05.再検査
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「二週間前に採血したばかりなのに、なんでまた血を抜かれなければいけないんだ! ファーガスはやっぱり嫌な奴だ!」
二週間前と同様にすったもんだの採血を終えたノアは、学食で不満を撒き散らしながらチョコレートパフェを口に運んだ。嫌なことの後は甘いものを食べて忘れるのがノアのお決まりなのだが、今回ばかりはそれだけでは気が鎮まらない様子である。
ぷりぷりと怒るノアから少し距離を置いて、レティシアは不安そうに彼を見つめていた。
「ファーガス様のご様子からすると、前回の検査結果が思わしくなかったのかもしれませんわ……」
「何かの病気が見つかったんだとしたら、次は採血だけじゃ済まないかもね」
ルルも眉根を寄せる。心配というよりも、不可解である。
医務室でノアを待ち受けていたファーガスは、前回のように悪態をつくこともなく黙々と採血をこなした。そしてその場で即座に、検査を始めたのだった。ポポロのような教授たちに検査結果が盗まれないよう、エヴァンが今も検査に立ち会っている。
「俺は生まれてから一度も、風邪をひいたことすらない。今更どこの病原菌が俺に勝てると言うんだ」
「それがわからないから、検査するんでしょ。まだつべこべ言うなら、次からは魔法で眠らせるからね。ノアは睡眠魔法かけられると頭痛がするから嫌でしょ?」
ルルが淡々と返すと、ノアはそれっきり口を閉じ、パフェのチョコレートソースをぐるぐるとスプーンで混ぜ始めた。
――間も無く午後の講義が始まるという頃、ファーガスとエヴァンは揃って学食へとやってきた。二人の姿が見えるなりレティシアは椅子から立ち上がり、一歩前へと出る。
「ファーガス様。検査結果は……?」
「……」
ファーガスは苦い顔で息を一つ吐く。隣で睨むような目を向けてくる息子を一瞥してから、無言で一枚の紙をノアの目の前に置いた。
「これが、前回の採血の結果だ」
「……専門用語ばかりでよくわからん」
「こちらが、今しがた採った血液の結果だ。時間の掛かる検査は省いてある。この数字だけを見ろ」
ノアの疑問を聞き流し、もう一枚の紙を横に並べた。二枚の紙を見比べ、ノアは眉を寄せる。
「全然違うな」
「通年と同じ数値を示しているのは、今回の方だ。異常があるのは前回の結果だけということになる」
「どういうこと?」
ルルがエヴァンに目を向ける。エヴァンは前回の検査結果の紙を手に取った。
「こっちは、ごく普通の健康な『人間』の血液検査の数値だ」
静かに言ったエヴァンの顔には、いつもの笑顔はない。
「つまり――前回採血したノアの血液が、検査をするまでの間にすり替えられていたってことだよ」
「すり替えられていた……?」
レティシアは説明を求めるように、ファーガスへ視線を送る。
「採血を終えたあとは街の宿で一泊し、翌日の馬車でリュネへ戻りました。すり替えられたとすれば、私の目が離れた就寝中かと……」
リュネに戻り、いざ検査を始めようと採血管を取り出した時に、ふとした違和感が胸をよぎった。ノアの血液は、他の人間のものに比べて僅かに黒みが強い。しかしその時は、普段見慣れた色であったように見えた。が、照明の加減でそう見えただけだと思い込むことにした。
まずは数日がかりの検査から取り掛かり、全ての検査結果が出揃ったのは、つい数日前のこと。ノアの血液では有り得ない数値の羅列に目を疑い、再検査の為にアスティリア大学へ急いで戻ってきたのだ――と、ファーガスは苦虫を噛み潰したような顔で語った。
「そんな……一体、誰がそのようなことを……」
「疑わしい人物はいくらでも思い浮かびますが……あの日、ここでノアの採血が行われることを知っていた人物となると、やはり大学関係者ではないかと」
「大学関係者、ね……」
どこか含みを帯びたエヴァンの呟きに、ファーガスが振り返る。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「一番怪しいのは父さんだよね?」
「ちょっと、エヴァン!?」
文字通りはっきりと言い放ったエヴァンに、ルルが驚いて声を上げた。
「そんなことして、エヴァパパに何の得があるって言うのよ?」
「ノアの血は高く売れるって言ってたのは父さんだし、煩わしいノアがどうにかなれば清々するんじゃない?」
「……エヴァン」
「冗談だよ」
眉間に深い皺を刻んだファーガスに、エヴァンは両肩をすくめてみせた。そのまま続ける。
「それで――前回の採血の後、デュマ教授と何の話をしたの?」
「お前には関係ない」
「やましい事がないなら、言えるよね」
険悪な雰囲気で睨み合う親子を、ルルとレティシアはただ黙って見守る。
「この件に関してお前は部外者だ、エヴァン。私は医師として、患者の個人情報を紛失した。私が話すべき相手はお前ではなく、ノアだ」
「……っ!」
歯噛みするエヴァンを一瞥し、ファーガスはノアへと視線を移す。
「率直に言え。謝罪か、賠償か――まずは要求を聞こう」
「ふむ……」
ノアは空になったパフェの器の底をスプーンで突きながら、小さく唸る。
「パフェのコーンフレークを、ふやけさせずに食べる方法はないものだろうか……」
「何の話だ」
「わかりますわ、ノア様! 味にやや飽きてきた頃に現れる、あのサクサクとした食感が良いアクセントになって、また食指をそそられますよね。しかしながら私は、アイスを吸って甘く柔らかくなったコーンフレークも、それはそれで――」
「ティア様、一回黙ろっか」
静かにルルに諌められ、レティシアは慌てて両手で口を押さえた。
「……二度も採血を受けさせた罪は重いが、謝られたところで失くしたものは出てこない。今回の採血で、特に異常はなかったんだろ?」
「詳しい検査は残っているが、今のところは例年通りだ」
「なら問題ない。エヴァンとあんたが喧嘩する必要もない」
「そうは言っても、ノア。万が一悪用でもされたら――」
「俺の血で何ができる。せいぜい強力な睡眠薬が作れる程度だろ」
エヴァンの言葉を遮り、ノアは席を立つ。
「午後の講義が始まる。じゃあな」
パフェの器を返却台へ置いて、そのままノアは学食を後にした。
「……まぁ、確かに。睡眠薬も睡眠魔法もあるわけだし、わざわざノアの血を使う必要はないわね」
「血の使い方はそれだけじゃないと思うけどなぁ」
楽観的に呟いたルルに、エヴァンは小さく溜め息を吐く。
「ファーガス様」
ノアの後ろ姿を見送ったレティシアが、今度はその瞳を真っ直ぐにファーガスに向けた。
「ノア様の主治医として、信頼しております。もしも何か不穏な動きがありましたら、必ず報告くださいませ」
「……かしこまりました」




