表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インソムニア奇想譚  作者: ままはる
福引で当てた温泉旅行で遭難したら勇者に出会った話
36/97

03.デート


⭐︎


 《――雪山で遭難するまで、あと五日》


 大学の休講日。ルルは珍しく気合を入れた装いで、街角にひとり立っていた。


(この間は危うくスキーの話で流されるところだったけど……忘れてないんだから!)


 そう。ルルは彼氏が欲しいのである。


 彼女に声を掛けてくる男性がほとんどいない理由は、その大半がノアの存在だ。類は友を呼ぶ――ノアの隣にいる時点で、きっとルルにも何かあるのだろうと敬遠される。つまり自分も、奇人変人扱いをされてきたのである。


(今日こそは払拭してみせるわ……!)


 胸中で気合いを入れ直した、その時。


「ごめん、ルルちゃん。待たせたかな?」


 爽やかに片手を挙げて現れたのは、同じ回復魔法学科の同期。明るい茶髪に穏やかな笑顔の男だ。


「マルク。私も今来たところよ」


 嘘である。一時間前には到着していた。


 マルクとは授業で同じ班になることも多く、真面目で優しくて、何よりもルルに好意的だった。


「なんか……嬉しいな。ルルちゃんからデートに誘ってもらえるなんて」


 少し照れたように笑うマルク。ルルはニコリと笑うと、彼の隣に並んで歩き出した。


 ――その後方。


「なぜコソコソする必要があるんだ?」


「楽しいからに決まってるじゃないか」


 建物の陰に身を潜め、ノアとエヴァンはルルのデート現場を追跡していた。


「ルルが男とデートしてるんだよ? こんな面白そうなこと、この目で見ないわけにはいかないよ」


「俺はルルのデートより、コオロギの求愛行動を観察している方が楽しい。知っているか? 鳴き声の大きさやリズムが――」


「あっ! 移動するよ! 僕たちも行こう!」


 虫の蘊蓄を聞いてくれるのは、レティシアだけである。ノアは露骨につまらなそうな顔で、エヴァンの後について歩き出した。


「……あいつ、歩きにくそうな靴を履いているな。なんでだ?」


 前方を歩くルルの足元を見て、ノアは首を傾げた。細いヒールの靴など、普段のルルなら絶対に選ばない。案の定、歩き方はぎこちなく、時折小さく体勢を崩している。


「お洒落しているんだよ。ノアは本当に、女心がわかってないなぁ」


「俺は男だ。女の気持ちなんかわからない」


 ノアの場合、男の気持ちも分かっているのか怪しいけれど――そう思って、エヴァンはこの際だから訊いてみることにした。


「ノアはさ、ティア様のことどう思ってるの?」


「どう、とは?」


 ノアは眉間に皺を寄せる。


「出会った当初は『壁』だったよね? それから『チャッピー二号』になって……今は?」


 短い沈黙。


「……『枕』だな」


「枕?」


「枕」


 念のため聞き返してみたが、やはり『枕』だった。エヴァンはなんとも言えない複雑な表情で、遠くを眺める。


「やっぱり訊かなきゃ良かった……」


 レティシアが不憫すぎる。


「そう言えばノアの口から、彼女が欲しいとか聞いたことがないね」


「思ったことが無いからな」


「一度も?」


「無い。面倒臭そうだ」


「……」


 そもそもこの男に色恋沙汰を期待する方が、間違っているのかもしれない。


「えっと……遊びに誘ってみたものの、特にプランとか考えてないのよね。どこか行きたい所、ある?」


 痛む足を悟られないように笑顔を作り、ルルはマルクを見上げた。


「じゃあ、劇場はどうかな? 少し前に話題になった、攫われた王女を奪還した勇者を題材にしたお芝居があるらしいよ」


「へ……へぇ。いいね……」


 実はそのモデルとなった勇者は自分たちのことなのだとは言えず、ルルは愛想笑いで頷いた。


(勇者ノブと魔法使いエデン、それに聖女ララ……)


 劇場の入り口で配られたパンフレットをめくりながら、ルルは思わず吹き出した。絶妙にひどいネーミングである。


 地獄から甦った大魔族四天王のひとり、暴虐の魔王によって攫われた美しきレティシア王女。勇者一行は炎の大地を踏破し、流氷の海を渡り、雷鳴轟く天空城へと到達する――


(大魔族四天王って何? それに魔王はただの雇われたちょび髭だったし、私たちはクワガタを探していただけなんだけど)


 全力でツッコミたいけれど、これは芝居だからとルルは言葉を飲み込む。


 手に汗握るアクションと、刺激的な演出魔法で盛り上がるステージ。そして物語は、感動のフィナーレで幕を閉じた。


「結構面白かったね。これ、ノンフィクションらしいけど本当かなぁ?」


「あはは……ど、どうかなぁ?」


 九十九パーセントフィクションだが、楽しそうに語るマルクの事を思うと訂正する気にはなれなかった。


 その後はオシャレなカフェで話題のスイーツを食べ、可愛い雑貨が並んだ露店を眺めるという、教科書通りの王道デートコースをなぞった。


「これ、いつまで続くんだ?」


 エヴァンに買ってもらったクレープを頬張りながら、既に尾行に飽きたノアがぼやいた。

 

「そろそろ終わるんじゃない? ――あ、ほら。別れたよ」


 マルクと笑顔で別れたルルは、彼の背中が完全に見えなくなった瞬間、近くのベンチへ倒れるように座り込んだ。ヒールを脱ぎ捨て、血が滲んだ踵に小さく顔を顰める。そして手を当て、治癒魔法を唱えた。


「はぁ……」


 思わず漏れるため息。マルクはおそらく、ルルが慣れない靴を履いていることに気付いていた。だから移動は最小限だったし、小まめに休憩も入れてくれた。エスコートはとてもスマートで、このデートに点数を付けるとしたら百点である。


 しかし――


「あれー? ルル、こんな所で会うなんて奇遇だね」


 わざとらしい声と共に、エヴァンが偶然を装ってルルの前に現れた。


「エヴァン……ノアも。何してんの?」


「お前を尾こ――ぶふぉっ」


「デートだよ。たまには男二人でクレープでも食べようって話になって」


 正直に話そうとしたノアの口にクレープを突っ込み、黙らせるエヴァン。


「どういう経緯があればそうなるのよ……って言うか、私も誘いなさいよね!」


 そう言って笑うルル。その瞬間、ふっと全身から力が抜けたような気がした。


「私もデートしてたんだけどさぁ……なんか、面白くなかったのよね」


 ツッコミ所満載の舞台を観ても、気を遣った感想しか言えなかった。カフェで猫の形をしたケーキが出てきたが『可愛いくて食べられなぁい』と、本当は思ってもいないリアクショで自分を偽ってしまった。可愛い雑貨も良いが、二軒隣のめちゃくちゃ怪しい黒魔術専門店を覗いてみたかった――


「普通過ぎて、つまんなかった……」


「お前たち、同じ事を言うんだな」


 口の周りの生クリームを拭き取りながら、ノアが言う。


「お前たちって?」


「高校三年の頃だったか……エヴァンが女を取っ替え引っ替えしていた時期があっただろ」


「ノア。その話は……」


「そんなクソ男みたいな時期、あったっけ? 私、知らないんだけど」


 エヴァンは気まずそうに視線を宙に彷徨わせる。


 ルルは理解に苦しむのだが、頭が良くてそこそこ顔立ちの整っているエヴァンは、昔から異性にモテていた。だからと言って彼が女の子と一緒にいるところは、見たことが無いのだが。


「結局二ヶ月で五人の女を泣かせた挙句、言ったセリフが『つまらなかった』だった」


「……」


「ルルの長所はツッコミなんだから、無言だけはやめてくれる?」


 ドン引きした顔でエヴァンを睨んでいたルルだったが、ふっと笑みを浮かべた。今ならその時のエヴァンの気持ちが、少し分かるような気がする。


「さっき王女様誘拐事件の舞台を観たんだけど、脚色が更にパワーアップしてたわよ」


「僕たちも観たよ。ララ役の女優さん、すごくスタイルが良かったよね。あれは過剰演出だね」


「そこだけは脚色じゃなくて事実よ!」


「勇者ノブの武器が、何故虫取り網なのか意味がわからなかったけどな」


「それ、あんたが言う?」


 マルクとは話せなかった素直な感想だ。


 くだらないやり取り。遠慮のいらないツッコミ。この、空気感。


「――あ、そうだ。クレープを買った時に福引券を貰ったんだけど、せっかくだから引いて行こうよ」


 ポケットから福引券を取り出し、目の前の福引会場へと足を向けるエヴァン。


「一等はスピナ国へのリゾート旅行だって」


「あの馬鹿王子の顔がちらつくから、それは当たってもあんまり嬉しくないわね」


 賞品を眺めながら、エヴァンは福引券をノアに渡した。


「引いていいよ」


「よし。部屋のトイレットペーパーがそろそろ無くなるから、四等を狙おう」


 気合いを入れて、ノアはガラポン抽選機のハンドルを握る。そしてゆっくりと回し――夕日に染まる商店街に、ガランガランとベルの音が鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ