迷宮蟻の巣穴
「つまり、今まで通り蟻ども減らしてけばいいんだろ?」
「今まで通りじゃダメだよ。強くなってるんだから、もっと慎重に戦わなきゃ」
「おー、それは実際に戦ったから分かってる」
ウェインが剣帯を締め直しながら、適当に相槌を打つ。戦闘に関してはけっこう鋭いんだけれど、魔力とか毒とかは専門外だったようだ。
まあ、がんばって説明はしたから要点は分かってくれただろう。
蟻は今、魔力を限界まで蓄えているのだと思う。であればこれ以上は毒になるはず。けれど餌は同族しかないから、お腹が減れば死骸を食べるしかない。
このまま魔力濃縮が続けば迷宮蟻の群全体に回る。はずだ。
だからたしかに今まで通り、蟻を倒すだけ。ウェインの理解は間違っていない。打開策なんてものはなかったけれど、希望は見えた。
「今が踏ん張り時ってことだろウェイン兄ぃ」
「蟻は毒らしいから、喰ってはいけないってことだよウェイン兄。けれど蟻たちの餌はそれしかないんだ。そういうことだろう?」
ニグとヒルティースも本当に分かってるのか不安だが、まあ戦士は戦ってくれればいいか。
ただこれは、あくまで希望が見えただけだ。確証はないから実際にどうなるかは分からない。それで、彼女が納得してくれるかどうか―――
「まあ、少し様子見する価値はあるかもね」
チッカが肩をすくめる。ふぅー、と息を吐く。同じような音が他の場所からも聞こえてくる。たぶんサノかラミルン、あるいは神官さんだろう。他の冒険者のものだったかもしれない。
誰でもあり得る。チッカがいなくなるようなことがあれば完全勝利の目はなくなるから、冒険者の士気は激減するに違いないのだ。この依頼は冒険者の店を通した正式なものではないのだし、他にも何人か脱落するかもしれない。
今回はそれだけ危うい状況だった。
「でも、事態が好転しなかったら撤退するよ。あたしとしては、これからも蟻が強くなっていくだけの展開も十分あると思ってるんだ。そうなったとき兎人族もどうするか、今の内に里内で相談しておきな」
「そうですね。我々も話し合っておくべきでしょう」
チッカの言葉にサノが頷く。
実際、チッカの言う展開も十分あるのだ。だから諦める方向もちゃんと考えておいた方がいい。
たぶん、サノもその話し合いには苦戦するだろう。すごく短期間で蟻が強化されてきたことを考えれば結果は近いうちに出るはずで、たぶんその時間は短い。蟻の結果が出るまでにまとまるかどうかは微妙なところだ。
「フフン、なんにしろここが正念場だね。みんな、午後からは気を引き締めていこう」
ペリドットはみんなを見回してそう締める。
蟻が強くならなかったら予想は当たる。けれど戦闘職の蟻の数はこれまで以上に多くなるだろう。これからはいっそう注意して戦わなければならない。
けれど、みんなの表情は少し明るくなっている気がした。今までのようにいつ終わるか分からない戦いではないのだ。気持ちはかなり楽になっている。
僕も気分はかなり楽になっていた。……それと同時に、かなり不安でもあった。
ペリドットがあっさり倒したとはいえ、戦闘職の蟻はかなり強そうに見えた。僕では勝てないだろう。リルエッタとユーネの援護があっても厳しい気がする。ブリザードウォレス相手にやったあの技を使えば勝てるかもしれないけれど、グミさんに禁止されてるし動けなくなるから普通に他の蟻に殺されると思う。
あれと戦うのは危険が大きくて、しかもかなり数がいる。チッカが引き際にするのも分かる。
本当はここで諦めた方が良かったのかもしれない。兎人族の里の人たちを説得し、近くの村に警告しながら安全な場所へ向かう方が、困難ではあるけれど安全だ。
これで誰かが死んだりなんかしたら、そのときの責任は僕になる。そんなの……後悔してもしきれない。
胸に重い不安が降りるのを感じながら、僕は壁に背を預けた。本当にこれでよかったのか自問しながら身体を休める。この拠点にも素材は持ち込んでるから錬金術の仕込みをした方がいいんだけれど、今は少しだけ気分を落ち着けたかった。
そうして、さらに数日が過ぎる。
「あ、あったよ! 迷宮蟻の巣の出入り口!」
茂みに分け入った僕は、それを見つけて声をあげる。
朝、僕たちは初めて戦闘職の蟻と戦った場所に来ていた。あれから少し引き気味に戦ってきたから、ここに来るのは二度目だ。なんだか久しぶりな気がした。
「フフン、やっぱりね。テテニーとキリネ君が二人とも見逃すだなんておかしいと思ったんだ」
ペリドットが朝日を受けて輝くような髪を掻き上げる。
あのとき、戦闘職の蟻がいたのに僕とテテニーの両方が気がつけなかった。ペリドットが槍の間合いに入ってやっと気づいたそのときのことを、彼はずっと気に懸けていたらしい。
「待ち伏せしてたわけじゃなくって、ちょうど穴から出てきたタイミングだったってことね。たしかにあんな大きいのが完全に隠れられる茂みじゃないもの」
「本当に隠れてたならユーネでも気づいたかもしれませんねー」
リルエッタとユーネが覗き込んでくる。
人が通れそうなほど大きな穴だけど、茂みのせいで気づかなかった。この中にいたのなら僕も分からない。蟻はあまり音をたてないから、テテニーが気づかなかったのも仕方ないのだろう。
「これでやっと攻勢に出られるっスね! もう行っちゃうっスか? 行っちゃうっスよね?」
「いやいや。待って待って」
逸るテテニーを押しとどめる。今はまだ朝の作戦中だから、さすがにマズい。というかこのパーティで入るのはさすがにダメだろう。
「そうそう、抜け駆けはダメだよテテニー。―――美味しいところこそ、みんなで分け合うべきサ」
遠くから爆発音が聞こえてきた。シェイアの火炎球だ。……音の間隔は、かなり長い。つい先日までは連続で鳴り響いていたのに。
僕は前線の方へと視線を向けた。遠いから様子が見えるわけではないけれど、この音の間隔はそのまま彼らの余裕だろう。
拠点に戻るまでには、まだ少し時間がありそうだった。




