ガルブ一家の拠点だった場所で
「自分たちはムジナという人に憧れて冒険者になったんです」
一人で調査するというキリと別れ、わたしたちは町の北側へと赴いていた。
ヒリエンカは港町だからか南側に建物が集中していて、北側は少し閑散としている傾向にある。下水道が通っている一等地ならともかく、そこから外れると本当に家屋はまばらになっていく。
だからアニアが北へと案内しようとしたときは、少し意外だった。裏組織が根城にしそうな裏通りと言えば、ゴチャゴチャとした裏通りだというイメージがあった。
「ガルブ一家を一網打尽にし違法奴隷たちを救ってくれた冒険者たちのリーダーが、西側のムジナという老冒険者だと聞きました。なので冒険者になるとき、自分たちは東側ではなく西側を選んだのです。残念ながら会うことはできませんでしたが……」
ヒリエンカの北側には麦畑があった。農作物の大半を周辺の村々から仕入れているこの町だが、古くから住む者の中には農業を営む者もいなくはない。ただし土は痩せているようで、採れるのはライ麦や芋などの育てやすい作物ばかりだそうだから、あまり人気がない職種だった。
事実、農業を辞めて港で仕事を求める者も多いらしく、元は畑であったのだろう空き地も目につく。
「ムジナという名前は聞いたことがあるわ。なんでもキリに冒険の手ほどきをしていたらしいわね。会ったことはないから詳しくは知らないけれど」
「ええっ、そうなんですか? それは昨日のうちに話を聞いておけばよかった!」
ヨハキンは悔しがるけれど、仮にキリが話したとして、彼が期待している話が聞けるかどうかは怪しいものだと思う。
ムジナという冒険者は、わたしとユーネが冒険者になる前に都へ行ったと聞いたことがある。……けれど、ガルブ一家が壊滅したのはわたしが冒険者になった後のことだ。
ガルブ一家の件は海猫の旋風団とあの三人が解決したというのは、暴れケルピーの尾びれ亭の冒険者にとっては周知の事実。けれど市井に向けて発表されたそのムジナという冒険者については、なんというか、本当によく分からない人物なのである。
曰く、永遠のFランク。
曰く、薬草採取の達人。
曰く、伝説の皮肉屋。
曰く、ギャンブルカス。
曰く、腰抜けムジナ。
わたしも気になって聞いて回ったことがあるのだが、知れば知るほど意味が分からない。暴れケルピーの尾びれ亭の者たちは決まって、そんなおよそ冒険者として不名誉な二つ名ばかりを口にし懐かしそうに酒をあおるのが常だった。
何十年も冒険者をやっていた大ベテランだという話だったが、それでFランクというのはハッキリ言って嘘だろう。その内に皆にからかわれているのだと悟って、あまり気にしないようにしていた名前である。
そのムジナ氏がどのようにガルブ一家一掃の件に関わっているかも不明だけれど、まあその人物に憧れているらしい二人の前で妙なことは口にすまい。わたしのように興味本位ではなく、自分たちを救ったとされる恩人について本気で知りたがる者たちに対してならば、本当のことを教えてくれる者だっているだろう。
「なるほどー、西側を選んだのはそのためだったんですねー」
「そうです。冒険者になるのなら絶対にこちら側だと、アニアと二人で話し合ったんですよ」
そのアニアは、わたしたちの前を歩いていた。畑や空き地の多い見晴らしのいい道を、たまに立ち止まってキョロキョロしながら進んで行く。
どうにも不慣れな案内だ。本当に場所を知っているのか不安になる。
「アニア、目的地はこちらでいいのかしら?」
「あ、はい。すみません、そこまで何度も通ったわけではないので……」
「そう。まあ、違法奴隷という立場だったのですものね。ほとんど連行という形で連れられたのでしょうし、道をはっきり覚えていなくてもしかたがないわ。ゆっくりでいいから思い出しながら行きましょう。建物の特徴とか、近くに何か目印になるものがあったりとかすれば、わたしたちも探せるけれど」
「いえ、大丈夫です。分かります! ……たぶん」
彼女の経歴を考えれば、むしろ道筋を正確に覚えている方がおかしい気もするのだけれど……。
「ヨハキン。貴方はさっきからついて行っているだけだけれど、道は覚えていないのかしら?」
「自分はずっと廃村と畑にいましたから、その場所を知りません。逆にアニアは廃村と畑の方にはいませんでした。彼女は自分たち違法奴隷の中でも特別だったらしいんですよね。廃村で造った薬の品質をさらに上げる加工をするなど、難しい仕事を任されていたとのことです」
どちらかといえば記憶力がいいのはヨハキンだろう。そう思って尋ねてみたが、どうやら知らないらしい。というか、アニアは町中で仕事させられていたのか。
そういえばあの廃村に入るとき、震えるヨハキンの背をアニアが励ますように叩いていた。あれを見たときは気丈な子だと思ったものだが、そもそもあの廃村にあまりトラウマがないのだろう。
他に手立てはなく、わたしたちはアニアについて行く。頼りないが、時折覚えている風景を見つけて駆け寄る姿を見れば迷ってはいないらしい。
歩みがゆっくりならば風景を眺める余裕も出てくるものだ。畑と荒れ地とまばらな家屋の景色だが、こういうのどかなのも存外に悪くはない。遠くには町を囲う壁も見える。
おそらくこの辺りにあるというガルブ一家の拠点は、辞めた農家の空き家だったのではないか。本拠点は兵士たちも知っているだろうし、人目を考えたらあまり悪いことはできないはず。こういう周りになにもない場所なら違法奴隷も使いやすいだろうし。
「あ、ありました! あそこです、あの建物!」
わたしがそんなことを考えていると、目的地を見つけて喜ぶ声が前方から聞こえてきた。どうやら予想は当たっていたようで、素朴なたたずまいのそれはいかにも元々は農家ですという感じの空き家だ。
「ふぅん、荒れているけれど庭が広いわね。周りもこの家の畑だったのかしら」
わたしはまずその家の前から立地を観察する。
周囲を荒れた畑に囲まれ他の民家は遠く、剪定されていない庭木に隠されて家の中は見えにくい。なかなか秘め事に向いていそうな家屋だ。屋根や壁が酷く痛んでいる様子もなさそうだし、これなら悪人が拠点にしようと思うのも分かる気がする。
こんなのどかな場所に裏組織の拠点なんて、と思っていたけれど、あるいはこんな場所だからこそ人の目を掻い潜るには絶好なのかもしれない。
「あれ? リルエッタ?」
ガルブ一家も物件の目の付け所はなかなかだ、などと感心していたところで、不意に名前を呼ばれた。
それは知った声で、子供の頃から聞き慣れた声で、さすがに驚く。まさかこんなところで会うなんて思いもしなかったけれど、よく考えれば相手も同じ調査をしているのだから、こういうことだってあるのか。
「エルノ?」
リオノックス子爵家の嫡男にして、ヒリエンカ領主の息子にして、わたしの幼馴染みであり婚約者。エルノ・リオノックス。
視線を向けると、開いた廃屋の扉から金糸の髪をした少年が兵士を連れて出てきたところだった。




