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インソムニア奇想譚  作者: ままはる
オオクワガタを探していたら攫われた王女を見つけた話
23/97

23.ベチャベチャでペラペラ

(くそっ! くそ! くそがっ!)


 宿の裏口から外へ飛び出し、群衆に紛れ込む暗殺者。その内心は爆発寸前なほど煮えくりかえっている。暗殺者として生きてきて数十年、一度ならず二度も失敗するなど、あり得ないことだった。


「っっふざけるなっ!」


 ノアたちが追ってこない事を確認してから、人気の無い路地に入る。そして堪え切れず言葉を吐き出し、固く握った拳を壁に打ちつけた。


 雇い主からは、既に依頼の終了を告げられている。そもそも依頼は、レティシア王女を攫うことだ。一度目の襲撃で奪還し損ねたが、依頼人からはそれを咎められることは無かった。


 このまま立ち去ればいい。依頼は完了している。


 だが。


「絶対に殺してやる……っ!」


 この暗殺者は、重度の厨二病患者である。


⭐︎


 ――一方、暗殺者に逃げられたノアたち。


「あ、あのぉ……勇者様……? お料理がお口に合わなかったのでしょうか……?」


 キッチンにいたシェフが恐る恐るやって来て、及び腰でノアたちに尋ねた。デザートを提供したものの、それが気に入らなくてノアが禍々しい魔法をぶっ放した――という状況だとシェフは誤解したのである。


 だがノアは、正直に答える。


「合わない」


「も……! 申し訳ございませんっ! 差し支えなければ、どこが至らなかったのかご教授願えますでしょうか!?」


 ノアの一言にシェフは顔色を変え、平身低頭頭を下げた。


「ケチャップでベチャベチャのチキンライスに、卵がペラペラのオムライスが、俺は好きだ」


「ベ……ベチャベチャでペラペラの……!?」


「あ、こいつの戯言は気にしないでください。お料理、とっても美味しかったです。でもデザートは毒が入っているので、このまま破棄してくださいね」


 そう言ってルルは、シェフに皿を渡して下げてもらう。


「まったく、照れ屋なニンジャだな……」


 ノアはまたしてもニンジャのサインを得られなかった事に、がっくりと肩を落とした。


「ちょっとノア……さっきの魔法剣、何なの? 知らない間に物凄いレベルアップしてるじゃない……」


 今まで一振りの剣の形しか見た事の無かったルルは、信じられないといった顔でノアを見る。エヴァンも同様で、だからこそ逃げる暗殺者を追う事を忘れていた。


「『暗黒無限剣』と名付けようと思う」


「……ネーミングセンスが終わってるわね」


 大きなあくびをするノアに、ルルは呆れる。いつも眠たそうな目をしているノアだが、更に瞼が落ちてきている。


「あれだけの魔法剣を一度に出したんだし、大分眠たくなったんじゃない?」


「んー……」


 体が重たい。頭の中も靄がかかったようにぼんやりとしていて、今ベッドに入って眠れたら気持ちがいいだろうな、と思う。


「一度チャレンジしてみる?」


「……うん」


 食堂を後にして、ノアたちは部屋に戻った。


「ナナイロツノオオクワガタは――」


「時間になったらちゃんと起こすわよ」


 ノアをベッドに押し込んで、ルルは部屋の明かりを消した。


「ここのベッドの寝心地は最高だから、もしかしたら眠れるかもしれないわね」


 淡い期待を抱きながら、ルルとエヴァンはノアの部屋から出て行った。


「……」


 真っ暗になった部屋で、ノアは目を閉じてみる。部屋の中が静寂で満ちると、窓の外の群衆たちの声がやけに耳につくようになった。


 ザワザワ、ザワザワ。


 あまりにも耳障りで、ノアは掛け布団を頭まで被せる。僅かに話し声は遠くなったが、それでもやはり気になって仕方がない。それに布団から漂うこの人工的な匂いも、嗅ぎ慣れていなくて不快だ。


(働きアリを数えよう)


 頭の中で、巣から出てくるアリをイメージしてみる。


(一匹、二匹、三匹……――)






「眠れない」


 約一時間でギブアップしたノアが、リビングのルルとエヴァンのところへとやって来た。


「頭の中で働きアリを数えてみたが、途中から働かないアリが出て来て、働きアリが千五百七十六匹、働かないアリが三百十三匹……さすがに混乱してきたからやめた」


「想像の中に働かないアリを出す必要ある?」


「……やっぱりダメだったか」


 ソファでうたた寝をしていたルルと、本を読んでいたエヴァンは苦笑する。


「さっきまでルルと相談していたんだけど、やっぱり今夜はクワガタ探しは諦めた方がいいかもしれないね」


「……なんで」


 露骨に不機嫌な声で問うノア。


「夜中になれば外の人たちも減るとは思うけど、多分ゼロにはならないよ。僕たちが出て行けば騒ぎになるし、公園まで付いてくるかもしれない。そんなの、ノアだって嫌だろ?」


「……」


 ノアは子供のように頬を膨らませ、エヴァンを睨む。睨むだけで反論しないのは、エヴァンが正しいのが分かっているから。


 やがてルルとエヴァンに背中を向けると、ノアは自室へと引き返していった。


「フラストレーション、溜まってきてるね」


「……大丈夫かな?」


 顔を見合わせるルルとエヴァン。


「昨日も寝ていないし、今夜も眠れなかったら、明日あたりに『アレ』が始まるわよね?」


 眠いのに眠れない――そんなノアが不機嫌を撒き散らす『癇癪』のことである。


「いつも通りならいいけど、大分ストレス溜まってそうだから怖いなぁ。さっきの食堂での大技も、ストレスからきてたんじゃないかな」


 慣れない食事に、外の騒音。部屋の匂い。憧れのニンジャには逃げられ、クワガタ探しどころか外にも出られない。加えて不眠二日目である。ノアが抱えているストレスの大きさは、想像に難く無い。


「……ティア様、呼んでくる?」


「たまたまティア様が気さくな方だっただけで、本来僕たちが気安く会いに行けるような方じゃないでしょ」


「だよねー……」


 たったの一日行動を共にしただけなのに、この寂しさは何だろうかとルルは思う。


「……友達になりたかったなぁ」

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