作戦開始
翌朝は日が昇る前に動いた。
この作戦は蟻が巣から出てくる前に配置につかなければ成立しない。四方に散った後に誘導しようとすると、群全体が動いた場合は自然と囲まれる形になってしまうからだ。いくら今回の主力クラスが揃っているといっても、あの数に囲まれたら危険だろう。
なるべくシェイアの元へ、遺跡の出入り口から一直線に誘導しなければならない。そのためには、まだ暗い時間から待っておくべきだ。特に誘導役のサノは絶対である。
そして僕らはシェイアたちの周囲を警戒する役割だ。
もし回り込まれそうだったり、別の穴から蟻が出てきたりするのを発見したら、敵の足止めをしつつ大声でそれを伝える。あちらには兎人族のラミルンがいるから、かなり離れていても声は届くはず。
おそらくだけれど、蟻があれだけいるなら遅かれ早かれそういう事態にはなるだろう。つまり撤退のタイミングは絶対に間違えられない大切な仕事だ。サポート的な役割ではないけれど、全力で当たらなければならない。
「さて! ではサノ君の英雄っぷりを野次馬しに行こうか!」
全力で当たらなければならないんだけどなぁ!
「あのね、たしかに海猫の旋風団のリーダーである貴方がこの臨時パーティでもリーダーを務めるのは当然だと思うわ。けれどいきなり職務放棄は許容できないわよ」
「そうですよー。いったいなにを考えてるんですかー」
リルエッタもユーネもさすがに怒っている。僕らが手を抜いた分だけメインのパーティが危険になるのだ。真面目な二人にとっては見過ごせないだろう。
「いや違うっスよ。リーダーは里長を心配してくれてるんス」
テテニーがフォローするけれど、だったら野次馬しに行くなんて言わないでほしい。というかペリドット、半分くらいは本気で見に行きたいだけな気がする。
僕らの臨時パーティはペリドット、テテニー、リルエッタ、ユーネ、そして僕の五人で構成されていた。
海猫の旋風団は半分だけれど、僕らは三人ともいる。シェイアのパーティに強い人を多く配置したからだけれど、この方が連携は取りやすいだろう。
「フフン、兎獣人は戦いになると周りが見えなくなるからね。おそらくだけれど、あの集会所の怪我人たちも蟻の群に突っ込んだんだと思うよ」
ああ、そうか。兎獣人って囮に向かないんだ。
以前テテニーがそうなったように、ラミルンが僕に矢を放ったときのように、兎獣人は戦いになると人が変わる。サノがああなってしまったらさすがにマズいのか。
僕らは顔を見合わせると、少し遠回り気味に遺跡の近くへ向かう。
まだ日は顔を出さないけれど、東の空はだんだんと白んできていた。夕方よりも空が白くて、僕はこっちの景色の方が好きだった。
虫はいったいどれくらいの時間から動き始めるのだろうか。
思えばたまに遠出するときとか、普通の蟻だと夜でも動いていて野営のとき身体に登ってきたりもしたから、今回の魔物が夜になると巣に戻るのは少し不思議だ。けれどそういう性質があるのは事実だから、そこは利用するべきだ。
「よい……しょっと」
遺跡の近くに回り込んで、僕は高い木に登った。高所から様子を眺める。
これなら森を上から見渡せる。
「すごいねキリネ君。よくそんな高い木に登れるね」
「キリ君は木登りが得意なんですよー」
ペリドットがけっこう本気で感心していて、ユーネが自分が褒められたかのように得意気になっているのが、なんだか面白い。
森は上からでも枝葉が邪魔で視界が悪いけれど、蟻の巣穴の周囲は木々が枯れているから見通しはいい。
まだ蟻は動き出していないようだ。サノの姿も見えないが、兎獣人の足の速さならとっくに配置についているはず。どこか死角にいるのだろう。地面を埋め尽くす蟻はいないけれど、ここからだと遺跡の入り口も見えなかった。
「どうだい、キリネ君?」
「とりあえず、まだ始まっていないみたいです」
下からペリドットが聞いてきて、僕は視線をそのままに答える。
目を凝らしているとやがて日が昇ってきて、黒が染み出すようにして蟻が出てきた。昨日見た通りの悍ましい数だ。思わず絶望しかける、波打つ夜の海のような黒の蠢き。
―――そこへ、矢が射られる。
「始まった!」
一匹が矢に貫かれて、蟻の群全体が一方向へ大きな複眼を向ける。そこに、兎人族里長の姿が見えた。
さらに矢が放たれる。連続で放たれた三本の矢はそれぞれ別の蟻を貫いて、蟻が洪水のようにサノへ殺到する。
それでも、兎人族の里長は弓に矢を番えた。矢を放つ。蟻が一匹倒れる。でもそんなの気にもしないかのように、すさまじい量の蟻は一切速度を落とさない。
「サノが逃げない!」
また矢筒に手を伸ばした兎人族の男を見て、僕は下へ叫ぶ。
すでにサノと蟻の距離は五歩もない。とっくに蟻は彼を認識して殺到しているのに、もう逃げてもいいのに、彼はその場からまったく動かず矢を放つ。
ペリドットが駆け出そうとする。リルエッタ、ユーネもそれを追おうとした。
「大丈夫っスよ。ジブンたちでもさすがにあんなの、やるだけ無駄って分かるっス」
けれどテテニーがそう言ったとおり、サノは跳びかかって来た蟻をからかうように避けると、そのまま背を向けて撤退する。
駆ける速度は蟻とほぼ同じくらい。けれどその動きには余裕があるから、まだまだ全然速く走れるのだろう。
あれだけ引き付けたのは足に自信があるからこそか。そこまでする必要なかっただろうに。兎人族の特性も相まって、心臓に悪いからやめてほしいんだけど。
「サノが逃げ始めた!」
僕の報告に、駆け出そうとした三人の足が止まった。
思えば、テテニーは最初から心配してなかったと思う。同じ兎人族だからこそ、歯止めが利かなくなる条件が分かっていたのだろうか。
とにかく、蟻の群はサノを追い始めた。……作戦開始だ。




