家権力」


「権力の濫用じゃなければいいけどね……」


 ルルは粉末になった鬼神草を秤に乗せ、ノアの血液を元に算出した調合量に合わせて測っていく。


「楽しい?」


「は? この状況が楽しいバカがどこにいるのよ?」


「解呪薬を作ってるルル、いい顔してるなぁって思って」


 そんなことない、と言い掛けたが、言えなかった。図星だ。呪薬を突き止めたあの時から、解析、解呪薬の割り出し、呪術式の構築……全てにどこかわくわくしている。


「……参ったわね。防御魔法のゼミにしようと思ってたのに、決意が揺らいできちゃった」


「ちなみに、悪魔召喚に興味は?」


 ルルはジト目でエヴァンを睨んだ。なぜこの男は、人の心を見透かすことができるのだろうか。


 以前から黒魔術を冷やかし半分で眺めるのは好きだったが、二日前、実際に悪魔に襲われて更に興味が湧いた。なぜ魔物には通用する魔法が、悪魔には効かなかったのか。言葉の通じなさそうな獣に、どうやって標的を教え込むのか――


「そう言うあんたはどうなのよ? エヴァパパはまだあんたが医者になるのを諦めてなさそうだったけど」


「医者にはならないよ。医者になるくらいなら、バルドレインの魔法兵団に入った方がマシだね」


「ふぅん」


 相槌を打ちながら、材料を鍋の中に入れる。そこに手を翳して術式を唱えると、深緑色だった液体がじんわりと黄色に変わっていった。


「もうすぐ完成しそう?」


「あと二、三時間かな」


「じゃあ犯人も、そろそろ動き出す頃かな」


 窓の外――ノアのいる学生寮の方へと視線を向けるエヴァンに、ルルが呟く。


「せめて犯人が誰なのかわかればいいのにね」


「あれ? 言ってなかったっけ? 犯人、もうわかってるよ」


「……はぁ!?」


 声を上げた拍子に鍋をぶち撒けそうになって、ルルは慌てて取っ手を押さえた。


「え、ちょっ……いつの間に!? なんで!? 誰なの!?」


「僕たちが動くと警戒させるかもしれないから、シオンに動いてもらったんだ。近くで声を確認してもらったら、多分間違いないってさ」


「どういうこと? シオンに何をしてもらったの?」


 そう言えばノアの部屋を出た後、エヴァンがシオンに何か頼み事をしていたことを思い出す。


「ポポロ教授が買ったお菓子を呪薬入りのお菓子にすり替えるなら、できるだけ近い距離にいないと難しいと思うんだ」


「まあ、そうね」


「自然に教授の近くに立てると言えば、やっぱり大学関係者だよね」


 頷くルル。


「ポポロ教授のことを考えているうちに、スピナ国との共通点が一つあったことを思い出したんだ」


「共通点?」


「ルビーモルフォチョウ」


 その名前を聞いても、ルルはぴんとこなかった。眉を顰めて首を傾げると、エヴァンは小さく笑った。


「ノアの血が欲しいって騒いでいた時に、教授がノアにあげると言った標本だよ。ルビーモルフォチョウは、スピナ国にしか生息しない蝶だってティア様が言ってた」


「あー……言ってたような……?」


「生きている蝶も手に入れられる、みたいな言い方だったの、覚えてない? それで、スピナ国の人間に繋がりがあるんじゃないかと思ったんだ」


 そこまで聞いて、ようやくルルはエヴァンの意図を理解した。


「シオンに、誰がポポロ教授に標本を渡したのかを調べてもらったのね?」


「教授に近寄るために献上したんだろうね。ルルの解呪薬の邪魔をしようとしたタイミングも考えると、多分あの人で間違いない」


「それで、誰だったの?」


 目を大きく開けて、ルルが尋ねる。


「それはね――」

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