半月と魚の干物と新たな仲間
「この仕事で一番キツいのってよ、ぶっちゃけ肉が全然食えないことだよな」
「ああ、魚の干物はもう食い飽きた。狩ろうにも魔獣すらいない」
「蟻のせいで森の獣が逃げちゃってるからね」
夜になって、僕はニグとヒルティースと共に外へ出ていた。里の外れにある大きな樹の下で、三人で幹に背中を預けて座る。
今回の仕事はけっこう長期間だから、食料に関しては先を見越して厳しく管理されていた。ちなみに管理しているのは神官さんなのですごく厳正だ。
けれどそれでもさすがに足りなくって、一度近くの村に食料を買い付けに行っていた。そのときに二人は、どうやってか少しだけ隠し持っていたらしい。
半分欠けた月の下、分けてもらった魚の干物を囓りながら、僕はチッカたちが向かった先を眺める。
たしかに魚は食べ飽きた。できればパンが食べたい。この時期だったら、ニビトイ村まで行けば麦を仕入れられるかもしれないな、と益体もないことを考える。
でも食料なら漁村から仕入れる方が近いし安いんだよね。
「兎人族から分けてもらった食料も野菜ばっかだし。草食ってマジなんだな……」
「そろそろ他のもんも喰いたいよな」
夜食を囓りながら他の食べ物の話をしながらも、二人の声には悔しさが滲んでいた。
きっと蟻の巣穴へついて行けなかったことに対するものだろう。ニグもヒルティースも攻略パーティが向かった方向へ視線を向けている。
二人も実力的にはまだ上位ランクには届かないけれど、戦闘に関しては一人前。選ばれたとしても役に立つ自信はあったのかもしれない。
「そろそろ冬備えの時期なのにこんな大変なことやってるんだから、兎人族の食糧事情なんて全然ダメに決まってるよ。野菜分けてもらえたの感謝しなきゃ」
「サノの奴、お前んとこのマグナーンに食糧支援してくれって話してたぞ」
「金はまた貴重な魔物素材が手に入ったら払うからって言ってな」
それ知らないなぁ。
リルエッタに頼んだってことは、マグナーンの下請けの行商が野菜を荷車いっぱいに積んでこの里まで来るってことだろうか。たしかにそれは……うん。
「そのときは二人とも、商人の護衛頼まれるかもしれないね」
「え、オレたちまたここ来んの?」
「うわ面倒だなそれ」
兎人族はあんまり町の人に里のことを知られたくないだろうから、護衛は選ばなきゃいけない。そして上位ランクの冒険者を護衛に雇うのは値が張りすぎるし、逆に僕たちのパーティは護衛にあまり向かない。
うん、二人しかいないな。
「ま、しゃあねぇ。俺ら今回、基本後ろだったしな」
「あんま仕事した気しないよな。依頼があれば受けるか」
僕たちもそうだったけれど、二人もあんまり前線には行っていない。というか、錬金術だったり治癒魔術で兎人族のサポートしたりと役割があった僕たちより、手応えはないのかもしれなかった。
「そうか。引き受けてくれるなら助かる」
その声はすぐにラミルンだと分かった。兎獣人は耳がいいから話し声を聞いてやって来たのだろうか。
視線を向けると、ラミルンともう一人が歩いてくるところだった。
神官さんだ。
「まっず」
「やべ」
ニグとヒルティースが魚の干物を口に入れる。ズルい。もう欠片くらいしか残ってない。
僕はまだ半分以上残っている魚を慌てて背中に隠した。隠れて食べてるのを食糧を管理してる神官さんに見つかるのはまずい。
「カラトアと話していたところに話し声が聞こえてな。ちょうど良かった。少し相談させてもらえないか」
「え、えっと……食糧の護衛のこと?」
「いいえ。それもありますが、もっと言えばこれからの兎人族のことですよ、キリ」
ニグとヒルティースはバレないように手で口を隠しながらもぐもぐしている。干物は硬いから、飲み下すにはもう少しかかるだろう。
それまでは僕が会話をもたせなければならない。
「これからの兎人族って?」
「知っての通りだと思うが、こういう事態だから兎人族の里には冬備えの蓄えがない。それに今後も我々に危機が迫ればまた冒険者に頼ることもあるかもしれないし、そして里の皆はお前たちを信用していいと感じるようになったらしい」
差し迫った問題と、いずれまた来る危機。それに、僕たちの心証。
「兎人族で話し合って、ワタシたちは少しだけ、人間たちへ歩み寄ることに合意した」
「だから人間から食糧の支援を受けようってこと?」
「それは必ず対価を払う。貰うだけのような言い方をしないでくれないか」
ラミルンは嫌そうに口の端を下げる。
そこは引っかかるのか。兎人族、誇りとか気にしそうだしな。
「ワタシたちは今回の件で、この土地は兎人族だけでは手に負えないと痛感した。まだ先の話になるが、いずれ兎人族はこの地を離れる。その後は人間社会に関わって生きることになるだろう」
兎人族の少女はフゥと息を吐いて、この里の未来を話す。
そうか。チッカが諦めることを提案したときも、そういう話は出てたもんね。たぶんサノや、あの前里長さん、他にもいろんな人たちが相談したのだろう。
そうして、決断したんだ。
「キリ。兎人族の皆さんの中には、あなたを見て心動かされた者も多いのです」
「え?」
神官さんの言葉は意外すぎて、最初は聞き間違いかと思った。
「あなたは以前、この里の子供を救ったにも関わらず酷い仕打ちを受けたのに、兎人族を助けるために全力を尽くしていました。その姿に心打たれる者も多かった、ということです。―――よく頑張りましたね」
……聞き間違いではなかったと分かって、それでもあんまり実感は湧かなくって。
でも褒められてやっと、じわりと胸の奥が暖かくなって。
「……なんかカラトアさん、機嫌良くねぇか?」
「そりゃあ蟻だけじゃなく、一年くらいやってた案件が解決しそうってなったらなぁ」
二人とも内緒話なんかしてないで、食べ終わったなら会話に参加してくれないかな。
「しかしワタシたちは人間社会には疎くてな。正直、銀貨の使い方すら知らない。だからまずは若者を少人数、人里に向かわせることにした。……すでに町に出向いているテテニー姉さんは、少し頼りなくってな」
頼りない、か。テテニーは町だと目深にフードを被って人目から隠れるように生活している。冒険者の店にもあまり顔を出さないし、普段はどこでどうしているかも分からないくらいだ。
リルエッタとユーネと同じ宿に住んでるのは知ってるけれど、それ以外はあんまり知らない。もしかしたらお金をほとんど使わない生活してる可能性もあるし、人間社会に溶け込んでいるとは言いにくいかもしれない。
「それでだが……ニグ、ヒルティース。もしよければ、ワタシを君たちのパーティに入れてくれないか?」
ラミルンの言葉に、二人が顔を見合わせる。




