弱い?
槍を構えて駆ける。狙いは頭部についた大きな複眼だ。
僕が走ると同時、蟻は背を向けた。この蟻は偵察だと言っていたから、そもそもマトモに戦うつもりはないらしい。
逃がしてはならない。走る勢いのまま、力いっぱい地面を蹴って跳躍する。ただ、背を向けられたから頭部は狙えない。
だから胴体を狙った。
「やっ!」
上方から、突き刺すのではなく叩きつけるように槍を振るう。棍棒のような使い方。
蟻は関節が嘘みたいに細いし、体表が硬そうだから下手に突いても滑る可能性がある。それならこうして殴った方がいいのではないか。
そう考えての判断は、けっこう良かったらしい。
ゴッ、と硬い音がした。ギィッ、とひび割れたような悲鳴があがる。
当たったのは胴体とお尻の間くらい。体表はやはり硬いけれど、ただ思っていたほどではなくてベコリとへこんだ。
目に見えて逃げようとする蟻の動きが鈍る。僕は槍をクルリと回して構え直すと、その脳天に突き刺した。
「ん、お見事」
パチパチとラミルンが拍手してくれる。僕の槍は蟻の目と目の間を穿ち、顎まで貫いていた。
まだ脚や触角がピクピクと動いているけれど、どうやら問題なく仕留めることができたらしい。すぐに逃げようとして反撃もしてこなかったし、足もそんなに速くはなかった。
ビックリするほどの手応えのなさだ。たぶん、下水道の大ネズミの方が手強いと思う。
「だいぶん弱そうね。これなら、わたしの魔弾でも一撃じゃないかしら」
構えていた短杖を降ろしながらリルエッタが、まだ動く働き蟻を眺める。彼女の魔弾は大ネズミのときも活躍していた。最近は威力も上がってきているらしいから、倒すことは簡単だろう。
蟻はそれくらい弱かった。
「まあ楽勝だな。これならオレたちでも、まとまった数相手に戦えそうだ」
「無理は禁物だけどね」
「わたしたちの役割は前のパーティの逃げ道確保よ。戦いにかまけていつの間にか囲まれました、じゃ格好がつかないわ」
ヒルティースは物足りなそうにするけれど、今ので少し分かった。蟻の厄介さはあの数で、おそらく蟻もそれは分かっている。だからさっきの個体はすぐに逃げだそうとしたのだ。
襲いかかって来るときは、十分な数を揃えたとき―――と、視界の端でなにか動いた。
「あそこ、また一匹!」
僕は新しい蟻を見つけて警告する。少し遠い。群れていないからおそらく偵察。こちらには気づいていない。僕は槍を構え……―――
ガン、と音がして、その蟻に矢が刺さった。
射たのはラミルンだ。お尻の部分に矢が刺さって、さっきのひび割れた悲鳴を上げながら蟻がのたうち回る。
ピクピクと砂色の耳を動かしながら、彼女はさらに矢を番えて放った。今度は頭部に刺さって、蟻が絶命する。
「……数が多ければともかく、少数だとコイツらは音が聞きづらい」
鮮やかに仕留めたのに、ラミルンは言い訳のようなことを言う。
さっき、彼女は耳をすますような様子を見せていた。兎人族は目が悪いとするならば、一射目は身体の中心あたりを狙い、悲鳴を頼りに二射目を放った……という感じだろうか。
一射で決められなかったのが悔しいのだろう。そういえばさっきもだけど、蟻の足音を聞いていない気がする。元々軽いし、多足で体重が分散されるからか足音はあまりたたないのかもしれない。
だとしたら、兎人族とはあまり相性が良くないのだろう。里の近くにくる偵察もそうとう気を遣って対処しているのかもしれない。
あれ? ということはラミルンは群ならともかく、偵察の蟻を見つけるのも苦手なのではないか―――
「キリ、他にはっ?」
僕と同じことを考えたのだろう。リルエッタが僕に警戒を促す。
今は午後。朝に巣穴から出てきた蟻たちはすでに森に散っていて、だから森の中にはどこにでもいる可能性があって。
「そこ!」
「任せろ!」
僕が指さすと、今度はヒルティースが駆ける。
思ってたよりいる。これはマズいかもしれない。
「感知使うわ! 一度周囲を掃除しないと!」
「お願い!」
リルエッタが感知の魔術を使用する。その間に、前方で爆発音がした。シェイアの火炎球だ。向こうはやっと始まったらしい。
今回は連射ですぐに終わるなんてことはないだろう。洪水のように蟻が来るわけじゃないから、魔力温存のためある程度の数までなら前衛に任せるはずだ。
だからその間、僕たちは蟻の偵察を倒しつつ群が来ないようにして、退路を確保し続けなければならない。
「周囲にはいないけど、新しく来たわ! そこと、あっち!」
「僕が行く!」
「遠い方を射る!」
僕らの配置は後方。かなり巣穴からは遠い位置だ。だから油断していた。多いぞ、偵察。
群が大きくなりすぎて餌が足りないからか、だいぶん遠くまで獲物を探しに来ているらしい。
一匹一匹が弱いのはいいけれど、小さいし静かだから見落としそうで厄介だ。しかも偵察は広範囲をバラバラに来る。休む暇がない。
これをずっとやるのか。
「ねぇラミルン。もしかしてこれ、けっこう厳しくない?」
「だから人手が欲しかったのだ」
でなきゃ冒険者なんて呼ばないか。隠れ里だもんね。なるほど納得。
僕は手近な方の蟻を槍で貫いて、すぐさま警戒に移る。感知の魔術は効果範囲が狭いし長続きもしない。僕の眼の方が広い範囲を見られるのは変わりない。
とりあえず蟻は見えない。けれど近くにはいるだろう。ならこちらから探し歩いて、この区画はみんな駆逐するべきか。そんなことを考えたら、耳に爆発音が届いた。
二回目。やっぱり朝よりも間隔が長い。
「ありがたいな。ワタシたちではなかなか攻勢に出られなかった。三人とも、よろしく頼む」
「どういたしまして! クソ、なんとしてでもここは死守するぞ! オレたちが先にへばったら、前にいる人たちに顔向けできない」
ラミルンが弓を引き、ヒルティースが自分で見つけた蟻に突撃しながら答える。
兎人族が手こずるのも分かる。これは思っていた以上に大変な仕事だった。




