迷宮蟻
「どうもお疲れ様ですみなさん。いかがでしたか?」
兎人族の里へ帰るとサノが待っていた。いい笑顔だ。なんだかいい運動したなぁって感じ。
サノはシェイアのパーティと合流して戦っていたはずだ。
僕たちは蟻から逃げるとき、兎人族の里へ誘導してはならないからけっこう遠回りしてきた。彼もそのようにしただろうに、かなり余裕がある。おそらく途中で分かれて、兎人族の足で戻って来たのだろう。
こっちは彼が暴走しないか確認までしに行ったのに、ずいぶんとケロッとした顔をしてるのは、なんだか腑に落ちないけれど。
「いかがもなにも、ぼくたちの方では音でおおまかな状況把握しかできなかったよ」
「それもそうですね。こちらは上々です。まず、このままでは埒が明かないことが分かりました」
「素晴らしい進展だね。それでどうする?」
「休憩を挟み、午後からも討伐へ出るそうです。もっとも、囲まれないようにするなら今回のように纏めて爆破するということはできないでしょうが」
「やらないよりはマシかな」
ペリドットとサノが肩をすくめ合う。とにかく、まずは蟻を減らすしかない。
「それと、シェイアさんが蟻の種類を突き止めてくれました」
「それは良い情報だ。ぜひ聞きたいところだね」
「ええ、なんでも―――」
「迷宮蟻」
後ろから女性の透き通った声が聞こえた。サノがニコリと笑って、僕らの背後へ視線を向ける。
振り向くと、シェイア、ウェイン、ダルダン、コルクブリズ、ラミルンの五人の姿があった。
「迷宮のように巣を造り上げる蟻」
魔物の呼称はそのままの意味だ。それは初めて聞くものだったが、どういうものかは分かる。
「本来なら巣穴の幅や高さは、せいぜい大きめの犬が通れる程度。けれど確認した戦士職は人よりも大きかった」
蟻は遺跡の豊富な魔力によって大きくなっている。蟻の魔物は魔力を強い個体に集中する。迷宮蟻は、巣穴を迷宮化する。
「女王は迷宮の深奥にいる」
「つまり、女王蟻を倒すためには蟻の巣の迷宮をクリアしなければならないわけだね。それは、今回の蟻が大きくて逆にありがたいかもしれないな。人が入れる広さに巣を整えていてくれるかもしれない」
ペリドットはウンウンと頷いてそう言う。……たしかに、それはそうなのだけれど。けれどそれで強くなっているのではないか。
「それで、迷宮蟻は巣穴の出入り口をたくさん作るのかい?」
「作る」
シェイアはそう断言した。そして。
「おそらく、遺跡の出入り口はもっとも警戒される。女王討伐の際は別の場所から入るべき」
「それで、巣穴の出入り口を見つけなきゃならないんだな?」
「うん。蟻が減ったら女王を守るために護りを固めるかもしれないから、別のところから入りたいんだって。それとどちらにしろ蟻が出てくる場所を見つけておかないと、蟻を減らす段階でも危ないからね」
ヒルティースの質問に僕はそう答える。ほとんどシェイアの受け売りだ。まあ、口数少ない彼女の言葉はちゃんと補足できたと思う。
午後になって僕らは、戦闘班と探索班に分かれてまた森に来ていた。それも、まさかの四パーティだ。
働き蟻なら一匹一匹は決して強くないから、少数を相手にするなら人数を分けても大丈夫という判断らしい。……もっとも、僕らは遭遇していないからよく分からないけれど。
このパーティはヒルティース、僕、ラミルン、リルエッタ。
基本的には午前中と一緒。戦闘するメインパーティの周囲を警戒し、囲まれないようにしながら逃走経路を確保する役目。
そのついでに、できれば巣穴の他の出入り口を探す。
「でも朝一番ならともかく、今の時間だとその出入り口も使われてるんじゃないかしら? けっこうまとまっているかもしれないけれど、わたしたちでなんとかできる?」
「さすがに遺跡周りよりは少ないだろ。殲滅できそうだったらするし、できなかったら前に警告して逃げればいい。なんにしろ今日はお試しだ。オレは無理する気はないぞ」
「それでいいだろう。ワタシの仲間たちがいないときに張り切る必要はない」
リルエッタの疑問にヒルティースが答えて、ラミルンが同意した。
今日は兎人族の人たちは休んでもらっている。それなのに張り切りすぎて、明日に響いたら馬鹿馬鹿しい。
「で、とりあえず最優先は警戒と前線で戦うパーティの逃走経路確保なんだけどさ」
僕は三人に向かって、まずは優先順位を確認する。巣穴の出入り口は早く見つけられたらいいけれど、そんなに急がないでいい。
とにかく今日は、全員が無事に帰ることを目標にする。……のだけれど。
「あそこにいるの、蟻かな?」
僕が指さすと、三人がいっせいにそちらを向く。そこには大きな蟻がいた。もう本当にそれくらいしかいいようがない外観だ。
身体は以前、下水道にいた大ネズミほどだろうか。猫よりも二回りくらい大きい、黒い蟻だ。関節が異様に細い六本足で、大きな複眼があって、触角が鎌のようになっている。横に開く牙は見るだけで恐い。
そいつが、一匹。
「蟻ね」
「どう見ても蟻だな」
「偵察だな。逃がすと大量にやってくる」
ラミルンが弓を構える。偵察個体は少数で行動するんだったか。
「待って。僕がやる」
弓を引く兎人族を制止して、僕は槍を手に前へ出た。せっかく一匹だけなのだ。強さを知っておくには絶好の好機だろう。
今回のパーティで一番弱い前衛の僕でも倒せるかどうかが分かれば、これからの方針が立てやすいし。
僕が一人だけで前に出ると、蟻は警戒したように六本の足で地面に踏ん張る。威嚇のように鎌のような触角がしきりに動く。
突撃の準備だろうか。それとも隙を見て逃げようとしているのか。虫型の魔物は表情がよく分からない。
「とにかく、逃がしちゃいけないんだよね」
なら速攻だ。あの体躯で人が通れない、狭い場所に逃げ込まれたら厄介だ。
だから走って、槍を振るって、倒す。作戦とすらいえないけど、虫型の魔物と戦うのは初めてだからこれくらいしか思いつかない。
鋭く息を吸って、駆ける。




