挑める好機
冒険者には大きく分けて二種類いる。生きるために稼ぐ者と、心躍らせて冒険に挑む者だ。
身の程知らずの若者は挑んで死んで、名を上げるのを諦めた熟練はそれを横目に酒場で煤けていくのが常だ。
大きく分けるのだから一握りの成功者は勘定に入れていないのだと、誰かが言っていたのを覚えている。
「これは……大きいね」
ランタンの光が届く位置までやってきてそれを見て、最初に抱いた感想はそれだった。遠目でも月明かりで輪郭くらいは分かっていたけれど、こうして近寄ると圧巻だ。
ラミルンは目立つ遺跡だから把握していると言っていたけれど、たしかにこれは見過ごせないだろう。
それは見上げるほど大きな扉だった。
「城門……か? ヒリエンカの門よりデカいな」
「ああ、まるで巨人用の扉だ」
ニグとヒルティースが不敵な笑みを浮かべるが、声から気圧されているのが分かる。
オーバーハング、というのだったか。高くなるにつれてせり出してくるような崖で、それが一部分だけ……と言っても、ビックリするくらいに大きいのだけれど……綺麗な正方形に切り取られている。
両側に崖に埋め込まれるようにして柱が二つ建ち、庇のような屋根には何らかの紋様が描かれていた。そしてその奥には、侵入者を阻む大きな扉。
両開きだ。あんなに大きな両開きの扉初めて見た。
遺跡ってこんなに堂々としたのあるんだ。それはあるか。エルムフラーレンはけっこう大きな建物も残ってるらしいし。
「馬車が二台は並んで通れそうね」
リルエッタが僕らよりかなり後ろからそう口にする。慎重になっているというか、全体像を視界に収めている感じだ。
確かに領主様が乗っていた二頭牽きの大きな馬車でも二台は並べそうだ。一見して正方形なので、高さも同じくらいだろう。
「……ねえラミルン。兎人族が把握している遺跡はさっきのところとここだけかしら?」
「そうだ。本格的に探せばもっとあるかもしれないが、得体が知れないから兎人族は近づかない」
今回、テテニー以外の兎人族たちと分かったことがある。兎獣人は戦闘時には人が変わったようになることがあるけれど、意外なことに基本は慎重な性格なのだ。よく考えてみれば元々は兎に似た臆病な性質の獣人のはずだし、調べようとは思わなかったのだろう。
だからこんなに目立つ遺跡でも彼らは踏み入っていない。ここまで森の奥だと通常なら強い魔物もいるだろうし、そもそもこんな辺鄙な場所には人も来ない。
ここは本当に未踏の遺跡である可能性がある。
中になにがあるかは分からない。罠や守護者や魔物ばかりで、財宝や遺物なんて一個もないかもしれない。でも、もしかしたらその逆もある。
遺跡に挑んで、莫大な財産を得た冒険者の話は知っている。冒険者をやっていれば知らないはずがない。
僕たちは以前ヒリエンカの地下にある遺跡に挑んだけれど、そこで見つけた巨大な魔石は町にとって非常に重要なものだった。力不足でほとんどチッカたちに任せてしまったのもあって、だからあのときは大した報酬を受け取らず領主様に譲ってしまった。
けれど今回はそういうことはない。町のために重要な施設ではないだろうし、ここにいるメンバーは全員Dランク。
それは本当に、挑むということ。―――そんなの僕でもドキドキするけれど、同時に無理だとも思う。僕の斥候技術では遺跡の罠を見破ることは難しい。
こんなことならチッカに教えて貰えば良かった。
「そう。じゃあ大丈夫だと思うわ。行きましょう」
そんな僕の横をスルリと抜けて、リルエッタが普通に歩いて行く。そのまま左側の柱へと近寄って行く。……え?
「ちょ、ちょっとリルエッタ! 行くって、中に入る気なの?」
「そ、そうですよー。これ、ユーネたちには手に余る遺跡ですってー。こんな大きな門、すごく重要な施設に違いないですしー」
良かった慎重派は僕だけじゃなかった。ユーネもあまり乗り気じゃない。
というかなにが大丈夫なのか。さっきリルエッタが確認したのは兎人族が把握している遺跡の数で、こことさっきの場所だけという話だったが……それでなにが分かったというのか。
「なにを言ってるんだ。ここで挑まずに戻ってなにが冒険者だ。慎重にやるのもいいが、進まない者に幸運はやってこないぞ!」
「その通りだ。ここまでのものを見つけたんだぞ。おめおめ帰れるものか。未踏の遺跡に初めての足跡を残したくないのか」
ニグとヒルティースは当然だけど積極派だ。この二人ならそう言うだろう。
「ふむ……あのハーフリングに任せるわけにはいかないのか?」
「ダメだ! そんなことしたら全部持ってかれるぞ!」
「ああ、ここで帰ってみんなに知らせたら、オレたちは探索パーティには選ばれない。オレたちがここに挑める好機は、今このときだけなんだ」
「なるほど……」
ラミルンは理解に苦しんでいる様子だけれど、ニグとヒルティースの剣幕には気圧されている。
実際、そうなのだろう。この場所はわざわざ報告なんてしなくても、すぐに他の冒険者たちも見つけるに違いない。ならここで戻ったら、僕らは二度とこの遺跡に挑むことはできない。
入るとしたらチッカ率いる遺跡探索パーティが踏破し、仕掛けも罠も守護者も魔物も全部片付けられた後だ。それは冒険ではない。
「もう一度言うけれど、たぶん大丈夫よ」
辺りが明るくなる。光源へ振り向くとリルエッタが魔術を使ったのか、橙色の灯りが周囲を照らしている。
彼女はその光を頼りに崖に埋もれた柱を調べていた。
「きっと、この遺跡にはなにもないわ」
その言葉に僕たちは眉をひそめる。
リルエッタは灯りに照らされた石柱を撫でるような仕草をしてから、こちらを振り向いた。
「簡単な呪文で開くようになっているみたいね。たぶん動くと思うけれど、開けていいかしら?」
ラミルンは中立としても、これで多数派は決まったようだった。




