嫌な予感
数日が経過した。
僕たちは蟻との戦いに少し慣れてきて、だいぶん戦闘も安定するようになってきている。錬金術の矢と罠が上手くいったからかかなり順調だ。蟻を減らす方も、逃げるタイミングもこなれてきた。
最初は戸惑う様子を見せていたけれど、兎人族との共闘も若い人を中心にできるようになってきた。まだ老人……僕から見たら中年くらいに見える、そう呼ばれてる人たちには渋られてるが、僕らが造った矢を使ってもらえるようになっている。
「蟻が少なくなってる感じがするな」
ウェインが神官さんの淹れた薬草茶を飲みながらそう口にする。一日の作戦が終わってからの、兎人族の里に戻ってからの報告会にも変化が見え始めてきた。もっとも……この時間の僕はほとんど流し聞きだ。リルエッタと一緒に兎人族に渡す矢をせっせと造っている。
日中は蟻を狩って、休憩中も錬金術の仕込みをして、深夜の内から罠を仕掛けに行くのちょっと働きすぎだな。まあ素材を使い潰す気で書く術式は本当に簡単なものだから、そこまで手間はかからない。この時間にやってるのも、ちゃんと休憩できる時間をつくるためである。
朝がすごく早いから、最近は寝不足気味だけど。
「実際に少なくなっておるじゃろうよ。最初とは蟻の密度が違うわい」
「行動範囲も狭くなってるね。午後の後方は平和なもんさ」
ウェインと一緒に常に前線にいるダルダンが応じると、チッカが後方の状況を伝える。
実際、後方はもう偵察の働き蟻もあまり見なくなってきた。主な役割は逃げ道確保だけれど、そろそろ少し前進してもいいのではないか、と思うくらい。
「それは良いのですが、囮への食いつきが悪くなっている気がしますね」
そう言ったのはサノだ。彼は今日も囮役をやっていたが、どうやら蟻たちの様子に変化があったらしい。
「前は自分を認識しただけで殺到してきたのですが、警戒する様子を見せました。戦闘職の蟻が出てきてやっと動くくらいです」
「蟻の魔物はそれが普通」
シェイアの知識は本当に頼りになる。間違いなく一番蟻を倒しているだろうし、今回の仕事は彼女がもっとも貢献度が高いだろう。
「働き蟻が偵察し、戦闘職が狩り、働き蟻が運ぶ。本来の形に戻っただけ」
「つまり、今までが異常だったと?」
「働き蟻でも勝てる相手なら狩る」
僕は素材を矢にくくりつけながら、横目でシェイアを見る。彼女は視線を少しさまよわせて、言葉を探す様子をしていた。
……話すのが面倒くさいから少ない言葉ですませよう、とするのが彼女の悪癖だ。けれどわざわざ時間をかけて言葉を選ぶくらいなら、考えを全部言ってしまえばいいのにと少し思う。
彼女は指を一本立てて、口を開く。
「数を頼りに狩れる、という認識を改めた可能性」
さらに、二本目の指を立てる。
「餌の問題が解決し、戦闘職を待つ判断ができるようになった可能性」
……餌の問題。そう言われて、思い出したのは最初に罠を仕掛けた日の夜のことだ。
「仲間の死骸を共食いしてるから、お腹が減ってないってこと?」
「あくまで推測」
僕が手を止めて聞くと、シェイアは指を引っ込める。
嫌な推測だ。ただ僕は毎日深夜に罠を仕掛けに行っているけれど、蟻の死骸はまったく見ない。飢えが満たされているかどうかは怪しいけれど、共食いしていることだけは確実だろう。
「ふぅん、分かってはいたがおぞましいな。しかし戦闘職の蟻が先頭になるとはいえ、おびき寄せはできるんだろ? なら蟻がオレらを手強いと認めたというより、通常の行動に戻ったと考える方が納得できんじゃね?」
「ええ。ですがあまり甘く見てはいけませんよ。魔物ですから、知能を通常の虫と比べるのは危険です」
ニグの言葉を神官さんが諫める。
僕も蟻が作戦変更を話し合うほど知能が高いとは思わないけれど、慎重に考えるべきだ。少なくとも頭の片隅には入れておくべきだろう。
「行動範囲が狭くなったって言ったわね。兎人族の里の近くに来る蟻は減ってる?」
「それはありがたいことに、かなり減っています」
リルエッタが素材を矢にくくりつける手を止めずに聞くと、サノはやっと笑みを見せる。
「こちらを護っている兎人族の若衆もあまり来なくなったと言っていた」
ラミルンもそう頷いた。
それはいい変化だ。まだ脅威は去っていないけれど、里は少しだけ安全になったらしい。
「それは良かったわ。これだけ高価なものを使い潰して、全然事態が改善してなかったら胃が痛くなるもの」
質問元のリルエッタも安堵しているようだ。僕でも今使ってる素材がすごく高価なのは分かるけれど、商人の彼女はもっと正しく価値を認識しているのだろう。
結果が出て一番安心したのは、もしかしたら彼女なのかもしれない。
「でもなんか嫌な予感するっスね! 耳の付け根の毛がゾワゾワするっス!」
元気いっぱいにそう言ったのはテテニーだ。それを受けて、海猫の旋風団の男性陣が表情を歪める。
「テテニー君。君の悪い予感は当たるんだから、あまりそういうことは言わないでいてくれないかな?」
「フフフフフフフフフフフフフフフ。しかし、言ってもらわなければ備えられませんからねぇ。いろいろと嫌な記憶が呼び覚まされますよ。何度全滅しかけたことか。……てっきり兎獣人特有の危機感知能力かと思っていたのですが、サノ殿とラミルン殿を見る限りそういうわけではなさそうです」
「バッハッハ! ……一応、覚悟しておくかのぅ」
すごいな、あの海猫の旋風団が暗い顔をしている。テテニーの勘はかなりの精度らしい。
僕たちは顔を見合わせる。……冒険者は勘とか虫の知らせをけっこう気にするものだ。そういうのに頼るというよりは、そういうのをきっかけに気を引き締めるという感じだろうか。
だからテテニーのそれも、誰も笑ったりはしなかった。
そして次の日。まさにその嫌な予感は当たることになる。




