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私は巨大なミミズに食べられた。頭のてっぺんから足の先まで、あのぬらぬらとしたミミズの口にすっぽりと包まれて、抵抗する間もなく飲み込まれて死んだのだ。
私のお葬式の参列者は、悲しいかな誰一人として泣いていなかった。
中身が空っぽの棺の前でパパとママが立ち尽くし、クラスメイトの女の子たちはヒソヒソと何やら不謹慎な噂話を囁きあっている。そんな中、エヴァンは私の遺影を指差して爆笑していた。
「いや、お葬式ではせめて泣きなさいよ!?」
思わず大声でツッコミを入れながら、私は勢いよく目を開いた。
「お。目が覚めたかい?」
すぐ耳元で聞こえた、優しい声。私は大きく瞬きを繰り返し、両手を閉じたり開いたりしてみる。
……生きてる?
「ノアパパ……?」
私はノアパパこと、『覚醒の魔王』の肩に担がれていた。視線を横に動かしてみると、反対側の肩にはぐったりとしたノアが担がれているのが見える。
「ノア君の暴走した魔力に当てられて、悪夢を見ていたんだよ。もう大丈夫だ」
「悪夢……」
一体どこからが夢だったのだろうかと、まだぼんやりとした頭で記憶を辿った。全部夢だったら良かったのだけれど、この体に残るたくさんの擦り傷と疲労感、それと空腹感が、穴に落ちたのは現実だったのだと物語っている。
ふと、右足に妙な重みを感じて視線を落とすと、私の足首を掴んだまま歩くエヴァンと目が合った。
「……いたの?」
「『いたの?』じゃないよ。馬鹿じゃない?」
やけに刺々しく言い放ち、エヴァンはそっぽを向く。
「なんなのよ……?」
「みんな心配したんだよ、ルルちゃん」
苦笑するノアパパ。
「ノア君の力がたまたま魔物に上手く直撃したから良かったけど、危ないところだったんだよ。あの魔物、人間を普通にバリバリ食べるタイプの魔物だからね」
「バリバリ……」
先ほどの夢が、あながち間違ってはいなかったことに背筋が凍る。あの巨大ミミズに頭から齧られていく自分の姿を想像して、気分が悪くなった。
「カクさんがノアの魔力を見つけられなかったら、今頃どうなってたかわかってる?」
エヴァンが私の足首を掴む手に、更にぎゅっと力がこもった。
「……ありがとう、ノアパパ」
ノアパパの太い首に両腕を回すと、その大きな手が私の頭を優しく叩いた。
「お礼なら、エヴァン君とノア君に言ってあげて」
これは後から聞いた話だけど、ノアに私を探しに行くようにけしかけたのは、エヴァンだったらしい。
彼の父親はかなり厳しい人で、エヴァンが私の捜索に加わることを強く拒否した。無理矢理家に連れ帰られる間際に、ノアに『オサムシをルルに見せると約束したんだから、探しに行け』と言ったそうだ。それでノアは、馬鹿正直に私を探しに来た。そしてエヴァンも夜中に家を抜け出して、『覚醒の魔王』を連れて山へ入った――とのことだった。
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「あれ以来、山登りのイベント無くなったのよね。懐かしいわぁ」
車窓から遠ざかっていく山を見送りながら、私は感慨深く呟いた。隣のエヴァンは呆れたような目線を私に送る。
「人の気も知らないで、呑気なものだね」
「心配してくれたんでしょ? ありがとね」
エヴァンはまだ何か言いたそうだったけれど、諦めたようにため息をついて読書に戻った。
――小一時間ほど馬車に揺られリュネの村に到着した頃には、辺りはほんのり薄暗くなってきていた。
明日からの春休みはどう過ごすか、なんて他愛ない話を交わしながら歩いていると、前方からノアが息を切らして走って来るのが見えた。
「ルル!」
「ノア? どうしたの、そんなに慌てて」
「来て!」
ノアは理由も説明せずに私の手首を掴み、踵を返す。エヴァンを振り返ってみたが、彼も肩をすくめて首を傾げるだけ。
とにかくぐいぐいと引っ張るものだから、仕方なくノアについて行くことにした。
「ノアー? せめてどこに行くのか教えてよ」
「あっちだ!」
……非常にわかりやすい説明だこと。
ノアに手を引かれるまま、普段通らないような道を早足で進んでいく。そして到着したのは、一面の菜の花畑だった。
「へぇ……こんな場所があったのね」
一斉に蕾を開いた黄色い花が、風に吹かれて波のように揺れている。
まさかこの花畑を見せたかったのだろうかとノアの横顔を窺ったが、この男がそんなロマンチックなことを考えるはずがない。
「これを見ろ」
「何?」
「……うげっ」
どこか誇らしげな顔のノアの指先を覗き込む私。同じように指先を辿ったエヴァンは、露骨に顔を顰めて顔を背けた。
「これって……サナギ?」
「ギフチョウのサナギだ。もうすぐ羽化するぞ」
菜の花の茎にしがみ付き、じっとして動かないサナギ。やがてその背にヒビが入り、少しずつ、少しずつ、狭い殻からチョウが這い出てくる。そうして姿を現したチョウは、まだ不完全な湿った羽を広げるために、逆さまになってぶら下がった。
「……こんな風にじっくり見たことなかったわね。意外と、悪くないかも?」
「だろう?」
ノアはニコニコと嬉しそうに笑う。ちなみにエヴァンは早々に離脱し、後ろの方で待機している。
「あんた、放課後ずっとこれを探してたの?」
「お前が帰ってくる時間に羽化しそうなサナギを探すのは、苦労したんだぞ」
「私?」
不思議に思って首を傾げると、ノアは羽化したばかりのチョウを見つめたまま言う。
「俺はチョウとかセミとか……自分で自分の殻を破る羽化の瞬間が、一番好きだ。落ち込んだ時に見ると、励まされるような気がする」
「ノアって落ち込むことあるの?」
「当たり前だ。この間、買ったばかりのアイスを落とした時は、暫く立ち直れなかった」
落ち込むハードルが驚くほど低いな。
それにしても――
「それって、私が落ち込んでると思ったから……?」
「フラれただろ。エヴァンと陰から見ていたからな」
こいつら、やっぱり……!
私が背後のエヴァンを睨みつけると、察したエヴァンは苦笑いを浮かべながら視線を逸らした。
「お前が落ち込んでるかもしれないって、エヴァンが言っていた」
「だから私にこれを見せようと思って、わざわざ探したの?」
頷くノア。
……やばい。ウケるんだけど。
「あんたってホント……っ!」
突然笑い出した私を、ノアは不思議そうに覗き込んでくる。フラれたことなんて、とっくにどうでも良くなっていたのに。
私は知っている。ノアは優しい。そして盛大に、ズレている。
「ありがとね、ノア」
それから、後ろのもう一人の幼馴染にも声を掛ける。
「エヴァンも、ありがとう!」
あの堅物の医者に、魔甘堂のロリポップを献上する患者などいるはずがない。きっとあれは、エヴァンがわざわざ買いに行ったのだろうと思う。
「あ、勘違いしないでね! 『ありがとう』って言うのは、気を遣ってくれてありがとうっていう意味だからね!? 私は別に虫の羽化に興味はないから!」
同じ轍は踏みたくないので、一応念押ししておく。
「……ところで」
ノアがチョウから視線を外し、小首を傾げた。
「あのタヌキみたいな副会長が言っていた『両サイドが怖い』とはどういう意味だ? お前には守護霊か何かが憑いているのか?」
「タヌキとは失礼ね!? めちゃくちゃカッコイイじゃない!」
「いや……あくまで一般的には、カッコイイ部類の人ではないと思うけどなぁ……?」
エヴァンが何か呟いているけれど、取り敢えずそれは無視する。それに、元はと言えばこの『両サイド』が原因で私はフラれたのだった。
「守護霊だったらまだ良かったわよ……」
私は頭を抱える。普通の恋愛をするには、まずはこの地縛霊たちを祓うところから始めなければいけないのだ。
「うぅ〜……前途多難すぎる……!」
――けれど。
この面倒で、ズレていて、でも信じられないくらい面白くて優しい幼馴染たちと過ごす毎日も、案外悪くはないのかもしれないと、私は夕焼けに染まる菜の花畑でこっそり思ったのだった。




