偵察
「よーし来たな、問題の遺跡を見に行くぞ」
僕らが集会所を出ると、入れ違いのように神官さんとコルクブリズが入って行って、けれど中の様子を覗く暇なくウェインが伸びをする。欠伸まじりの声だ。暇だったかぁ。
「とりあえず俺とニグとヒルティースは確定だ。それとラミルンだったか? 道案内に来てくれ。あとは自由参加で行きたい奴だ」
ああ、ラミルンがいないと場所が分からないから待ってたのか。でなきゃとっくに行ってただろう。
「ペリドットたちは行かないの?」
「フフン、奮闘中のコルクブリズを置いて行けるものかね。テテニーも戻っていないし、ぼくとダルダンは居残りするよ」
「ま、泊まれる場所などの話もサノ殿と詰める必要があるからのう。全員で待つ必要はないが、何人かは残った方がいいじゃろうて」
ペリドットとダルダンは待機のようで、馬のメルセティノの背から一度荷物を降ろしてやっている。そういえば、テテニーとチッカもまだ戻っていないらしい。
里長のサノは神官さんとコルクブリズと共にまだ集会所の中だ。たしかにこれからどうするにしても、彼を待たねばならないだろう。
「それならわたしは残るわ。さすがに少し疲れたし、足手まといになりたくはないもの」
リルエッタは残るらしい。四日かけてここまで歩いてきたのだから疲れているのは当然だろうけれど、それはそれとしてたぶん、交渉ごとでなにか役に立てるのではないかとも考えているのではないか。
「なら、私は行く」
意外にもシェイアは行くようだった。今回は偵察だけだろうし、彼女は面倒くさがりなところがあるから行かないと思ったのだけれど。
「ユーネも行きますねー。なにがあるか分かりませんしー」
どうやらユーネも行くみたいだ。彼女はこの一年でずいぶん体力がついたと思う。
……じゃあ、僕はどうしよう。神官さんを待ちたい気持ちもあるけれど、まだ動けないほど疲れてはいなかった。
だから、うん。
「僕も行くよ」
斥候役としては、早めに地形とかを把握しておいた方がいいだろう。神官さんと話したいとも思うけれど、それを理由に残ったとしても神官さんに合わせる顔はない。
話すのはできることをやってからでいい。神官さんがこの里でずっとやってきたように。
件の遺跡は里の西にあった。
「蟻は巣の近くにたくさんいるが、よく遠出をする」
道中、ラミルンはそう説明した。
思っていたよりも遠い。里に辿り着いたのが昼過ぎだったから、そろそろ日が暮れそうだ。本当に見るだけで帰ることになりそうである。
「遠出は蟻らしく一列で、餌を求めてだ。まず一匹が偵察し、餌があれば他の蟻もわらわらとやって来る。この辺りの餌はあらかた食べ尽くしたのか最近はその頻度が多くてな。以前、里の近くに来たときはなんとか撃退して、それ以降は偵察の蟻を通さないようにして対処している」
説明に、蟻が大勢集まって、大きな餌を一生懸命運んでる姿が思い浮かぶ。もっとも僕が想像してるほど小さいものではないだろう。
「放っておくと増えるばかりなので数を減らすため積極的に狩ってもいるのだが、群を刺激すると一斉に襲いかかって来るから厄介だ。しかも中には強い奴もいる」
「戦士職って奴だね」
「だから群を離れて行動してる偵察以外にはあまり手を出せない状況でな。正直、困っている」
あの怪我した人たちは一斉に襲いかかって来た蟻にやられたか、もしくは戦士職の蟻にやられたのだろう。
僕らは丘を登っていた。遺跡は高台から見下ろせるらしく、逆にその場所より先は危険らしい。夜になる前に帰りたいので、早足で向かう。
「うおお、こりゃスゲぇ」
「うわ、なんだこりゃ」
「おぞましいな……」
「…………」
ラミルンに案内された丘の頂上で、ウェインが呻る。続いてニグ、ヒルティースも見下ろして眉をしかめた。シェイアは無言で目を細めている。
少し遅れて、僕とユーネも追いつく。隊列が後ろだったのもあるけれど、単純にペースが速かった。軽く息を整えて、眼下に広がる光景を見る。
景色が、蠢めく黒で覆い尽くされていた。
蟻たちは木々の葉まで食べるのだろうか、それとも巣作りで根っこを噛みちぎっているのか、けっこう広い範囲の木々が枯れてしまっていた。その痛々しく枯れた白い枝の間を大量の黒い蟻が蠢いている。
なんだこの量は。この森がすべて食い尽くされてしまうのではないか。頻繁に遠出するというのも分かる。この近くにはもう餌なんて残っていないだろう。
「蟻は夜、巣に戻る。だからこの時間は特に集まっている……が、ワタシが最後に見たときはここまでではなかった」
ラミルンも驚いている。彼女が前に見たのはだいたい六日前だろうか。そのときより多い?
「巣の幼虫が成虫になった」
シェイアの予想はたぶん当たっているのだろう。蟻は増えているし、巣にまだ幼虫や卵があるならこれからも増えるのではないか。
ゴクリ、と生唾を飲み込む。兎人族が狩る分だけでは全然足りていないのだ。
「数に対して、明らかに土地の餌が枯れている。このままだと大移動する可能性もある。魔力の薄い場所でこの規模の群は保てないだろうけれど」
「それは兎人族の里とか人間の村とか食い潰しながら、森中に広がっちまうってことか?」
「ウェインのくせに正解」
なんだか、ゴブリンの大群の時と同じ感じだ。どちらかというと今回の方がより厳しいのではないか。
「あれ、どうするんですかー……?」
ユーネが蒼い顔で声を震わせる。あれだけの数はちょっとどうしようもないのではないか……。
と、思ったけれど。
「燃す」
シェイアは端的に、簡潔に作戦を決定した。
そうか、ゴブリンの時と同じか。たぶんシェイアはそれができるか確認しについてきたのだ。
そりゃあこれだけ的がまとまっていれば、範囲魔術は効果的だろう。




