罠
「おやエルノ様、お知り合いですか?」
続いて扉から出てきた兵士がそう聞いて、エルノがビクリと過剰に反応する。
歳は三十過ぎほどだろうか。黒に近い焦げ茶色の髪を短く刈った男。髪と同じ色の髭はしっかりと整えられていて、こざっぱりした印象を受ける。
その鎧には、兵士長を表す房飾りが付けられていた。
「あ、う、うん。そう。知り合い」
キョドるな。
「あら、エルノ。そんな説明では兵士の方々に伝わらないでしょう。―――リルエッタ・マグナーンと申します。エルノ様とは婚約関係にあり懇意にさせていただいていますわ」
おお、と兵士たちの注目が集まる。わたしたちの関係はあくまで仮のものだけれど、しかし隠しているわけではない。詰め所勤めの兵士たちにとっては、噂に聞いているご令嬢、みたいなものだろう。
……ここまでジロジロと物珍しげに見られるということは、そんな身分なのに冒険者をやっている変わり者、みたいな認識かもしれないが。
さあて、こちらは名乗りましたけれど?
「ああ、あのマグナーンのお嬢様ですね。お噂はかねがね。私は兵士長のモルゼン・ゾニンと申します。この度は僭越ながら、後学のため兵の仕事を体験されるエルノ様の指南役を仰せつかっております」
エルノの婚約者とはいえ、わたしに対しても敬礼する兵士長。それを見て部下の者たちも居ずまいを正す。
最悪の予感が当たってしまった。モルゼン・ゾニン。名前と兵士長の肩書き、そしてエルノと行動を共にしていることからして、ゾニン家の者で確定だろう。どうやら領主様はまだ彼を泳がせているらしい。そして反応からして、領主の跡取りであり剣の天才の神童さまはだいたいの事情を分かっているはず。
これは……マズい。失敗だ。目も当てられない。こんなことになるなら、もう成果は出したからと宿で惰眠をむさぼっていた方がよほどマシだ。
領主様がわたしたちを調査役に抜擢した理由の一つに、ゾニン家に動きを悟られないような外部の者、というものがある。
それなのに、こんな元ガルブ一家の拠点なんて最悪な場所で鉢合わせしてしまった。これでは貴方たちとは別で調査していますと喧伝しているようなもの。ここで適当に誤魔化したとしても、ゾニン家の警戒はもう避けられない。
「おや、そちらは……ヨハキン君かな? 久しぶりだね」
「お久しぶりです、モルゼンさん。覚えていてくれましたか?」
「もちろんだよ。そうか、治癒魔術が使えるようになったと聞いたから兵に誘おうと思っていたんだけれど、やはり冒険者になったんだね」
わたしがここをどう切り抜けようと真剣に頭を回そうとした矢先、モルゼンとヨハキンが挨拶する。
そうだ。兵はガルブ一家から違法奴隷を保護している。年長で記憶力の良いヨハキンは兵と話をすることもあったはず。
元違法奴隷二人を連れてこんな場所に来ている時点で、もはや誤魔化すことすら不可能―――
「ところで、アニアさんはどうしたんですかー?」
脳天気なユーネの声に目を向ければ、ヨハキンの背中に隠れるアニアの姿があった。
頭にマントを被って縮こまっているけれど、全然隠れ切れていない。むしろ怪しさ満点で注目を集めているほどである。
いったいどうしたのか。
「―――実はですね、アニアはすごく人見知りなんです」
まるでとても大切なことを打ち明けるように、ヨハキンはユーネに答える。
「いやぁ、特に大人の男性にはこんな感じでしてね。急に兵士さんたちに会ったので、少しビックリしたのだと思います」
「……そう」
茶化しているような言い方をしているけれど、ヨハキンの目は笑っていなかった。……まるで、この説明で納得しろと圧をかけるような。
ふぅ、と息を吐く。明るい性格だから忘れかけていたけれど、彼女も元違法奴隷だった。ガルブ一家の連中に酷い扱いを受けていたのは想像に難くないし、精神的に抱えるものがあるのだろう。
ヨハキンだけではなくアニアにとっても、今回の件は過去を乗り越えるために必要な清算なのだ。
……決めた。わたしはこれから、この状況を利用する。
「モルゼン・ゾニン兵士長がヨハキンを知っていらっしゃるのでしたら話は早いですわ。実はわたしたち、本日から領主様から皆様のお手伝いをしろと依頼をいただきまして、こうしてご挨拶に来たのです」
嘘は説得力を持たせるために、まずはザックリと分かりやすく、真実を少しだけ混ぜて。
「え、リ、リルエッ……」
動揺するエルノは視線だけで黙らせた。
神様からいろいろな才を与えられている彼だが、素直すぎる性格だけはこういうことに向いていない。
「わたしは魔術が使えますから調査は得意ですし、今回の件で臨時パーティを組んだこの二人は元々ガルブ一家に違法奴隷として働かされていました。なので兵士様たちでは気づかない観点から調査ができないかと打診されたのです」
依頼を請けたのは今日ではないし、そのときアニアとヨハキンはいなかったし、ここに来たのは挨拶のためではない。
けれどこの嘘がバレない。領主様はゾニン家を警戒させないため、モルゼンにはわたしたちが関わっていることを隠していたはず。彼にとってはなにもかも初耳であるはずだ。
「わたしたちはまず、町中の皆様が回った場所をもう一度検めに行こうと思います。ただ、いくら念のためとはいえ兵士様たちのお仕事を疑うような行為になってしまうものですから、お気を悪くされないか心配で……こうして、一度ご説明にあがった次第です」
「……いいえ、リルエッタ様。魔術での再調査と実際にその場にいた者の見解はとても貴重なものです。私からもぜひお願いさせていただきますよ」
モルゼンが話し始めるまでにほんの少し、間があった。わたしはそれを気づかなかったふりで流す。
「兵士長様のご理解に感謝を。これで胸のつかえが下りましたわ。……皆様はこちらへ再調査ですよね。大切なモノがまだ見つかっていないとお聞きしております。さあ、ユーネ、ヨハキン、アニア。お邪魔をするわけにはいきませんので、終わるまで待たせていただきましょう」
「いいえ、こちらは切り上げるところでしたのでお気になさらず。それよりガルブ一家の拠点はならず者のうろつく裏路地なども多い。もしよろしければ我々が同行いたしましょうか?」
「いえ、これでも冒険者ですから、町のならず者を恐れるわけにはいきませんわ。それに……」
わたしはヨハキンの背に隠れるアニアへと目を向け、軽く首を横に振る。
「せっかくお手伝いに来ているのに、兵士様たちのお手数をかけるのは本意ではありませんから。なにか分かったことがあれば報告させていただこうと思います」
「……了解いたしました。期待しています」
さすが商人の家系だ。会話が流れるようでやりやすい。
さて、どうしたものか。こちらにもあちらにも少しばかり猶予が必要だろう。とはいえ悠長にしすぎてはタイミングが計れない。拙速を催促するくらいでちょうどいいか。
わたしは邪魔をしないよう口をキュッと閉じているエルノへと目線を送って、それからモルゼン・ゾニン兵士長に視線を戻す。
「今日と明日は町中を調べるつもりですが、明後日には廃村の方へと行ってみようと思っています。ご期待に添えられるよう頑張らせていただきますね」




