倉庫
「これは……チッカの部屋みたいだ」
「あたしの部屋はこんな危険物ばかりじゃないって。おっかないね、ここ」
兎人族の倉庫は酷い有様だった。
この里は森のかなり奥にある。今は蟻の脅威が他の魔物を遠ざけているみたいだけれど、以前は様々な魔物がいたらしい。いろんな魔物の素材……それも、僕でも希少らしいと分かるものばかりがしまわれている。
それがとても煩雑に、まるでゴミのように積み上げられていた。
「兎人族は、物を作るのがあまり得意ではないんです。たまに来る行商人に渡すのは些細な量ですし、自分たちが使えず通貨としても余っているのですから、扱いはこうなりますよね」
サノの言い分は分からないでもないけれど、ということはこの倉庫、べつに重要施設というわけではないらしい。
つまり誰でも近づけるわけで、普通に魔物を狩った人がそのまま戦利品をここ置きにくるような感じなのではないか。―――つまり、兎人族はもしかして、みんなこの惨状を気にしない人たちばかりな可能性がある。
「もう一度確認するわ。わたしたちの報酬は、この倉庫のものを自由に持っていっていいという契約だった。そして貴方たちはここにある物をあまり大切だと思っていない。……前払いに多少もらっても大丈夫よね?」
「もちろん。全部使い潰してもらってかまいませんよ」
「太っ腹ですねー」
リルエッタの念押しにサノが頷き、そしてユーネが倉庫を見ながら半ば呆然と相槌を打つ。
つまり、ここにあるものは使いたい放題だ。グミさんだったら小躍りしてる。
「使えそう?」
「ちょっと探してみないと分からないかな……」
シェイアが僕に聞いて、僕はそう返した。僕も錬金術に詳しいわけじゃないから、ぱっと見で判断できない。
ここに来たのは六人だった。僕、リルエッタ、ユーネ、シェイア、チッカ、サノで全員だ。
里長であるサノを監督役にして、多少なりとも錬金術が分かる者。そして報酬として持ち帰れる大きさの高価なものを使いすぎないように、というお目付役でチッカが来たかたち。
「シェイアも使えるんじゃないの? ネティエペさん、絶対に錬金術好きでしょ」
「少しは。けれど、海詩の魔女の弟子としては重要ではない」
海詩の魔女ネティエペフラムプリムにとって、あのケルピーの馬車は趣味でしかなかったらしい。あれ、明らかにグミさんのよりもすごかったんだけど。
「魔術士のだいたいは錬金術師と言えるわ。魔術の補助として錬金術の品を使うこともあるし、そういう物品は自分で造るのが普通よ。わたしが以前、感知の魔術行使に使用していた魔術陣を書いた布も、自分の魔力でインクを調合して書いたものなんだから」
「そういえば前は使ってたね。オバケが出る廃屋調査のときだったかな? でも、今は使ってるの見たことないけど?」
「補助だって言ったでしょう? 今はそんなのなくても効率は変わらないわよ」
あのときはリルエッタも冒険者になりたてで、魔術士としてもまだ不慣れだった頃合いだ。だから魔力効率を良くするために用意していた、ということか。本当に術の補助なんだな。
そして、それも術に慣れた今は不要になったのだろう。
「まあ、魔力量の多い、才能溢れる魔術士にはそんなもの不要でしょうけれど」
「…………」
……今のはシェイアに向けられた皮肉だったのか。
ちょっと珍しいな。リルエッタにしては嫉妬っぽい。本当に羨ましいのかも。
「ま、それも専門の錬金術師になんて及びはしないわ。グミさんの仕事をするのに必要だから基本を少し教えてもらってはいるけれど、普通の魔術士よりはできるって程度よ」
「そうですねー。ユーネはその辺りもほとんど覚えられてないんですがー」
「ユーネはあの仕事だと、ずっと家事してるもんね。僕も大して分かってないけれど、まあ、素材次第かなぁ」
とりあえず適当に、近くの硬い殻のような素材を手にする。これはダメ。防具には使えそうだけど今回は使えない。
もっとこう、僕らでも簡単なものを見つけないと。
「なるほど。お三方は錬金術とやらの見習いみたいなものなのですね。それで、ここにある物でいったいなにが造れるんですか?」
そのサノの問いに、僕とリルエッタとユーネは全員で渋い表情をした。
錬金術とは、簡単に言えば魔力を使って何か造ることの総称だ。薬草から水薬を造るのも錬金術だし、武器や防具に特殊な加工をすることも錬金術と言える。遺跡で賑わう都には、冒険者用の水筒やランタンなども錬金術製の物があるらしい。
ただ、思えば……僕らの顧客であるグミ・アンサルクロストフはあの人格だからただの変人っぽいのだけれど、その肩書きはとてもとても物騒だ。
なにせ、兵器専門の錬金術師ときた。
「フフ……そうね。とりあえず爆発させられるわ」
「それしかできないね……」
「錬金術って他にもいろいろできるはずなんですがねー」
僕たちはビックリするくらい、ろくでもない物しか造れなかった。造るというか、たぶん素材をそのまま破裂させる感じになるだろう。
以前、グミさんが造った自動走行車輪型の爆弾で砦の正門を吹っ飛ばしたことがある。さすがにあれと同じ物は造れないが、魔石のように濃密な魔力を持つ品なら、衝撃とかで爆発させることができるかもしれない。
まあ、兎人族の倉庫に使える品がなければなんにもできないのだけれど。
「いいね、冒険者らしいじゃないか。せっかくだからデカいのとか、脆くて持って帰れないので造りなよ。コイツとかさ」
にひひと笑ってチッカは、一抱えもあるすごく綺麗な紫色の袋っぽいものを指さす。かなり魔力が濃いのか、半分くらい魔石化しているものだ。これはかなり貴重なものだろう。
しかし、爆発は冒険者らしいか……。ということは、たぶん一般の錬金術師からしたら激怒ものってことだと思うんだよね。こういう貴重な素材を一発で使い潰すわけだし。
「使えそうだけど、それなに?」
「こんなふうに管理されていいわけない毒袋。たぶんこのサイズ、オークも丸呑みする大きさの猛毒カエルだね。爪先程度で致死量だから注意しなよ」
「わぁ、初心者が扱っちゃいけないヤツ……」
「そんなこと言ってられる状況じゃないでしょ。それともここに置いたままにしておく?」
それはいつか事故が起こったとき人が死ぬんじゃないか。
チッカが倉庫を一目見ておっかないと言った理由が分かった。ここ、このレベルのものが乱雑に置かれてるのだ。
そう考えたら、僕らがパアッと使い潰すべきかもしれない。……そんなの王都の錬金術師でもやれない贅沢だな。今からでもグミさん呼ぶべきなんじゃないか。
「他にもいろいろありそうね。探してみましょう。まずは感知の魔術を使うわ」
リルエッタが倉庫の入り口で呪文を唱える。調査の仕方が普段の冒険よりも慎重だ。
とにかく素材は用意できそうだった。僕らの拙い錬金術でも使用できる物が多ければ、明日からはけっこう有利に戦えるかもしれない。




