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インソムニア奇想譚  作者: ままはる
オオクワガタを探していたら攫われた王女を見つけた話
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07.お手洗いとシャワールームはセパレート

「チャッピー、たくさん食え。ほら、俺のも食え」


 ノアは慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべ、自分の皿からブロッコリーとニンジンをぽいぽいとレティシアの器に放り込んだ。


「ノア様……なんてお優しい……!」


「ただ自分の嫌いなものを押し付けてるだけよ」


 ルルは冷ややかな視線でツッコミを入れてから、エヴァンに向き直る。


「今夜はこのまま野宿よね?」


「そうだね。ティア様には申し訳ないけど、いいかな?」


「はい。星空を眺めながら外で眠るなんて、とてもロマンチックですわ」


「そう言うと思ったよ」


 ダンジョンの中に入る前に、大きな荷物は入口の脇に置いておいた。その中から、エヴァンが手際良く野宿用の薄手の毛布を引っ張り出す。


「ノア、どうする? いつもみたいに、一晩中起きてる?」


 ハリネズミのチャッピーを失って以来、ノアは自分の意思では眠れなくなった。三日に一度、限界を迎えて気絶して眠るのが常である。今日は既にダンジョン内で十五分寝たので、まだまだ余裕で起きていられるはず。


 しかし。


「寝る」


 食器を片付け、レティシアが食べ終わるのを待ってから、ノアは適当な地面を指差した。


「チャッピー、ここに横になるんだ」


「はい」


 促されるまま、柔らかい草の上に横たわるレティシア。ノアは毛布に包まるとその隣に寝転び、レティシアの逞しい腕を抱え込んだ。


「チャッピー……」


 この肌を刺すチクチク感。すっぽりと腕の中に収まるフィット感。そして体温――全てが、完全にあの愛しいハリネズミの記憶と重なる。


 その剛毛にすりすりと頬擦りしているうちに、心地良い睡魔がノアを包み込み、彼は瞬く間に深い眠りへと落ちていった。


「うわ……本当に寝たわ。しかも毛布を独り占めして」


「うちのワガママ息子がすみませんね」


 腕をがっちり掴まれて動けないレティシアに、エヴァンがそっと毛布を掛けてやる。


「いいえ、助けていただいたのは私の方ですから。お役に立てることがあれば、何でもいたしますわ」


「涙が出るほど健気だね。そんなティア様が、一体どこの誰に恨まれているんだろう?」


 エヴァンの独り言に、ルルが寝床を整えながら眉をひそめた。


「どういう意味?」


「あの自称魔王、どう考えても雇われ魔王じゃない? 弱すぎたし、魔族ですらなかったし」


「確かにノアの一撃で倒しちゃったけど……じゃあ、ティア様を攫ったのはあいつじゃないってこと?」


「黒幕がいるんじゃないかってこと。ねぇ、ティア様?」


 エヴァンのその問いに、レティシアは横たわったまま、じっと夜空を見つめた。


「やはり、エヴァン様もそう思われますか?」


「ティア様もそう思っていたんだよね? だから、自称魔王と話をしたがっていた」


 レティシアは静かに頷き、監禁生活を振り返る。


「……牢に幽閉されて約二ヶ月、一度も何か要求されるようなことはありませんでした。食事は三度きちんと与えていただきましたし、美味しいおやつもいただきました。お布団は三日に一度外に干してくださっていましたし、牢屋のお掃除もしてくださり、お手洗いとシャワールームもセパレートでした」


「……いい暮らししてたのね」


 ルルが思わず、ほんの少しだけ羨ましそうな声を漏らす。


「危害を加えられるどころか、至れり尽くせりでした。『私をお城から遠ざける』ということだけが目的だったように思います。それが自称魔王様に何のメリットがあるのかと考えた時に、背後に誰かがいるのではないかと感じました」


「ティア様がお城からいなくなって、得をする人間がいる……?」


 レティシアは瞬きもせず、じっと夜空を見つめ続けている。


「私には何の権力も、特別な権限もありません。それでも、私の存在を疎ましく思う誰かが、どこかにいるということです」


「ティア様……」


 ルルは言葉に詰まった。王室の権力争いや難しい政治のことなど、自分には分からない。レティシアの置かれている立場も明確には分からないので、下手に慰めることもできず、沈黙が流れる。


「そ――」


「うーん……チャッピー……」


 静寂を破ったのは、ノアの寝言だった。


 レティシアの腕の剛毛を、夢の中から撫でまわすノア。それがくすぐったくて、レティシアの顔からふっと緊張が解けて笑みがこぼれた。


「どこかに敵がいるかもしれない――それを自覚しているなら、それで十分だよ。明日の夕方には、お城に帰れるはずだ」


「ウィスタの馬車乗り場までで結構です。馬車に乗ればすぐですから」


「ダメよ!」


 ルルが強い口調で遮る。


「黒幕がいるなら、ティア様が牢屋から逃げたことに気付いて追ってくるかもしれないじゃない! お城には敵がいるかもしれないけど、味方もいるんでしょ? だったら、ティア様を守ってくれる味方ところまで、ちゃんと送り届けるわよ!」


 自然と大きくなる声で、ルルは言い切った。こんな無力で健気な女の子を、独りにさせるわけにはいかない。


「し、しかし、ルル様たちはナナ……えっと、ナナイロ……カミキリムシ? を探している途中ですし……」


「ナナイロツノオオクワガタ。言ったわよね? それの目撃情報は、バルドレイン城近くにもあるんだから。ついでよ、ついで!」


 お節介なほどの優しさに、レティシアの瞳が潤む。


「……ありがとう、ございます……」


 堪えていた涙が、ポロポロと頬を伝って落ちた。


 その隣で、ノアだけが幸せそうにスースーと寝息を立てていた。

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