討伐隊の帰還
僕が最初に冒険者の店を訪れたのは九歳。
そのとき、だいたいギルドは十二歳からしか登録できないと聞いていたから、僕は嘘をついて冒険者ギルドに入った。
けれど、それはギルドに登録するなら、だ。
一番下のFランクはギルド本部には登録されない。すぐ辞めたり、問題あって追い出さないといけない人が多すぎるかららしい。だからしばらくは店が預かり、冒険者としてやっていけるかどうか様子を見るのだ。
つまり、ギルド未登録の見習い扱い。
本来冒険者ギルドには存在しないランクであるF固定なら、九歳でもなれた可能性がある。というか事情をちゃんと話していれば、バルクならそういう措置をとったのではないか。
実際に今までにも、そういう例はあったのだろう。そして神官さんはそれを知っていたのだと思う。
一年前に再会したとき、神官さんは僕がそうやって冒険者になったのだと勘違いしていた。
思えば、あれからずっと隠したままだ。後ろめたくって言うタイミングが掴めなかったけれど、ここで打ち明けてもいいかもしれない。
ちゃんと話して、嘘をついたことを謝ろう。もちろん叱られるだろうけれど、それで分かってくれない神官さんじゃない。
「あ……ああいや、Dランクになったのはコイツの仲間の二人のことなんすよ!」
「そうそう。それにコイツもそれなりに力がついてきたから、実質Dランクパーティってことです」
「お前もまあまあ強くなってるよな。なんてったって、オレたちが鍛えてやってるしさ!」
「まあ前衛としてはまだまだですが、専門の戦士というわけではありませんからね。総合力で言えばギリDランク並と言っていいのはないでしょうか」
ニグもヒルティースも、なんでこういうときだけ優しいのかなぁ!
「そういうことでしたか。それは……なんと素晴らしいことでしょうか。Dランクは真面目に実績と研鑽を積んでいればなれると言われますが、つまりいい加減にやっていては到達できないということです。まだ正式ではないとはいえ、日々を堕落に流されず大事に生きてきたからこそ、その若さで実質一人前であると認められているのでしょう。―――よく頑張りましたね、キリ」
言えない……! 真面目どころか、本当は三つもサバよんで冒険者ギルドに登録しちゃってるなんて打ち明けられない……!
いや頑張ってきたのは本当なんだけど!
「ああ、アーマナ神よ。少しでもキリを疑ったこと、お赦しください。そもそも、今のキリが冒険者ギルドに登録などできるはずがありませんのに」
ん? と引っかかる。僕は冒険者ギルドに登録できない?
それは……なんでだろう。疑うってことは僕がズルしたって思ったってことだよね。それでも登録できるはずがない、ってどういうことだ。普通に登録してるんだけど。
とりあえず神さまに懺悔するのまではやめてほしいな。罪悪感で胸が痛いから。
「まあ、夜中に隠れて魚の干物を食べるくらいには、悪さを覚えているようですが。それはニグさんとヒルティースさんの影響でしょうか?」
うわバレてる……!
僕たちがビクッと背筋を伸ばすと、神官さんは口元に手を当てて可笑しそうに笑みを漏らす。
「今日くらいはいいでしょう。でも習慣にしてはいけませんよ」
そう目を細める神官さんは本当に嬉しそうで、ああ本当に今日は機嫌がいいんだな、と僕は安堵して。
そしてその翌朝にあった驚きの出来事によって、引っかかった疑問については綺麗さっぱり忘れてしまったのだ。
兎人族の里に来てからというもの、とにかく朝が早い。なにせ夜明け前には起き出して錬金術の罠を仕掛けに行く毎日だ。
もちろんそれに合わせて早く寝るし、僕は朝に強い方ではあると思うのだけれど、それでもやっぱりキツいとは思う。
けれど今日はもっと早く起きることになった。
「うおぉマジかよ!」
「スゲぇ、さすがウェイン兄!」
「バカね。あの男だけで迷宮攻略なんてできるはずないでしょう」
「はぁー……大きいですねー」
まだ真っ暗で、朝と言うよりは深夜の時間帯。
ザワザワと騒がしい声に起こされて外に出てみると、外に大きな蟻が転がっていた。
人間よりも大きかった戦闘職の蟻よりもさらに大きい。そして胴がすごく太くて長くてなにかがいっぱい入ってそうだ。顎や足は短いけれど、単純な重さは段違いなのではないか。
ああ、あんなの見ただけで分かる。あれは―――
「おう、どうだお前ら! 敵の親玉討ち取って来たぜ!」
討伐隊の中で一番元気なウェインがブンブン腕を振り回して宣言する。ダルダンとコルクブリズ、サノはへたり込んでいるし、シェイアはとんがり帽子のツバで目元を隠して水薬を飲んでいる。チッカは平気そうだけれど、神官さんと兎人族の前里長に経緯を報告している立ち姿には少し疲れが見える。
迷宮蟻の巣穴に潜って帰って来たのだ。しかも、最高の土産を持ち帰ってきた。
どうやってあんなの持って来たのか。そこに横たわっているのは女王蟻の死骸に他ならなくて、そういえばウェインたちは大きなワニを持って来たこともあったなと思い出す。
まさか今回は食べる気ではないだろう。討伐した証を持ち帰るのも冒険者の仕事だからだろうか。とはいえ死骸を全部持ってくる必要はないし、もしかしていい値段で売れる素材だったりするのだろうか。というかあの疲労困憊って感じはもしかして女王蟻の死骸を運んできたせいなのではないか。
つまり、討伐隊はたった一日で迷宮を踏破しその深奥へ辿り着いて、女王蟻を討ち倒したらしい。
すごい。すごいけれど本気だろうか。迷宮蟻はその名称のとおり巣穴を迷宮化するはずなのに、どうやって一日……いや半日足らずで―――
「あれだけ準備期間があったんだもの。あの女たちが無策で行くわけないじゃない。どうせ、迷宮も遺跡も最短で抜けて女王を討ち取ったんでしょうよ」
いつの間にかリルエッタが隣で腕を組んでいて、僕はシェイアとチッカを見る。
そうか。たしかにやりようはある。いくら魔物だといっても、蟻が掘った穴ぽこを真正面から攻略してやろうだなんて顔ぶれじゃないのだ。探査か感知、あるいはその上位の魔術で迷宮の完全把握をやったとか、もしくは力尽くで壁を壊したり地面に穴を開けるような魔術でショートカットしたとか。たぶんありとあらゆるズルを全部やって来たんだろう。
そういえばチッカも、事前に女王蟻を倒していいのかと確認していた。思えば最初っから速攻をしかける気だったに違いない。
「さすがだな。冒険者には驚かされてばかりだ」
ラミルンが呆然と、女王蟻の死骸と討伐隊のメンバーを眺めている。驚いただろうね。僕も驚いた。今回は舌を巻くしかない。
―――こうして、まだ後始末が残っているとはいえ、僕自身は迷宮蟻の巣穴に一歩も入ることなく、兎人族からの依頼は達成されたわけだけれど。
今回の『冒険』は、これだけで終わらなかった。




