魔力濃縮
後方を護るパーティには、前線で戦うパーティの逃走経路確保の他にもう一つ役目がある。迷宮蟻の巣の出入り口を探すことだ。
地上の蟻の数が減ってきて行動範囲も狭くなった今、後方はほとんど蟻がやってこず、探索に集中出来るようになっていた。
まあ今のところそれらしきものは発見されていない。戦闘職の蟻が通れるならかなり大きいはずだけど、チッカもまだ見つけていないようだ。
爆発音が届く。
蟻の数が少なくなったからか、最初とは違い音の間隔は長くなっている。まだ時間はあるはずだ。
朝のパーティは最初の日の通り、僕、リルエッタ、ユーネ、ペリドット、テテニーの五人だった。
サノが誘き出してシェイアが燃やすという作戦だから、朝は最初から危険が少ないのだ。なのでもう一方の後方パーティも特に問題なく回っているらしく、変更の必要は特になかった。
このパーティはかなり安心だ。元からのパーティで連携の取りやすいリルエッタとユーネが揃ってるし、ペリドットとテテニーは当然だけど頼りになる。だから午前中が一番、出入り口の探索は捗っていた。
「そういえばー、キリ君はカラトア神官と全然一緒のパーティになりませんねー。いいんですかー?」
そう聞いてきたのはユーネで、今日は昨日までより少し前方を詳しく調べようと移動していたときだ。
「別にいいよ。どうして?」
「ここに来てから、二人でしゃべってるところも見ませんしー」
まあ、たしかに僕と神官さんはそんなに話していない。と言っても、最初に挨拶はしたし別に普通だと思うけれど。
「んー、なんていうかね」
僕は周囲警戒のフリして視線を泳がせながら、言葉を探す。そして選ぶ。
「神官さん、集中力がすごいんだ。お祈りとかずっとしていられるし、説法するときもすっごい真剣で、いろんな祭事とかも完璧にこなしちゃう。……だけど、一つのことに意識を傾けちゃうからいろんなことを同時にやるのが苦手でさ」
「え、そうなんですー?」
「うん。料理とか、火の様子が気になっちゃって他のことに手がつかなくなる感じ。最終的には美味しく作れるけれど、あんまり手際は良くないから時間がかかる……みたいな。だからお仕事中は邪魔しちゃダメなんだよ」
村にいたときもそんな感じだったから、特別に避けているとかそういうのはない。第一、僕だって錬金術の矢とか罠の仕込みで忙しいのだから二人で話すタイミングもなかなかないのだ。
パーティ編成で一緒になってないのは偶然だけれど、神官さんは今は蟻の駆逐とか、兎人族の信用を得るのに集中したいだろう。だからむしろ良かったのではないか。
「集中力が高すぎて視野が狭くなるってことっスか。斥候には向いてないっスね」
それはテテニーの言うとおりだ。斥候はいろんな場所へ意識を向けなければならないから、たぶん神官さんは苦手だろう。
単純に神官さんの集中力が強すぎるだけで、斥候は注意力散漫だとかじゃない。けれど実際に斥候を少しはやれている自分はきっと、ああはなれないのだと思う。
まあ、向き不向きの話。僕は神官にはなれないけれど、他で頑張ろう。
「フフン、集中力ならぼくも自信があるよ。カラトア女史と勝負したらいい勝負ができるかもしれないね」
集中力勝負ってなにやるんだろうな。お祈りをどれだけしていられるか、みたいなのだと、神官さんは祈りの時間は勝ち負けではありませんって怒るかもしれない。
「まあ、だからぼくも斥候には向いてないんだけど……槍の間合いの内ならね」
ヒュォ、と風を斬る音がした。
ギンッ! と硬質な音がした。
目を見張る。リルエッタを狙って茂みから飛びだしてきた蟻の前足を、ペリドットの槍が弾き飛ばしたのだ。
―――大きい。働き蟻とは比べものにならず、六本の足が地面についていてもペリドットと体高が変わらないほど。体長で言うなら明らかにペリドットよりある。
槍のような棘がズラリと並んだ鎧のような外骨格と、歪曲した大きな剣のような顎。そして凶悪な尾針。
「戦闘職っ?」
狙われたリルエッタが声を上げて下がり、短杖を構える。
僕も驚いていた。いや、たぶん僕が一番驚いていた。絶句しながら僕も槍を構える。
まったく気づかなかった。他で頑張ろうって意気込んだばかりなのに。絶対油断なんてしなかったのに。普通の蟻なら気づける自信はあったのに。
こんなのが一体どこに潜んでいた?
「違うっス! 戦闘職はこんなんじゃないはずっスよ!」
テテニーが訂正しながら矢を放つ。的の大きい複眼を狙ったそれを蟻が避ける。
ペリドットとテテニーは、午後は前線へ蟻を狩りに行く。シェイアのように強力な範囲攻撃を持ってるわけではないから、一度に大量の蟻を相手にするような無茶はしていないはずだけれど、二人は僕らよりも蟻との戦闘回数が多い。
そして何より……僕らはまだ、戦闘職を見たことがなかった。だから違うと言われて、さらに驚いたのだけれど、じゃあなにかという新しい疑問には―――
「いいや、コイツは戦闘職の蟻だよ」
ペリドットが槍を繰り出す。目にも止まらぬ速度で蟻の前足の関節を傷つける。
蟻の関節は細い。ちょっと不安になるほど細くって、だからそこは分かりやすいほどに脆弱だ。
蟻の前足が折れる。ペリドットは曲刀の顎を避けて飛ぶと、脳天めがけて槍を突き刺した。
「よく見てみるんだテテニー。たしかに幾分凶悪になってはいるけれど、特徴は戦闘職の蟻だろう? 昨日までよりほんのちょっと大きく強くなっただけサ。わざわざここで待ち伏せしてたのなら、賢くもなってるかな?」
完全に脳を貫いたのか、蟻は痙攣して沈黙した。
前足を封じて動きを止め、狙いやすくなった急所を一撃。あまりにも鮮やかすぎて惚れ惚れするが、驚くべきはそれが当然とでも言わんばかりの表情だ。
自分よりもずっと大きい相手を、強敵だとも思っていない。狩人が鹿を仕留めるよりも気負いがない。
さすが海猫の旋風団のリーダー。太陽の輝き宿すペリドット。
「……なら、マズいわね」
「あ、前線で退却判断っス!」
リルエッタが苦々しい声を出すと同時に、テテニーが雪色の耳を前方に向ける。火炎球の音はまだ予定の数に全然達していないのに、だ。
そして、僕も気づいた。少し離れた場所に働き蟻が何匹か、感情がまったく読めない複眼でこちらを監視するように見ていた。
そいつらも、少しだけ大きくなっている。
「迷宮蟻は遺跡の魔力で大きくなっている。そして今は蟻が減っていて、餌は共食いで賄っている。蟻の魔物は強い個体に魔力を集中する、だったわね。―――魔力濃縮が始まってるわ」
リルエッタの言葉の意味は、すぐには理解できなかった。けれど、きっとそれはかなりマズい状況なのだろうと、それくらいは僕にだって分かった。




