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インソムニア奇想譚  作者: ままはる
オオクワガタを探していたら攫われた王女を見つけた話
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06.タマムシを捕まえた

「――ほら、あれがダンジョンの出口。ここを出たら森を抜けて、ウィスタ・シティへ直行。そこから王都バルドレイン行きの馬車が出ているから、お城まではあと少しだよ」


「ああ、良かった……本当にありがとうございます」


 エヴァンの言葉に、レティシアは改めて深々と頭を下げる。最大の難所であったダンジョンを無事に脱出することが出来て、ようやく緊張していた肩の力が抜けた。


「わぁ……外はもう真っ暗だわ。結構長い時間、ダンジョンの中にいたのね」


「さすがにお腹が空いたね……」


 ダンジョンから出て空を見上げると、鬱蒼と茂った木々の隙間からキラキラと輝く星たちが覗いていた。


 自称魔王との一戦の前に軽く食べたきりのルルたちと、今朝牢屋に運ばれた食事を摂ったきりのレティシア。一行のお腹の中は既に空っぽ――否、ノアは途中でおやつのクッキーを食べていたので、彼以外のお腹の中は空っぽである。


「王女様の口に合うかはわからないけど、ここで夕食にしましょう。ノアとエヴァンは薪を拾ってきて」


「ん」


「はいよ」


「私は何をすればよろしいでしょうか?」


 暗い森の中へと入って行く二人を見送り、レティシアがルルに尋ねた。


「ティア様は座っていていいわよ。料理なんかした事ないでしょ?」


「ありませんが、出来る気がします!」


「……そう? じゃあ、この芋の皮を剥いてくれる?」


 食材袋から取り出したジャガイモとナイフを、レティシアに手渡す。レティシアは城のシェフの動きを思い出しながら、慎重にナイフを動かし始めた。


「これは……思っていたよりも、ずっと難しいですね」


「でしょ? 無理しなくていいわよ。私がやるから」


「いえ、ご迷惑でなければ、このジャガイモだけでも私にやらせてください」


 顔をこれでもかとナイフに近づけ、少しずつ、少しずつ手を動かしていく。その姿があまりにも真剣で、ルルもそれ以上は口を出せなかった。


「手を切らないように気をつけてね。私は他の食材を――」


 ルルがほんの一瞬、食材袋に視線を落とし、再び顔を上げたそのわずかの間に。レティシアの左手からは、夥しい量の鮮血が溢れ出していた。


「何をどうしたら一瞬でそんなことになるかなぁ!?」


「わ、わかりません! 右手が突然暴走いたしまして……あ、でもジャガイモは無事です! 血はついておりません!」


「ジャガイモより自分の手の心配をしようか!」


 手のひらをスッパリと切ったレティシアの傷口に、ルルは慌てて手を重ね、魔法式を唱えた。


 じんわりとした温かい光が傷を包み込み、深く刻まれたはずの切り傷は、瞬く間に跡形もなく消え去った。


「――まぁ、すごいですわ! ルル様は優秀な魔法使いなのですね!」


「これでも回復魔法専攻だからね。これくらいは出来て当然って言うか……」


「このような奇跡を起こせることが当然なのですか? ルル様が通われている大学は、なんて貴重な人材を確保したことでしょう……!」


「も、もういいから! ほら、この水で血を洗い流してきて!」


 あまりにも真っ直ぐに褒めちぎられ、ルルは顔を赤くして背を向けた。


 その後もレティシアはジャガイモの皮剥きを諦めず、なんとか一個を剥き終えた頃、薪を抱えたエヴァンと手ぶらのノアが戻ってきた。


「なんでノアは手ぶらなの?」


「手ぶらじゃない」


 そう言って差し出した手のひらには、ひょろ長い小枝のようなものが一本乗っていた。その小枝が、にょきりと動く。


「ナナフシを見つけた」


「私は薪を拾えって言ったのよ! もう一回行ってきて!」


 ルルに怒鳴られ、ノアはしょんぼりと森の中へ引き返して行く。


「ノア様は、本当に虫がお好きなんですね」


「大学の願書提出ギリギリまで、魔法学部か農学部で虫の研究をするかで悩んでいたからね。結局、僕たちがほとんど無理やり魔法学部に押し込んだんだけど」


 苦笑いしながら薪を組み、魔法で火を灯すエヴァンに、レティシアが首を傾げた。


「エヴァン様たちは、ノア様とご一緒に魔法を学びたかったのですか?」


「『睡魔』を自分で制御出来るようになって欲しかったからだよ。ノアは子供の頃から力を暴走させることが多くて、その度に周囲の人間が倒れていったんだ……あ。倒れるって、眠らされるって意味ね? それでもチャッピーを抱いていれば安定していたんだけど、それを失った今、自力で制御する方法を学ばなきゃならない」


「ちなみに、私たちが魔法に開花したのもノアのお陰……っていうか、ノアのせい。『癇癪』を起こしたノアを止める為にアレコレ試行錯誤していたら、魔法が上達しちゃったのよね」


 ルルは手際良く具材を鍋に入れ、火にかけた。夕食はシチューである。


「お二人とも、本当にノア様のことを大切に思っていらっしゃるのですね。とても……とても温かい絆だと思います」


 レティシアがふわりと微笑んだ時、ノアが森の奥から息を切らし走って戻ってきた。


「タマムシを捕まえた!」


「いいから薪を拾え!!」


 ルルの怒声が、夜の森にこだました。

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