英雄の名
「そりゃ、遺跡が崩壊したらお宝は潰れちまうだろうけどよ。そんなこと言ってる場合じゃない数だったぞ。巣ごと潰しちまえばいいんじゃねぇか?」
ウェインはあぐらで座って膝に肘を置き、頬杖をする。僕も実際に見てきたし、頷いてしまいそうだ。あれはやり方を選んでられる状況じゃないと思う。
けれど、たぶんそれはダメだ。僕も言われて初めて気づいた。
「遺跡の上層が崩壊しても、女王蟻は深いところにいるだろうから死なないだろうし、生き残った蟻は穴を掘って這い出てくると思う。でも人の出入り口はなくなっちゃうから、女王蟻討伐が難しくなる……かも?」
「チビの言うとおりだ。遺跡の宝物のこともあるけれど、蟻の根絶には女王蟻を叩くのが必須でしょ」
チッカが得意なのは遺跡探索。おそらくヒリエンカの冒険者の中で最も遺跡探索に精通しているのがこの赤髪のハーフリングだろう。
そんな彼女だから、目先の蟻の大群のことよりも遺跡攻略の方に目が向いているのだろう。
「依頼達成のために、ぼくたちは女王蟻を討伐しなければならない。地盤が崩れて女王蟻が潰れてくれれば嬉しいけれど、生死を確認するためには瓦礫の撤去から始めなければならないからね。たしかにそれは面倒だし、蟻の縄張りのど真ん中での作業になるから危険だよ。あまりやりたくはないね。他に使える範囲攻撃魔術はないのかい?」
あれだけの数が蠢いていたのだ。巣が潰れても全滅はしないだろう。どこから蟻が出てくるか分からない中を、瓦礫の撤去するのは絶対にやりたくない。
そんなの、常に敵に囲まれているようなものじゃないか。
「あるにはある」
シェイアは瞼を伏せて答えた。どうやら火炎球の他にも、範囲攻撃できる魔術はあるらしい。
「けれど、火炎球が一番効率的」
……魔力効率の話だろうか。火炎球ほど広範囲を巻き込めなかったり、回数を撃てなかったりするのだろう。
シェイアもあの数を見ているから、できれば一番効率のいい魔術を選択したいのかもしれない。
ううむ。どうしたものか。
「えっと……蟻の巣の周りの木々が枯れてたんだけど、葉っぱを食べてるんじゃなきゃ、巣穴を広げるときに根っこを囓られてるんじゃないかと思うんだよね」
「ああー、それユーネも見ました。そうです。その範囲より外でならー、すぐ下に巣穴が広がっていないかもしれませんー」
「それならワタシも見ている。たしかに、遺跡の近くだけ木が枯れていたな」
僕の言いたいことをユーネが察して説明してくれる。ラミルンも頷いてくれた。まあ枯れ木の範囲以外なら大丈夫って確証はないんだけれど、少なくとも出入り口のすぐ近くでやるよりは遺跡への影響は少なくなると思う。
ちなみにウェイン、ニグ、ヒルティースは腕を組んで眉をひそめていた。木のことは覚えていないらしい。
「いいかしら。わたしは火炎球だけじゃなく、遺跡の近くで魔術を撃つのを反対するわ。蟻の知能がどれほどかは分からないけれど、危ない場所は避ける程度の学習能力はあってもおかしくないもの。遺跡の出入り口を利用しなくなったら、別のところから外へ出ようとするかもしれない。それは面倒なことになりかねないでしょう?」
「それは困りますね。出入り口が変わると、気づくのが遅れれば里が危険に晒される」
リルエッタは蟻の行動が予想できなくなる可能性を危惧しているようで、里長のサノがそれに渋い顔を見せる。
今日見てきたかぎりでは、蟻たちが主に使用しているのは遺跡の出入り口だろうと思う。……まあ、あまりに蟻の数がすごくてその入り口自体は見えなかったのだけれど。
けれど魔術を撃ち込むことによってそこを使わなくなれば、他の出入り口を探すことから始めることになりかねない。それは、たしかに面倒ではある。
「なら、枯れ木の範囲の外で殲滅する」
どうやら慎重派の懸念はシェイアに伝わったようだ。……シェイアだし反論するのが面倒だった可能性もあるけれど、まあ方針が決まったのはいいことだろう。
「じゃが、巣の入り口から距離があると、蟻はばらけてしまうじゃろう。まとめて一網打尽というわけにはいかぬのではないか?」
ダルダンが豊かな髭をさする。
あの木が枯れていた一帯の範囲はわりと広かった。入り口の近くならば地面が見えないほど蠢いていたが、あそこから餌を求め散らばるだろうから、まとめて燃やすということは難しくなる。
たしかに範囲魔術は、巣を離れるほど効率は悪くなるだろう。
「では、それは自分がなんとかしましょう」
そう声をあげて立ち上がったのは、冒険者ではなかった。
兎人族里長のサノだ。
「奴らは近くに寄って攻撃すれば殺到してきます。まあ寄るだけでも獲物と見て寄ってきますから、誘導するだけなら兎人族の足があれば難しくはありません」
いや……里長って里で一番偉い人じゃないのだろうか。そんな人が囮役をやるのっていいの?
そんな疑問を抱いたのは僕だけではないようで、若き里長にいくつもの視線が向かう。
「さすがです。サノの名は兎人族の英雄のもの。継ぐ者はもっとも強く、勇敢でなければなりません」
神官さんの声は、夜の風に乗るようによく通った。
「だから本当はやりたくなかったんスよね、里長」
「里長決めの儀も本気で嫌そうだったからな」
さらにテテニーとラミルンが茶化すと、サノは分かりやすく口を歪める。
サノ、苦労人ではあるんだな。あんまり人の気持ちとか分からない人ではあるけれど、行動で示す人ではあるらしい。
神官さんもそういうところあるから、けっこう似てる師弟なのかもしれない。
「サノの英雄譚は幼少の頃から聞いてきましたからね。その名を継いだ以上、恥じぬよう頑張りますよ。それで、作戦には兎人族の勇士たちも参加させたいと思いますが、なにをさせますか?」
サノが問いかける。僕たちは兎人族の助けに来たけれど、全部やれという内容ではない。あくまで救援、共闘だ。だから彼らも戦うのは当然。……なのだけれど。
ペリドットは首を横に振った。
「連日の戦いで君たちは疲れているだろう。明日くらいは休んでもらった方が、ぼくたちが来たかいがあるってものサ。休めるときに英気を養うのも戦士の仕事だし、休養日にするといいんじゃないかな」
「なるほど、それはたしかに助かりますね。では里の近辺の見張りをする数名を除いて、休養と伝えておきます。……ただしそれなら明日は総戦力ではないことを踏まえて、決して無理しないようお願いします」
たぶん、最初はここにいる者たちだけで連携を確かめたいんだな。
人手として兎人族の勇士たちがいてくれるのは頼もしいけれど、一回シェイアを軸にする作戦をやってみて立ち回りを知ってからの方が、兎人族を含めた作戦を立てやすい。
「そうだね。では明日は、この作戦が有効かどうか確かめることを目標として設定しよう。シェイア君のパーティ以外は逃げ道の確保がメインの仕事になるから、そのつもりでパーティを分けようじゃないか」




