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インソムニア奇想譚  作者: ままはる
健康診断のついでに呪われちゃった話
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19.シオンの狙い





 ノアは数日ぶりに、すっきりとした顔をしていた。


 体内の膨張は消失し、暴発し続けていた魔力も鎮まった。シャワーも浴びて心身共に小ざっぱりとすると急激に空腹を感じ、手近にあったパンや軽食でまず腹を満たした今、幸せそうな顔で形の崩れたチーズケーキを頬張っている。


「それで、結局何が起きたの? ティア様の力なの?」


「あの……っ、力とか、そういうアレではなくて、ですね……私も何が何やらわかりませんが、その……」


「何かわかんないじゃ、こっちもわかんないわよ」


「で、ですから……っ! 私が……わ、私……私はなんて破廉恥なことを……っ!」


 説明を求めるルルだが、レティシアは顔を赤くしたり青くしたりするばかりで、一向に話が進まない。


 片やエヴァンは、レティシアの様子から全てを察して、先ほどから込み上げる笑いを必死に堪えていた。


 魔力を持つ人間は、自然と魔力を放出し続けている。つまり、わざわざ極微量の魔力をノアの口から流入させなくとも、それをレティシアが自然にやってのけてしまったのだ。


「ねぇ、エヴァン。取り敢えずノアはもう大丈夫ってことでいいの?」


 納得はできないがレティシアの口を割らせることを諦めたルルが、エヴァンに尋ねる。


「呪薬の効果はまだ続いているだろうから、ノアが魔法を使おうとしたらまた同じことになると思うよ。でもまぁ、その時はまたティア様に頼めばいいけどね」


「は……!? いえ、あの……それには事前に双方の合意が必要でありまして……」


「あれ? 合意の上じゃなかったの? じゃあ不同意わいせつ罪になるけど、大丈夫?」


「不同意……わいせつ罪……!」


 真っ青な顔で頭を抱えるレティシアに、エヴァンは肩を揺らして笑いを噛み殺した。


「実際のところ、何があったんですか?」


 当事者のくせに我関せずといった顔でチーズケーキを完食したノアに、シオンがこっそり尋ねる。


 ノアは小首を傾げた。


「眠っていたから、俺は知らん。強烈な吐き気で目覚めて吐いた。それだけだ」


「あ、あ、あの! シオン様がパティスリー・ハニールのご家族だとは存じ上げませんでした! 私もあのお店のお菓子が大好きですわ」


「ひ……っ!」


 話題を変えようとレティシアがシオンを振り返った瞬間、シオンは素早くノアの陰に隠れてしまった。


「ノアさんの元気な顔も見られましたし、私はこのへんでお暇を……」


 シオンがこそこそと出口に向かおうとしたところ、ノアがその首根っこを引っ掴む。


「お前、ティアに訊きたいことがあるんじゃなかったのか」


「いえ! 直接じゃなくて、ノアさんが訊いて私に伝えてくれたらそれで十分です!」


「俺はよくわからん。自分で訊け」


 ぽいっとレティシアの前に投げ出され、シオンはしどろもどろに彼女の顔を見た。


「私に訊きたいこととは?」


「ああああの……」


 助けを求めるようにノアを振り返るが、ノアは興味なさそうにおかわりの水を汲みに行ってしまった。ルルとエヴァンは、何事かと訝しげになりゆきを眺めている。


「レティシア様が……お使いのリップは、どこの物ですか……?」


「リップ?」


 レティシアは自分の唇を指差し、瞬きをする。


「ミラ・ゴーシュの八番を愛用しておりますが……?」


「あ……! パケも可愛いし発色も良くて、私も大好きなブランドです! で、では……一月ほど前に髪を結っていらした時のリボンは、どこで買われましたか? あの、白いリボンにブルーのフリルがついたやつです」


「侍女が選んで用意してくれた物なので、私にはわからなくて……今度確認してお伝えしますね」


「い、いえ! レティシア様のお手を煩わせるつもりはありませんので、どうかお気になさらず!」


 その後もシオンは、レティシアの鞄や持ち物についてあれこれと尋ね続けた。


「これ、何の時間なの?」


「さぁ……?」


 いよいよシオンの意図がわからなくなったルルとエヴァンが顔を見合わせていると、間にノアが割り込んできた。


「『推し活』だ」


「推し活?」


「シオンはティアの……と言うか、王女とか姫とかそういうのが大好きなんだそうだ。持ち物や化粧道具が気になるから訊いて教えろと言われていた」


「なんでノアを経由する必要があるのよ?」


「俺もよくわからんが、『推しに認知されたくない』とか言っていたな」


 王女が法学部に入学したと聞いた時、シオンは真っ先にその姿を見に足を運んだ。初めは奇妙な変身魔法で姿を変えていたので落胆したが、いつしか魔法は解かれた。まるでおとぎ話の中から飛び出してきたような、誰もが目を奪われる美しい王女に、シオンは一瞬で虜になった。


 そうして時々遠目からレティシアを眺めているうちに、王女の膝枕で昼寝をする男が目に入るようになった。どんな不届き者かと声を掛けてみたところ、虫の話で会話が弾み、仲良くなったのだ――と、シオンは語った。


 あくまで遠くから眺め、可愛い持ち物に胸をときめかせ、王女の幸せを見守っているだけで良かった。なので言葉を交わしたり、ましてや一緒にお茶をするなどは、シオンの想定外なのである。


「僕、実は少しだけシオンが犯人なんじゃないかって疑っていたんだよね」


 苦笑混じりにエヴァンが呟く。それを聞いたシオンは、先ほど講義棟の屋上に見た人影を思い出した。


「そのことなんですけど……私、もしかしたら犯人に会っているかもしれません」


「ど、どういうことでしょうか!?」


 顔を近づけてきたレティシアから咄嗟に距離を取り、再びノアの陰に隠れながらシオンは続ける。


「ノアさん、ポポロ教授から受け取ったハニールのシュークリームを食べて倒れたって言ってましたよね。その時、教授の後に同じ商品を同じだけ買っていった人がいるんです。シュークリームの時は母が対応したんですが、実はそれ以前にも同じことが二、三度あって、私が対応したこともあります」


 その場にいる全員の脳裏に、同じ絵が浮かんだ。ポポロが買ったお菓子と、薬物を仕込んだお菓子をすり替える絵が。


「どんな人物だったか覚えてる?」


 エヴァンの問いに、シオンは小さく首を横に振る。


「いつもマスクに帽子、メガネをかけていたので、はっきりとはわかりません。ただ、いつも同じ男の人でした」


 シオンはスカートの裾をぎゅっと握り、ノアに向かって深く頭を下げた。


「ノアさんが倒れたって聞いて、真っ先にその人物が頭に浮かびました……ノアさんがポポロ教授からお菓子を受け取っていたことも知っていたのに、こんなことになる前に伝えられなくてごめんなさい!」


「お前が謝ることじゃないだろ」


「うちの商品を人を傷つけるために使ったのなら、絶対に許せません……! ノアさんだけでなく、ルルさんを襲ったこともです。声しか覚えていませんが、私も犯人探しに協力させてください!」


 ノアは驚いたように目を開き、ルルを見た。


「襲われたのか?」


「さっきね。エヴァンの到着があと五秒遅かったら、私もシオンも大変なことになってたんだから」


 ノアはルルの肩に手を置き、強く、きっぱりと言い放つ。


「必ずそいつを捕まえてボコボコにしてやる。エヴァンがな!!」


「ねぇ、いつから僕が暴力担当になったの? 僕だって怖いんだけど」


「それで、どうやってそいつを炙り出す?」


 エヴァンの抗議は聞き流し、ノアは話を進めた。エヴァンは軽く息を吐く。


「ルルが襲われたタイミングが良すぎる気がするんだよね。解呪薬が完成間近だと知って、慌てて邪魔をしに来たみたいだ」


「じゃあ犯人は、それを知っていた人物ってことよね」


 エヴァンは顎に手を当て、少しの間天井を見上げて黙り込む。


「――ルル。解呪薬が完成するまで、どのくらいかかりそう?」


「三日……なんとか二日で頑張ってみるわ」


「じゃあ悪いけど、ルルはこれからデュマ教授のところへ行って、薬を作ることに専念して欲しい」


 ルルが頷いたのを確認すると、今度はノアへ視線を向ける。


「ノアは薬が完成するまで外出禁止。これまで通り、眠ったままだということにしておこう」


「な……っ」


 鈍った体を慣らすためにジョギングでもしに行こうと思っていたノアは、愕然として言葉を失った。


「なぜだ! 俺は外に出たい! ……虫取りも、したい……」


「犯人を捕まえるまで我慢しろ」


「っ……!」


 ノアはエヴァンを恨みがましく睨んで反論しようとしたが、やめた。ルルとレティシアの顔も見回し、諦め混じりの息を吐く。


「……わかった。ただし、一つだけ条件がある」


「条件?」


 訝しげに尋ねるルルに、ノアは大きく頷いた。


「全員、今すぐ家に帰って休め」


「あんた、今の話聞いてた? 私は今から薬の調合に行くのよ」


「そんな疲れた顔でミスでもされたら、たまったものじゃない。お前は疲れが溜まると判断力が鈍るからな」


「う……」


 連日の調べ物で疲れていることは確かだ。先ほどの獣たちの襲撃も、普段なら悪魔だともっと早く気づけていたはず。


「エヴァンも。お前は疲れると短気になるから、この後の死闘に備えてちゃんと寝ろ」


「別に僕、死闘を繰り広げるつもりはないんだけど……?」


「ティアもだ。さっきからドアの隙間からこっちを覗いているお前の護衛が怖い」


 守るべき清らかな王女が、学生寮とは言え一人暮らしの一般男性の家に入り浸っているのは、許し難いのだろう。ただならぬ殺気を感じる。


「しかし、それではノア様がお一人になってしまいますわ」


「魔法を使わなければ、眠り続けることはないんだろ。襲われたら逃げるくらいはできる」


 静まり返った部屋の中、シオンがすっと片手を挙げた。


「ノアさんの意見に賛成です。皆さん、ここ数日頑張りすぎて、疲れが顔に出てますよ。授業だって、ちゃんと出ていますか? 倒れたり単位を落としたりしたら、ノアさんだって喜ばないでしょう」


「それは……」


 正論すぎて、エヴァンも言い返せない。シオンはにっこりと笑顔を浮かべた。


「明日から私がノアさんに食事を届けますから、みなさんは休んでください。何かあれば必ずお知らせします」


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