イルゼお姉さんの店番日和
「こんにちはー」
朝食や受付の列で賑わう時間が終わり、朝方まで騒いでいた飲んだくれどもはまだ起きてこず、寝坊したり今日は休みと決め打った者たちが数組いるだけのやっと一息つける時間。
まるでそういう時間を見計らったかのように……いや、実際に見計らったのだろうか。この人なら店の忙しい時間くらいは分かるだろうし、気遣いもできるはず。
「あら、久しぶりじゃないレイミィさん」
その眼鏡の女性の名前は、レイミィ・パディピーター。あるいはレイミィ・パディピーター・ノルントラシア。
冬に冒険者ギルドの監査官として天馬でやって来た彼女は、妾腹とはいえこのノルントラシア王国の王女であり……そんな身分を感じないくらい気さくな人物だ。
今日もおそらく裏庭にペガサスで乗り付けただろうに、手近な裏口ではなくわざわざ表へ回って店へ入ってくるあたり、ちゃんとできたお人である。少なくとも冒険者たちより常識人なのは間違いない。
「あ、イルゼさんお久しぶりです! ……って、赤ちゃんができたのに受付にいて大丈夫なんですかっ?」
「大丈夫大丈夫。お腹だってまだあんまり目立たないでしょ? つわりも落ち着いて身体は元気なのに、なにもしてないのも居心地が悪いもの。無理はしてないから安心して」
「それならよいのですが……あ、こちら懐妊の祝いで、うちの故郷の果物です。パカパカちゃんによる産地直送なので美味しさは保証しますよ」
「え、これってすごい貴重な果物じゃない。いいのかしら?」
手に持っていたカゴを渡してくれるレイミィさん。山盛りに入っているのは王都で見たことはあるもので、高価すぎてまったく手が出なかった果実だ。王様の好物という噂もある高級品である。
それをこんなにたくさん。これだけでもかなりの額にならないだろうか。
「いいですいいです。傷みやすいからあまり出回りませんけど、故郷だとリンゴよりありふれたモノですし」
「そうなの? そういえば、柔らかいし足がはやいって聞くわね。……そういうことなら、ありがたくいただくわ。一度食べてみたかったのよ、楽しみ!」
ペガサスに乗れる彼女ならではのお土産だ。産地直送ということは、もしかしなくても鮮度最高なのではないか。
「それで、今日はどうしたの? また監査官のお仕事? あ、もしかしてウェイン君のBランク再査定かしら」
「あ、それもそろそろしなければなりませんね。あれからうちの方もいろいろあって、ついつい後回しにしてしまいましたから」
「いろいろ大変だったのね。でも、その言い方だとウェイン君ではないのかしら」
「書類の申請とかしてないんですよね。やあっと落ち着いて来たので、近いうちにまた来ます」
冬の機会では、ウェイン君のBランク昇格は見送られていた。とはいえ、それは彼に落ち度があったわけではない。……いや、けっこうあったかもしれないけれど、でもそれは決定的なものではなかったはず。
あれは運が悪かった。大事な昇格の査定で、誰もが仕方ないと言ってしまえるくらいには特殊なケースを引き当てて、一旦保留となったのだ。
だから本来、再査定はすぐに行われてもいいくらい。
ただし残念ながら、ギルド本部がある王都とヒリエンカはけっこうな距離があって、そして本部の職員は忙しかった。
ペガサスに騎乗できるレイミィさんだから来てくれるだけで、本来は遠い場所へ査定だけに来るほど暇な人はいない。つまり、彼女が忙しいならウェイン君の昇格査定はされないのだ。
……まあ、彼にやる気があれば海猫の旋風団のように一度王都へ出向いて、査定を受けることもできる。なのに彼にはそんなそぶりすらなかったから、ランクには本当に頓着していないのだろう。
「今日はイルゼさん懐妊の祝いと、キリネ君たちがDランクになったお祝いを言いたくてですね。それと、こっちでちょっと仕事もしなければなりませんが」
「仕事?」
「あの領主様ですよ。早々にキリネ君たちをCランクにするよう推薦がありまして。気が早いったらないというか、とりあえず出しとこう感覚ですよもう。でも貴族の推薦をただ無視するのも問題ですからね。書類作成して提出して、今は無理ですよと懇切丁寧にご説明しないと」
仮にも王女様にそんなことされたら、リオノックス子爵もさすがに気まずいのではないか。あるいは、ギルド本部が王女様にそんなことをさせなければならないほど、最近のヒリエンカ領主は力をつけているのか。
どちらもありえそうだけど、本当はそれを口実にして、自分やキリネ君たちに会いに来たのかもと思ってしまうのは……彼女の人柄のせいだろう。
「そ、そうなの。まあ、お仕事の方は頑張って」
「あの領主様苦手なんですよね。……気が重いですがこの後に行ってきます。ところで、キリネ君たちは今日もお仕事ですか?」
「それなんだけれど、今はみんなで遠出してるのよ。海猫の旋風団とか、ウェイン君たちと一緒のごちゃ混ぜ集団でね。もうそろそろ帰ってきてもおかしくない頃合いとは思うんだけど」
「ああー、冒険者の遠出って長いときは長いですからね。うちもそんなに滞在はできないんで、今回お会いするのは期待できませんか」
本当に残念そうにするレイミィさん。キリネ君たちは普段あんまり長期の仕事は請けないから、彼女にとってはタイミングが悪かった。
「ごめんなさいね。せっかく来てもらったのに。―――まあ、冒険の最中に死んでなければいつでも会えるんだから、また折りを見て会いに来てあげて」
「いえいえ。イルゼさんにお祝いが今回の一番の目的なので! 赤ちゃんが産まれたら絶対に会いたいですし、ウェイン氏の査定もありますし、また何度でも来ますからキリネ君たちとも会えるでしょう!」




