詠唱速度
「キリネ君は本当に目がいいんだね」
走りながら、ペリドットはそんなことを話しかけてきた。
さっきサノの様子を見たことだろうか。それか、以前一緒にケルピー狩りに行ったときのことを覚えていたのかもしれない。
「薬草採取のとき、彼に勝てたことはないわ」
リルエッタは少し悔しそうに言う。
彼女は負けず嫌いだから、薬草採取のときはけっこう本気で勝負してくる。以前熱くなったときは、感知の魔術まで使われたほどだ。さすがに術を発動しっぱなしだとすぐに魔力が切れてしまって、魔力枯渇で気絶しそうになっていたけれど。
あのときはユーネに叱られるリルエッタという珍しいものが見れた。
「それは素晴らしい。そうか、さすがムジナ翁の弟子だね」
ムジナ爺さんに教えてもらったのは、今からするとほんの短い時間だった。けれど、弟子って言われるとなんだか嬉しい。
「実はテテニーは、耳はいいけれど目はあまり良くないんだ」
「えっ?」
それはかなり意外だった。テテニーは野外斥候だ。弓使いでもある。
だから当然、目もいいと思っていたのだけれど。
「あんまり遠くは見えないっスね。でも動くものは見えるっスよ。あと、音がすれば方向と距離は分かるっス」
そういえば、ペガサスで偵察するときも嫌がってたっけ。
空は逃げ場所がないからって理由だったけれど、それとは別に耳で斥候やってるから空を飛んでも役に立たないとも言っていた。あれは本当だったようだ。
動くもの、音がした方向か。ただの的を遠くから弓で狙撃しろ、というのが苦手な感じだろう。彼女が持っているのが短弓なのは、パーティの近くで速射する戦い方が主だからかもしれない。
そういえば、ラミルンやサノが持っていたのも短弓だ。目が悪いのは種族的なものなのかもしれない。
「だから、キリネ君には期待しているよ。もし地面に蟻の出入り口があったら教えてくれないか」
なるほど。テテニーは動くものを見つけるのは得意だけど、逆に言えば動かないものを見つけるのは苦手らしい。蟻の出入り口があれば、そこから出てきた蟻がシェイアたちの方に向かう可能性がある。それは回り込まれて囲まれるのと変わらない。
だから僕を彼女と一緒のパーティにしたのか。もう一方のパーティであるチッカはハーフリングだから人よりも目がいいくらいだし、そういう弱点はない。
そうか、僕でも役に立てることはあるのか。
蟻は、一つの巣に一つしか出入り口を持たない種類が多いらしい。けれど種によっては出入り口を多数作るものもいて、今回の魔物はその可能性があった。
ただ僕らは、まだ誰も蟻を近くで見ていない。だから蟻の種の特定まではできていなかった。とりあえず聞いた特徴から、そういうことをする種なのではないかと推測しているだけ。この辺りに住んでいる兎人族もまだ見つけていないのだから、遺跡の出入り口の他にない可能性が高い。
しかし、どうだろう。兎人族は目が悪いと聞いたし、いくら耳が良くても地中の蟻の足音は聞き取れないのではないか。であれば見落としているかもしれない。
あるかどうかは分からないけれど、探しておくべきだ。
探す。
それは得意だと思う。薬草採取でいつもやっている。最初のころ、僕はそれだけしかできなかった。
探索に必要なのはなにか。それは視野を広く持つこと。
歩いている道の脇に探し物があれば誰でも分かる。そんなのは他の人たちに任せておけばいい。僕に求められているのは、普通では気づかない場所だ。
注視するのではない。視界の端から端まで、すべてを認識する。
森の植生、木々の並び、枯れ葉の落ち方、生した苔が削れた形、転がった石についた土の様子まで。ざっと見て記憶し、脳内で把握し、その中から違和感を覚える場所を頭の隅に残しておく。それを歩きながら、一つ一つ確認していく。
ずっとやってきたことだ。息をするようにできる。
「うーん……なさそう」
まあそもそも、ないものは見つけられないんだけれど。
僕は死角になっている大きな岩の陰を覗き込み、呟く。いくら僕が探索を得意としていても、ないものはない。そもそもここはもう蟻の巣からかなり離れているのに、わざわざ長距離を掘って出入り口など作るのだろうか? というか仮に穴を見つけたとして、他の獣の巣穴とどう判別したらいいのだろうか。
そんなことを考えていると、ドォン、と爆発音が鳴った。どうやら蟻がシェイアの元まで辿り着いたらしい。
「始まったね」
「間に合って良かったわ」
僕らはメインパーティの右翼を警戒する役割だった。こちらに蟻が来たらすぐに撤退の合図を送るのが仕事だ。僕らは当初の配置の場所まで戻って来ていた。
リルエッタはホッと安堵の息を吐いたが、蟻の全速力は人が走る速度よりも遅いらしい。けっこう余裕をもって戻ってこられて、僕は軽くだけれど周囲の怪しい場所を確認する時間すらあった。
また爆発音。
どうやらサノはちゃんと誘導したらしい。作戦は順調のようだ。そして、今のところこちら側に蟻は来ていない。
爆発音が鳴った。連続だ。そりゃあ、あの数の蟻を焼き払うなら何発も撃ち込む必要があるだろう。
「どんな詠唱速度してるのよ、あの女……」
リルエッタが形のいい唇を歪める。たしかに間隔が短い。僕も魔術は勉強してるから少しは分かるが、火炎球はけっこう難しい魔術のはず。
だからもっと時間がかかると思うが……もしかして、詠唱短縮してる? ものすごい高等技術だけど
さらに爆発音。
「四回ー!」
ユーネが声を出して数える。
シェイアはかなり魔力が多い方らしいけれど、無尽蔵ではない。そして火炎球の魔力消費は大きい。
撃てる回数は決まっているし、その限度に達したらそこで撤退だ。
爆発音。
「蟻の数がすっごい多いみたいっスね。これは……思っていたより早く引き上げることになりそうっス」
テテニーが耳をペタンとさせる。それで、シェイアが火炎球にこだわった理由が分かった。
広範囲を高火力で吹き飛ばす必要があるのだ。あの大地を黒く染めるような数は、それこそ津波を相手にするようなものだ。何撃入れようが勢いは止まるはずはないのだから、吹き飛ばした範囲分しか詠唱時間が稼げない。中途半端なことをしていてはすぐに飲み込まれてしまう。
だからおそらく、この詠唱速度も彼女の全力。
爆発音は最後まで同じ間隔で、ユーネのカウントが限度に達するまでは本当にすぐで。
「よし、撤退!」
僕らはペリドットの号令で、決めていた経路を走る。
もしかしなくても……僕らはコレを繰り返すのだろう。途方もなく何度でも、蟻がいなくなるまで。




