06.五分間で十八匹
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「あ、あの……っ! 皆様は来月の連休、もうご予定はおありですか……?」
満開の桜が散り始めた頃、講義の合間に顔を合わせたレティシアが、開口一番そう切り出した。
ノアの血の紛失が明らかになって以降も、日常に目立った変化はない。いつも通りの、安穏とした風景が続いていた。
「特に予定は無いから、リュネに戻ろうかなとは思ってたけど……どうかした?」
首を傾げるルルに、レティシアは胸の前で指をもじもじと絡ませる。
「もしよろしければ、なのですが……うちに、いらしていただけないかと……」
「うちって……バルドレインのお城?」
「はい」
ルルはエヴァンと顔を見合わせた。一応ノアも振り返ってみたが、こちらの話が耳に入っているのかいないのか、芝生の端でひたすらバッタを捕まえては虫籠に移すことに専念している。
「無理にとは申しませんが、ちょっとしたパーティーがございまして」
「あ、そうか。ティア様、来月誕生日だ」
エヴァンがポンと手を打つ。
「誘ってもらえるのは嬉しいんだけど、王族の誕生日パーティーに僕たちが出てもいいの?」
「もちろんですわ! パーティーと言っても、お父様は私が人前に出ることを好まれませんので、身内だけのこぢんまりとしたものですの。お父様もミエールお姉様もルチアも、勇者様たちにぜひお会いしたいと言っておりますのよ」
『勇者』という言葉に、ルルとエヴァンはバルドレインでの苦い記憶をちらりと思い出したが、あの勇者フィーバーもそろそろ落ち着いた頃だろう。ノブたちの『勇者一行温泉郷編』の舞台は一部で盛り上がりを見せているものの、幸いノアたちとは結び付けられていない。
「これって、『勇者一行』としてのご招待なの? それとも……?」
「私の『お友達』としての招待ですわ」
「だったら行きたい!」
ルルの顔がぱっと輝いた。
「お城のパーティーなんて素敵じゃない! ねぇ、行くでしょ!?」
「そうだね。僕たちで良ければ、是非参加させてもらうよ」
二人の返答を聞いて、レティシアの表情が華やぐ。
「ありがとうございます! あ、よろしければ、お衣装の手配はこちらでさせていただきます。当日は身一つでいらしてくださいませ! ノア様も――」
レティシアがノアの方を振り返る。虫籠に集めたバッタを満足そうに眺めていたノアは、ふと顔を上げたその視線の先にシオンの姿を見つけた。
「シオン!」
「あ、ノアさん。こんにちは」
片手を振るノアにニコリと微笑み、フリルの付いたワンピースを揺らしながらこちらへとやって来る。
「見ろ。五分間のタイムアタックで十八匹捕まえた」
「私の記録を上回ってるじゃないですかぁ! えー、悔しい!」
本気で悔しがる様子のシオンに、ノアは満足そうに笑った。
「バッタと言えば、イナゴの佃煮って知ってるか?」
「はい。美味しいですよね」
「……美味いのか?」
「え? 食べたことないんですか? この間商店街の露店で売ってるのを見かけたんで、買ってきましょうか?」
「いや……うーん……」
以前別の昆虫食を試したことがあるのだが体に合わず、それ以来手を出すのに躊躇しているのだ。
「いつの間にか、すごく仲良くなってるわね……」
「僕もシオンと喋ってみたけど、普通にいい子だったよ。本当に純粋に虫が好きなんだって」
遠巻きにノアたちを眺めながら、ルルとエヴァンが小声で言い合う。ルルがちらりとレティシアを見ると、彼女はスカートの裾をぎゅっと握ったかと思えば、ノアたちの方へと歩き出した。
「ごきげんよう、シオン様」
ふわりと花が綻ぶような笑顔を浮かべるレティシア。シオンは小さく肩を揺らし、ノアの陰にわずかに身を隠すように体をずらした。
「あ……レティシア王女様……」
「シオン様。よろしければ今日、昼食をご一緒にいかがですか?」
「は……っ!? わ、私ですか!?」
ノアと話していた時とは打って変わり、レティシアとは目を合わせようとせず、気まずそうに目線をあちこちへ泳がせる。
「……あの、ごめんなさい。今日は、少し……」
言葉が続かない。シオンの指先が、ノアの服の袖をそっと握った。
「シオン、どうした?」
ノアの声に、シオンははっと顔を上げた。何かを堪えるような、あるいは決めかねているような、複雑な表情が一瞬よぎる。
「あの……ごめんなさい! お気遣いいただかなくて大丈夫ですから!」
そう言って駆け出そうとしたシオンの腕を、ノアが咄嗟に掴んだ。
「シオン。明日の午後、空いてるか?」
「え……? あ、午後なら……」
「買い物に付き合って欲しい。明日、家に迎えに行く」
そう言ってシオンの腕を放し、静かに見送った。
「……え? え、え、え? 今、ノア、デートの約束した……?」
「いやいや、そんなまさか……」
困惑を隠せないルルとエヴァン。
「ノア、買い物って? 僕も明日暇だし、付き合おうか?」
「シオンが適任だから、来なくていい。――尾行するなよ?」
釘を刺され、エヴァンは苦笑いを浮かべた。
「シオン様……」
シオンが去って行った方向を見つめたまま、レティシアがぽつりと呟く。
「お腹が空いていなかったのでしょうか……」
「そうだった。ティア様って、案外図太い神経してるんだったわ」
レティシアの反応を心配したルルだったが、シオンが逃げるように去って行ったことは気にしていないようである。
「何度かお茶にお誘いしてみたのですが、なかなかタイミングが合わず、ゆっくりとお話しができなくて……」
「何度かって……全部断られたの?」
「はい。お見かけする度にお声を掛けさせていただいたので、十回ほどでしょうか」
「それは……」
確実に避けられている――と喉元まで出かかったが、レティシアが気づいていないのなら言わない方が良いと、ルルはなんとか言葉を飲み込んだ。
「まさかのノアを巡って、恋のバトルが勃発するだなんて……!」
「隅におけないなぁ、ノア」
「?」
当の本人は相変わらずの無自覚である。




