罠と矢
翌朝はもっと早起きした。朝日が昇るずっと前。朝というより、深夜の時間帯だ。
夜の森に潜むように素材を運ぶのは、僕、リルエッタ、ユーネに、夜でも耳で問題なく斥候ができるテテニーと護衛役のペリドットだ。
「本当に夜はいないですねー」
リルエッタの魔術の灯りに照らされた辺りを見ながら、ユーネが拍子抜けしている。夜の森なんてどこに危険が潜んでいるか分からないから、冒険者でも歩くのは怖い。けれど今の僕たちは警戒もそこそこに、早足で進んでいる。
生き物の気配がないのだ。獣たちは蟻に食い荒らされ追いやられ、その蟻は巣穴に潜ってしまって、驚くほど静か。秋なのに虫や蛙の鳴き声すらしない。
嫌な気分だ。森に囲まれた村で育って、冒険者になってからも森にはよく行っているのに、ここはずいぶんと落ち着かない。僕の知っている森ではない気がした。
「自然ではないけれど、今のぼくたちにとって安全なのはいいことサ」
「ジブンは背筋がゾワゾワするっス。もう少しで予定の地点っスから、さっさと仕掛けて戻るっスよ」
テテニーの言うとおり、予定の地点はすぐだった。
地面にたくさんの爆発した跡がある場所。朝、シェイアが大量の蟻を相手に火炎球を連続で叩き込んだ場所だ。
かすかに煤の匂いが残っているここで、またサノが囮となって蟻を誘き出す作戦が、今日も行われるはずである。
「……ここですっごくたくさん倒したはずだけれど、蟻の死骸が全然ないね」
気になったのはそれだった。戦った跡はたくさんある。地面は抉れて土が見えているし、細い木なんかみんな倒れてしまって見晴らしがいいほどだ。
だというのに、蟻の死骸は一つもなかった。本当に、脚の一本すら落ちていない。
「共食いでしょうね。久しぶりにまとまった量の餌だったんじゃないかしら」
「自然って厳しいですねー……」
リルエッタの言葉に、ユーネが少し痛々しそうな顔をする。死んだ仲間を食べて飢えを満たしたのか。虫なのは分かっているけれど、それでも悍ましいと感じる。……そして、それと同時になんだか嫌な予感がした。
この光景はすごく嫌だ。まるで日中にあったことが夢だったかのような気すらする。
「……ここから少し前方の両脇に仕掛けるわ。逃げてくるサノや、まっすぐ来る蟻は引っかからないけれど、蟻が少し迂回してここで戦うパーティを囲むように動いたら爆発するように」
強力な罠であると同時に警報になる形だ。爆発音がしたらシェイアたちが逃げるタイミングという活用ができることを期待している。
ちなみに罠の起動式はグミさんのではなく、シェイアの師匠ネティエペフラムプリムが持っていたものを参考にしてみた。僕の魔術の素質を量るために使用し、結果的に僕を気絶させたあの術式は、元々は罠に使われる物だと言っていた気がする。なら、今回はうってつけだろう。
まあ、何事も最初は手探りだ。うまくいかなかったらまた違うやり方を考えればいい。
「お、来たな。おーい、こっちだ」
罠を仕掛けて火炎球の跡の場所に戻ると、ウェインが手を振って迎えてくれた。隣にはシェイアがいて、サノ、ダルダン、コルクブリズもいる。シェイアを護りつつここで戦う主力パーティだ。
そして、もう一人。
「あれ? ラミルンどうしたの?」
砂色の耳の兎人族も、ここにやってきていた。どうやらこのパーティは昨日とまったく同じらしい。
ただ、ラミルンは外される予定だったのではないか。
「老人たちが神官と行動を共にするのを嫌がりましてね。怪我を治すどころか、心を落ち着かせる術も受けたくないそうです。それに若い者たちもあまりいい顔をしてくれなくて」
「率直に言うと、共闘の体裁を保つために汚名返上の機会をもらった。ワタシにとっては都合がいいな」
僕の問いに答えたのはサノで、ぶっちゃけたのがラミルンだ。
兎人族たちには今日、拠点作りをしてもらう予定だった。けれどそれだけだと共闘にならないので、少数の勇士たちに神官さんと一緒に行動してもらって、遠間から弓で援護してもらう形で考えていたはず。……どうやらその人数集めに失敗したらしい。なのでラミルンを戻して、昨日と同じメンツでやってきたようだ。
しかし、若い人たちも嫌がったのか。そんなに兎人族の神官嫌いは根深いのだろうか。
「兎獣人の衝動は、自分たちにとっては自由を手に入れた原動力ですからね。危ういものであることは承知していますが、同時に誇りでもあるのです。なので魔術で無理矢理抑えるなどなにを考えているのか、と怒られましたよ。ハハハ、これだから頭の硬い老人は。怪我人相手でなかったらそれに身を任せても勝てない相手には勝てないと、もう一度その身体に教えてあげたんですがね」
「フフフフフフフフフフフフ。サノ君はもう少し人の心を理解する努力をした方がよろしいですね。見ていてヒヤヒヤしますよ本当に」
神官どうこうよりサノの里長としての資質が問われているのか。じゃあ難航しそうだな。
「おかげで、用意してもらった矢は今回は試験運用という形になりそうです」
「ちょうどいいわよ。試用は大事だし、そもそも十も造れてなかったんだもの」
弓の名手である兎人族用に、当たると爆発するよう矢尻に素材をつけた矢も用意していた。小さい素材しか使えないため火炎球ほどの威力は出せないと思うけれど、それでも範囲攻撃できるはずだ。
まあそんなものを持つ人が暴走なんかしたら危険どころの話じゃないし、そもそも暴発も怖いから使う人は神官と一緒に行動するべきと言っておいたのだが、今回はそれが原因で人が集まらなかったらしい。
もしかしたらサノと仲の良い神官さんと行動を共にする形になるのも反感を買ったのかもしれないな。これがユーネかコルクブリズだったら、少しは違ったかもしれない。
「で、罠の方は仕掛けたのかよ?」
「うん。うまく起動すればいいけれど……」
「たぶん問題ない」
ウェインの問いに僕が答えると、シェイアがそう言ってくれた。
罠にネティエペさんのところで見た術式を使うよう提案してくれたのは、実はシェイアだったりする。
蟻は遺跡の魔力で大きくなっていると推測できる。だから普通の獣よりは魔力を持っていると仮定して、それを察知して起爆するようにすれば蟻だけを狙えると。
「罠やこの矢で蟻たちに対して有利になるのなら、我々も魔物素材をせっせと溜めていたかいがあるというものです。特に矢がいい。今までは一矢報いるどころか、矢筒全部射尽くしても蟻は全然減らせませんでしたから。期待してますよ。……では、そろそろ行ってきます」
サノが軽口を言って、昨日と同じように囮になりに行く。僕たちが造った矢もしっかりと持っていた。
気づけば、空が白み始めている。今日が始まる。
「では、ぼくたちも配置につこうか」
ペリドットがそう言って、僕たちはまた動き出す。
罠についても矢についても上手くいくかどうか心配で緊張していたが、もうできることはない。
祈るような気持ちで何回か振り返りながら、森を駆ける。




