遺跡へ
夜になって未だお祝いの余韻が残る兎人族の里を抜け出した僕たちは、ランタンの灯りを頼りに森を進む。
普通は夜の森なんておっかなくて歩けないけれど、今は別だ。あの大地を埋め尽くすような蟻が他の生物をほとんど追い払ってしまっている。その蟻も今は魔力の取り込みすぎで弱体化しているし、そもそも暗い時間帯は巣に引っ込んでいる。
だから今のこの森は夜が一番安全だ。
とはいえもちろん、警戒に手を抜いたりはしない。というかできない。安全だと分かっていても夜の森は普通に怖い。
これまでも夜明け前に起き出して錬金術の罠を設置に行っていたけれど、暗いとどうしても足は遅くなる。だから目的地に着くまではかなりかかった。
「あった。たぶんあれだよ」
ランタンの灯りはあまり遠くまでは照らさないけれど、今日は月が出ているから遠くでもボンヤリと見える。
斥候として一番前を歩く僕がもっとも早くそれを見つけて指さすと、後ろのヒルティースが目を凝らす。
「あれが件の遺跡の入り口か。ひどい有様だな」
この暗さで、そして遠目でもそんな感想が漏れるほど、その遺跡の状態は悪かった。
以前遠くから眺めたとき、夜の海のように蠢く蟻が地面を黒で埋め尽くしていた。だからあのときはどの辺りにあるかすら分からなくて、僕は歩きながらランタンを掲げ、初めてその遺跡をしっかりと見る。
場所は山の麓。立ち枯れてくすむ木々の向こう側に、険しく切り立つ崖を臨む場所。
おそらく昔はここになんらかの建物が建っていたのだろう。柱の残骸らしきものがかろうじて残っている。
とはいえ、その残骸は傷だらけのボロボロだ。長年風雨にさらされただけではなく、蟻たちが噛んだり引っ掻いたりしたのだろう。しかも地面を掘った際に運び出したらしき土や石でこの辺り一帯が埋もれているおかげで、元はどんな建物だったのか推測することもできない。
まあつまり、広範囲にこんもり盛られた土からニョキニョキと傷んだ石柱が二本出ているだけの外観だ。なんだか子供の砂遊びの大きいヤツみたいで、申し訳程度の遺跡っぽさがむしろ悲しい。ヒルティースでなくとも気分は下がるだろう。
そしてその真ん中に、ぽっかりと穴。なんか、いかにも蟻の巣穴のデカいヤツ、みたいな穴。
近寄って中を覗けばなるほど、かろうじて元は階段だったんだろうなと分かる程度には壁や石段が見て取れる。が、数え切れないほどの蟻が何度も何度も土を持って往復したのだろう。こぼれた土が段差をほぼ埋めてしまって壁も汚していて、ほとんど遺跡感がない。ただの急勾配で降りるのにも苦労しそうな穴だ。戦闘職の棘のような外殻にガリガリ削られたらしい痕もあるし、学者が見たら膝をついて嘆くのではないか。
「……はあー。そりゃ、とっとと引き上げて来るよなこんなん」
「あれだけの蟻が毎日出入りしてるんだ。傷んでいるのは分かりきっていたが、これではな」
入る前からニグとヒルティースはため息を吐く。まあ仕方なしだろう。
おそらく遺跡内もこんな感じだ。財宝も遺物も魔法の道具も罠も一緒くたに土に埋もれ踏み荒らされて、ほとんどが壊れてガラクタと化しているに違いない。
まあ、魔力を帯びた頑丈な武器防具なら無事かもしれない。ただそれを見つけるにはまず発掘作業が必要になる。蟻たちの巣穴でさすがにそんな悠長なことはやってられないと思う。
だからチッカたちはさっさと戻って来たんだ。もしここを探索するなら、蟻を討伐しきったあとにゆっくりとやるしかないから。
「よっしゃ、帰るか」
「そうだな。オレたちは遺跡探索がしたいんだ。ここはもう違う」
あっさり諦めるじゃん。
「貴方たち、わざわざ人を連れ出してきて……!」
「ま、まあまあお嬢様ー。冒険者は臨機応変ですからー」
憤るリルエッタをユーネがなだめる。
実際、臨機応変だ。ニグとヒルティースの判断は正しい。
探せばなにか見つかるかも、ということだったから危険を冒してでも潜ろうとしたのだ。けれど探すのがあまりにも困難で冒す危険に釣り合わないのであれば、ここは早々にやめて帰って寝た方がいい。
さすが僕らより半年近く前にDランクになっただけあって、ちゃんと引き際もわきまえているな。切り替え早すぎて、あまり乗り気でなかった僕ですらモヤっとするけど。
「……つまり、ここは気に入らなかったということか?」
ラミルンが困惑した声で聞いてくる。あまりピンときていないのか、首を傾げていた。
彼女はまだ冒険者じゃないし、金銭に疎いから財宝にも興味はないだろう。だから蟻の穴も遺跡も同じに見えるのではないか。
「なら他の遺跡に行くか?」
全員の視線が彼女に集まる。
「マジでっ?」
「他の遺跡があるのかっ?」
「あるぞ。誰が遺跡は蟻が巣くった一つだけだと言った?」
答えるラミルンはニグとヒルティースの勢いに圧され気味だ。
たしかに遺跡が蟻の巣になったヤツだけとは言われてない。……言われてないけども。
「それって……ここにあるのは遺跡群ってこと?」
リルエッタが前のめりになる。
それは以前、彼女が予想したとおりだけれど、まさかそこまで当たってるとは自分でも思っていなかったのだろう。
「群と言えるほどあるかどうかは分からない。ワタシたちはこの辺りにはあまり近寄らないから、把握しているのは目立つものだけだ」
「それでも大発見だわ。やっぱりエルムフラーレンからの道がこの辺りに続いていたのよ」
実際、東の都とこの地で行き来があったのなら……もしここが古代、町とか都だったりとかしたなら、それこそ大発見どころじゃない。
ここに遺跡を求める冒険者たちで賑わう、新しい町ができるくらいの大事になりかねないのだ。
「でもー、そこは蟻の巣穴じゃないんですよねー? 蟻を減らすっていう目的はー……」
「いいやユーネさん。蟻はこの際関係ない! オレたちは冒険者なんだ。未踏の遺跡かもしれないものが在るなら、なんで挑戦しないでいられようか!」
「その通りだ。それに今の蟻はもう兎人族だけでも十分対処できる存在になった。であれば、オレたち冒険者はその本懐にいどむしかないだろう!」
もう行く気満々のようだけれど、僕は未踏の遺跡の罠を見抜けるほど遺跡慣れしていない。もし潜るなら本気でチッカ呼んでほしいんだけれど。
「それで、ラミルン。その遺跡はどこかしら?」
「どこもなにも……あの崖にあるが」
ラミルンが指し示したのは月明かりに薄ぼんやりと浮かび上がる切り立った崖で、しかも意外と近くのようだった。




