三つの案
この場にいる全員の視線がウェインに集まっていた。特にサノ、ラミルン、神官さんの三人は期待に満ちた目を向けている。
けれど僕たち冒険者の面々は、みんな微妙な顔だ。みんな普段のウェインを知ってるからあまり期待していない。
そんな視線には気づかずに、ウェインは自信満々に口を開く。
「つまりお前ら、戦いのときにワーって頭に血が上っちまって突っ込んじまうんだろ? 今回の相手にはさすがに相性が悪いが、そういう奴は珍しくねぇさ。だがな、戦争は武器だけでやるもんじゃない。実際に戦う以上に役立つ仕事だってある」
「ほう! それはなんでしょうか?」
「砦を造るんだ!」
……まさかの案だ。冒険者の発想じゃない。ウェインはやっぱり元傭兵なんだな。
「砦っつっても、そう大したもんじゃなくていい。石を積み上げた本格的なもんじゃなくて、木で壁造って堀で囲う程度で十分だ。それでも時間稼ぎくらいにはなるから、そこに大量の蟻を誘き寄せればゆっくり安全にシェイアの火力をぶつけられるってことよ。要は、今やってる作戦をより効……率的? ってやつにしたいんだな。そのための人手となってくれるなら、前線に立ってくれるよりありがたいんじゃねぇか?」
ああ……なるほど。
冒険者は少人数で行動する。だから拠点造りとかは簡単なものになりがちだ。だいたいは雨宿りができる場所を見つけて野宿が普通である。
けれど今回は兎人族との共闘だった。それに僕ら冒険者も人数が多いから、簡単な防衛拠点を造るくらいなら可能なのではないか。
「蟻相手にかい?」
聞いたのはペリドットだった。いつも通りのさわやかな笑顔だ。なんだかちょっと嬉しそうですらある。
「フフン、その辺りを歩いている小さなのを捕まえて手の上に乗せてみればいいんじゃないかな? 堀も壁も平地と同じようにスイスイ降りて登ってくるよ。大した時間稼ぎになるとは思えないな」
「穴掘りも得意っスからねぇ。そんなのすぐに落とされそうっス」
「うまく足止めできても、その砦を囲むように動かれたらむしろ逃げ遅れそうじゃの」
「フフフフフフフフフフフフフフフフ。ですがなかなか面白い案です。その作戦時は、どうか拙僧抜きでお願いしますね」
海猫の旋風団は容赦がないなぁ。
グゥ、とウェインは唸るが、けれど試しに地面の蟻を捕まえて手に乗せてみて、肩を落として黙る。
人間相手ならある程度は有効な作戦だったのかもしれないけれど、蟻だからなぁ。
「しかし、拠点を造るのはいい案のように思えます」
真面目な声でそう言ったのは、神官さんだった。
「現状、我々は蟻がこの里に来ないよう、かなり遠回りな道筋で撒いてからここに帰ってきています。兎人族の脚であればわずかな距離かもしれませんが、人間の速度ではかなりの時間がかかる」
「あ、そうか。蟻が来ないくらいのところに安全な拠点があれば嬉しいね」
「疲労との相談になるけれど、日に三回目の戦闘も視野に入るわね」
神官さんの提案に、僕とリルエッタが頷く。
今日は午前、午後と二度戦闘をしたが、いずれも短時間で終わっていた。ハッキリ言って移動時間の方がはるかに長い。……まあ戦闘なんてそんなものなんだけれど、移動時間を短縮できれば効率的だ。
まあ、シェイアの魔力がどれだけ回復するかによって、戦闘回数は考えなければならないだろうけれど。
「いいですね。では兎人族の人手を拠点作成と防衛に回しましょう。蟻が来ない場所は魔物が残っているかもしれませんから、これも重要な役割だと説得できると思います。……ただ、自分たちはあまり建築が得意ではないんですよね。なので出来には期待しないでください」
それはまあ、兎人族の里の家屋を見れば想像できるかな。
あの集会所で見た土が剥き出しの床は兎獣人の好みなのかもしれないけれど、それを考えないようにしても町の家々を見慣れていると……というか、ニビトイ村と比べてもここの建物は拙く感じるな。
「なら、そこはワシが監修しようかの。建築は専門外じゃが、山小屋くらいならなんとかなるじゃろう」
ダルダンはドワーフの戦士で木工職人だ。こういうときは頼りになる。
どうやら拠点を造る方向で話がまとまりそうだ。砦はダメだったけれど、ウェインの案をきっかけとして方針が決まった形である。だから手の上で蟻を歩かせて遊ぶのはそろそろやめてほしい。
「―――拠点を造るのは決まり? じゃあ、話を替えていい?」
そう口を挟んだのはチッカだ。彼女はこの場のみんなを見回してから、新しい話題を出す。
「治癒術士はたしか心を落ち着かせる魔術を使えたはずだよね。それで兎人族の衝動を抑えることは可能?」
神官職の三人に視線が向く。
治癒魔術については、僕はあまり知らない。魔術の勉強はしているけれど体系が違うし、神官さんにもそれは教えられていない。
ただ心を安らげる治癒魔術は知っている。そんなに難しい術じゃないはずで、ユーネも使えたはずだ。ただ神官は術など使わずとも他者の心安らぐよう努めるべきとかなんとか聞いたことがあって、実際に僕は彼女がその術を使ったところを見たことがない。
「そ……そうですねー……平静にさせることはできるかもしれませんがー」
「博識ですねぇ。ですが、その術を使うときは他の術を使うことができません。兎人族は仲間が傷つけられたときも怒りの衝動に襲われますから、どちらかを優先しなければならない状況に陥りそうで嫌ですな」
「戦闘中に平静を取り戻すと一瞬動きが止まります。蟻がその隙を待ってくれるとは考えにくいですから、それに頼られるのはあまりよろしくありません」
治癒術士たちは三者三様に乗り気ではないようだった。ユーネはたぶん、自分の術の練度で本当に止められるのか不安がっているな。
心を落ち着かせるためだけに術を使うのは、たしかに戦闘時においてはかなり効率が悪い。それでさらなる隙ができるかもしれないなら作戦に組み込みたくはない。
いい案かと思ったけれど、どうやら欠点が大きいようだ。
「ふむ。……ですが我々が衝動に抗えなくなったとき、保険としてでもその術があるとありがたいですね。兎人族が戦うときは、なるべく神官のお三方と同行できるような配置をお願いしたいです」
欠点が大きくてもサノからすればそうなるだろう。
ということは、さっきの組み合わせはもう使えないのか。いや、さっきサノはラミルンを抜けさせようとしていたから、そうなるのなら元々組み直さなければならなかったのだけれど。
「では兎人族たちはしばらく拠点作りをしてもらい、もし戦闘に参加する場合は治癒術士を一緒にするということでいいね。もちろんこの里の防衛も必要だろうし、人員配置はサノ君に任せるよ。―――さて、他はなにかあるかな?」
「質問」
次に声を上げたのはシェイアだった。
このメンバーで町を出発してから思っていたけれど、ウェイン、シェイア、チッカの三人はこういうとき、積極的に意見を言う方だと思う。ウェインはあまり深く考えず、チッカは自分の役割を全うするように、そしてシェイアはしっかりと考慮して。
こういうのも冒険者の資質なのかもしれないと、少し思う。
「キリ、マグナーン、イズス」
彼女が口にしたのは僕の名前と、そしてリルエッタとユーネの家名。
シェイアが視線を向けたのは、まさかの僕たちだった。
「……なにかしら?」
代表してリルエッタが応対した。彼女にとっても意外だったはずだけれど、声は落ち着いている。
はたして……集まる視線に少し緊張を感じながら聞いた、青みがかった銀髪の魔術士の言葉に、僕ら三人は顔を見合わせることとなった。
シェイアは短く、こう聞いてきたのだ。
「錬金術は使える?」




