兎人族の弱点
「さて、今回の反省点だけれど、少々厳しいね。やはり数が多いのは面倒だ。やっぱりだけれど蟻たちがばらけていた分、対応しにくい午後の方が戦闘が厳しかったんじゃないかな?」
全員が集まって、怪我人たちを治癒魔術で治してから一息ついてから、ペリドットがみんなの前に出る。
僕たちは兎人族の里に戻ってきていた。今は里を囲む柵の側で思い思いに身体を休めている。
少し意外だったのは、治癒魔術は神官さんよりもコルクブリズの方が得意そうなことだった。僕の腕もラミルンの脚もけっこう深い傷だったからか、神官さんは自分では治さず彼に治療を頼んだのだ。そして、コルクブリズはなにもなかったかのように治してくれた。
「キリネ君たちのパーティはけっこう危なかったみたいだね」
僕の腕はもう痛まない。けれど、そう言われて思わず右腕をさすった。蟻の顎はノコギリみたいになっていたのか、傷口がズタズタですごく痛かった。
「すみません、オレの判断ミスです」
ヒルティースが手を挙げてそう言った。
「蟻の数と強さを見誤りました。あと、火炎球がもう少しで尽きるはずだったので、その時間までは持ちこたえたいと思ってしまった」
「いや、ワタシが撤退の段階で突っ込んでしまったのが問題だった。すまない。戦いのときは我を忘れてしまうことがある」
ラミルンがヒルティースをかばう。彼女は危ないところをヒルティースに救われたし、そのまま担がれて運ばれたからだろう。
「なるほどね。ということだけれど、どうかなキリネ君、リルエッタ君?」
「ヒルティースが戦おうとしなければキリはあんな酷い怪我はしなかったわ」
即答ぅ。
まあたしかに、ラミルンが突っ込んだのは僕が怪我した後だ。それを考えれば、僕の怪我は彼のせいと言うことはできる。それについて反論はないのか、ヒルティースも目と口を閉ざして受け入れていた。
けれど嫌だな。それがすべてではなかったはずだ。だってきっと、ヒルティースが組んだのがニグだったらああはならなかった。
「いや、僕も前衛なんだから怪我は僕のせいでしょ」
「それはたしかにね。キリネ君が一人であの景色を黒に染める蟻の群を押し返せるほど強ければ、その戦闘はなんにも失敗はなかっただろう」
「そんなもん、ここにいる誰もが無理じゃがのう」
僕の言葉は、ペリドットとダルダンに完全否定された。
「まあぼくが考えるに、初パーティと初の蟻との戦闘で慣れてない部分が出てしまったのが判断ミスの大きな原因だと思う。これは少しずつ慣れるだろうね。……ただ、そういうのではどうしようもない部分もあったように思う。そうだね、ラミルン君」
「…………」
おそらくそれがペリドットの本題なのだろう。
彼はテテニーを間近で見ているからだろうか、朝の時点でサノの様子を見に行ったりと、その可能性を危惧していた。集会所にいた人たちの怪我もそれのせいだって予想していたし、そういえば今日は兎人族の人たちをお休みにしようって言ったのもペリドットだったのではないか。
この青年はきっと、ずっと危惧していたのだ。
「さてどうだろう? 君は慣れる程度で衝動を抑えられるだろうか?」
その問いに、ラミルンは口を閉ざす。代わりに口を開いたのはサノだった。
彼は軽い調子でにこやかに、首を横に振る
「無理ですね。だからこそ里長の自分の判断で、これまで蟻たちに対して攻勢には出ることを禁止していました」
……思い出したのは、あの集会所の怪我人たちだ。前里長を含む老人たち。
もしかしたらあの人たちは、サノの言うことを聞かなかった者たちなのかもしれない。それで案の定あの状態になって、すごく危ない目にあって、でも変なふうに意固地になってるから治癒魔術も受け入れられないみたいな。
「本来、兎獣人は獣人の中でも弱い種族なんですよ」
サノが語ったのは、よくよく考えれば当たり前。
獣の中でも、兎は狩られる側の代表格だ。獣人としてそれに似た特徴を持つ兎獣人が強いはずがない。
だからかつて、彼らは奴隷階級だったのだろう。
「力は弱く、牙も爪も持たず、逃げ足だけは速い。だからとても臆病で、戦いを好まない種族でした。……だからこそ、戦いに向かうには勇気の他に必要とするものがありました。怒りです」
怒り。
さらっと言われたそれは、けれど凄く嫌な予感がした。
「あるでしょう? 不当に見下されたり、無茶な要求をされたり、仲間を傷つけられたりしたら、頭にくること。そういうとき、我々は内からの衝動に抗うことができません。怒りに支配され、その相手を倒さずにはいられなくなる。だからかつての我々の祖先は戦えたし、だからすさまじく数を減らしました。弱者は臆病でなければ生き残れませんからね」
弱者は臆病でなければ生き残れない。……それは、僕にとってはすごくよく分かる話だ。
僕に最初に冒険者の手ほどきをしてくれた人が、まさしくそんな人だった。
「今回の場合ですと、ラミルンはそこのキリネ君が傷つけられたから自制が効かなくなったのではないでしょうか」
サノに視線を向けられて、むう、と呻る。
僕が見たのはシェイアの師匠であるネティエペとテテニーとの戦いと、僕を勘違いで射たときの二例。後者は言わずもがなだけれど、ネティエペとテテニーの戦いのときも、上から目線のネティエペに対してテテニーはイラッとしていたようなフシがあった。
……ということは、ラミルンは僕のために怒ってくれたってことだろうか。それは嬉しくもあり、申し訳ない気もした。
「虫は我々を見下しているわけではありません。森を侵略してきたのは業腹ですが、それも奴らの本能と理解すれば飲み下すこともできます。しかし我々の生活を脅かし、こちらを傷つけてくるのならば話は別です。自分たちは怒りでもってそれに応えてしまう。……これが、多少無理すれば一気に倒してしまえる敵だったら問題なかったのですが」
「無理だろうね。蟻の数は多く、駆除するには何日も戦い続ける必要がある。……そうか、兎獣人はその特性上、長期戦にはまったく向かないのか。君たちは一度怒ると、我を忘れて戦いに跳び込んでしまうから」
「だから、あなた方を呼んだのです。正直、自分は明日からの作戦に、ラミルンを含めた兎人族の勇士を加えたくないくらいですよ」
おそらく、サノは今までかなり苦労してきたのではないか。
兎獣人の特性上、蟻にあまり手出しはできない。けれど蟻は放っておけばどんどん増えるし、里の近くにも来る。自分に従わない者が勝手に戦いに出ることもあっただろう。
「ジブンはやるっスよ。今回は冒険者として来てるっス」
「君のことは心配してない。戦闘経験においては自分より上だろうし、テテニーは自由にしなよ」
「ワタシは……」
「ラミルンは今日、やらかしたばかりだろう?」
やっぱりだけれどサノは徹頭徹尾、里のためを思って判断しているようだ。独善的で独裁的な感はあるが、今のこの窮地において冷静な彼が里長なのは良かったのかもしれない。
「わたくしも彼と同意見です。辺境巡回神官としてしばらく関わってきましたが、兎人族の方々は戦士として危うい。……しかし、同時に戦士として誇り高くもあると感じています。自由を武力で勝ち取った方々だからでしょうか。自分たちで戦って解決したいと思っているのではないですか?」
「難しいところですよね」
神官さんがサノに聞くと、彼は眉根を寄せて困った顔をする。
そうして。
「さて、どうしましょうか? みなさん、いい案はありませんか?」
「それなら俺に案があるぜ」
兎人族の里長がそう言って見回すと、一人が手を挙げる。……全員の視線が、ウェインへと集まる。




