新人の二人
「それでー、二人はなんでここにいるんですー?」
廃村で出会った新人たちに向けたユーネの疑問はもっともだった。
旧道があるとはいえこの場所は町からは離れているし、森に囲まれているから通過してもどこへ行けるわけではない。ゴブリンは棲み着いていたがここに魔物がいたところで困る民間人はいないだろうし、だから討伐依頼も出されないだろう。
わざわざここまで足を運ぶ理由が分からない。薬草採取だって無目的にここまでくる必要はあるまい。
「あ、ユーネ・イズス神官ですよね。ナバーロ神官からお聞きしています。本当はお店の方でご挨拶にお伺いしようとしたのですが、タイミングが合わなくてすみません」
「おやー、お父さんのお知り合いさんですかー?」
「はい。孤児院で大変お世話になりました」
孤児院。この治癒術士の少年も孤児院出身なのか。たしかアニアもそのはずだから、この二人は一緒に冒険者になったのかもしれない。
薄い黄緑色の髪を切りそろえたヨハキン少年は礼儀正しくお辞儀をしてから、廃村の家々へと目を向ける。少し、困ったように。
「自分たちは以前、ここで奴隷をさせられていたんです」
驚いた。
「お三方は知っていますか? 以前、ここをガルブ一家という者たちが拠点にして違法の薬物を製造していたのです。自分たちは奴隷としてそこで働いていました。幸いなことに冒険者の方々に助けられ、一年ほど孤児院で保護されてましたが、アニアと一緒に冒険者になって戻って来た次第です。まさか、あんなに魔物がいるとは思っていませんでしたが……」
「ガルブ一家のことは知っているわ。それを壊滅させたのはわたしたちの先輩冒険者たちだもの」
僥倖、と言っていいのだろうか。偶然とはいえ、ガルブ一家が使役する違法奴隷だった者たちに出会えた。しかもいまだ孤児院に保護されている若年層ではなく、二人はわたしたちと同じくらいの年齢である。
重要な情報源だ。ちょっとできすぎなほどに。
「……なんで戻って来たの?」
そう聞いたのはキリだった。
たしかにそれは気になる。奴隷として、それも違法奴隷として不当に働かされていた場所だなんて、普通は近寄りたくもないだろうに。
「そうですね、吹っ切るためにでしょうか。過去は消えませんが、囚われていては未来へ向かえません。夜は朝になれば明るくなりますが、暗い穴の底を光で照らすには火と油を投げ込むべきです。そこにヨムウがいないのは残念ですが」
「なるほど……って、それ戦神が落とし穴に怒って跡形もなく燃やし尽くした話だよね? 放火する気?」
「ハハ、まさかそんなことしませんよ。ちょっとこの廃村で休憩がてら焚き火でもしようかな、と思っているだけで」
アーマナ教の教典に詳しいキリがビックリすると、ヨハキン少年はカチカチと取り出した火打ち石を鳴らす。
戦神ワグンダルと、巡り会いの神にしてイタズラ好きなヨムウの喧嘩話は多い。いつもちょっかいを出すのはヨムウで、最終的にはいつもワグンダルに酷い目に遭わされて終わるのが定番だ。きっとそのどれかだろう。
しかしこれはまずい、貴重な現場が貴重な参考人に消される。
「ヨハキン君、アニアさん、わたしたちは貴方たちの気持ちを分かるとは言わないけれど、察することはできるわ。けれど火を放つのはダメよ。常識的に」
「常識を守る心を育むには常識に守られて生きなければいけないと思うんですよね。自分たち、違法奴隷でしたからそういうのちょっと分からなくって」
「冒険者向きね貴方! 本当に治癒術士かしらっ?」
治癒魔術を習得するには信仰心に目覚めて神の声を聴かなければならないと言われているが、この精神性でどうして神の声を聴けたのだろうか。……いや、声をかけそうな神に心当たりはけっこうあるのだけれど。
「ヨハキンはすごいんですよ! 孤児院でもとっても優秀で、半年くらいで治癒術を覚えたんです!」
「いや九ヶ月かかったよ、アニア」
この二人が孤児院にいた期間は一年に満たないはずなので、半年と九ヶ月ではけっこう食い違った認識だ。どっちでもいいけれど。
ただ情報収集するのであれば、ヨハキンから聞ける話の方が確度は高いかもしれない。
少し考える。
ギルドを通さない直接依頼で、かつ館の中には通されなかったことから、領主様はあまり今回の件を大事にはしたくないのだと思ってはいる。……けれど、口止めまではされなかった。
情報収集をするのであれば事情を説明する必要もあるだろう。それは禁止されていない。
それに……この村に火を放たせるわけにはいかない。現場保全とかそれ以前の問題で、山火事になったら大変だ。
「わたしたちは領主様からの依頼で、ガルブ一家が隠しているかもしれない薬物の在庫を探しているの。貴方たちが造っていたものね。それの所在が分からないから白状させるまで刑罰執行を遅らせるしかなくて、今とても面倒なことになっているのよ」
結局、わたしは事情をそのまま説明することにした。
奴隷商のゼルマに関してはとりあえず伏せる。いずれ聞く必要が出るかもしれないが、今この場ではこちらが優先。
「ここにはまだ調べられることがあるかもしれない。だから火を放つのはやめて。あと、知ってることは教えなさい」
まあいろいろ考えることはあるけれど、ここは下手な嘘で回りくどく聞く必要はないと思う。この二人にとっても憎きガルブ一家に罰を与えられるのだから、情報提供を断る理由はないはずだ。
「それなら、あたしたち保管場所知ってますよ」
アニアが小さく手を挙げた。
「この村には小さいですけれど、地下に遺跡があるんです」
そう説明して、二人は迷いなく村の中を進み、そして一番大きな家屋へ向かう。
アニアとヨハキン。この二人は奴隷としてここで働かされていたのだから、この廃村に詳しいのは当然だ。かつて薬物を保管していた場所も分かるだろう。
……村に入るときにヨハキンの足が震えて、アニアがその背を叩いて落ち着かせたのを見たときは、少し罪悪感があった。案内を申し出たのは二人なのだけれど、場所だけ聞けばよかったかもしれない。
「遺跡ってヒリエンカ周辺にはないって聞いたけれど?」
「数が少ないから荒し尽くされただけで、枯れた遺跡はあるわよ。魔物が棲み着くから迷惑なだけだけど」
どうやらキリは妙な勘違いをしていたようだ。
そもそもヒリエンカの町が遺跡の上に建てられたものだし、無人の荒野だったわけではないし、他の遺跡もあるだろう。
「そうみたいですね。で、その遺跡は地下にあってヒンヤリしてますから、この村では食料の保管庫にされてたみたいなんですよ」
「一応、貴重な古代史料なのだけれど……」
「そしてガルブ一家が来てからは、すぐには捌けない量の薬物を保管する倉庫になりました!」
「貴重な遺跡なんだけど?」
元気なアニアの説明に頭が痛くなる。食料保管庫はまあ分かるとして、薬物は遺跡に対して敬意がなさすぎる。
まあ、そんな場所なら完全に枯れているだろう。罠も隠し扉もないはずだ。
おそらく元は村長の家だったのだろう。大きな家屋へ辿り着き、けれど二人は中に入らず裏手に回る。その背について行くと、長年手入れされていなかったせいですっかり藪と化した裏庭があった。
その藪の、人が一人通れる程度の隙間を縫って二人は歩く。程なくして重石を置かれた板で蓋された入り口が見えた。
地下へと続くだろう、四角い石造りの入り口だ。蓋をどかして見ると下へ続く階段が続いている。
「ちょっと急な階段ね」
「暗いから足元に気をつけて下さい。滑ると痛いですよ」
ヨハキンがそう忠告してから中に入ろうとする。わたしはそれを呼び止めた。
「灯りを付けるから待ちなさい」
たぶん、奴隷時代は灯りなど持たされなかったのだろう。
この場所に荷物を運び込めと命令され、暗さにビクビクしながら壁に手を添え、慎重に足を出しながらこの階段を降りていく。
そんな光景が今のごく自然な動きで想像できてしまって、わたしは視線を伏せる。
呪文を唱える。
先ほどの戦闘で魔力はあまり残っていない。できれば少し休んで回復したいところだったが、ここに長居するのは二人のためにならない気がした。
短杖の先に明かりを灯す。
階段は急だが、そこまで長くはないらしい。入り口に短杖を入れると、明かりが届くギリギリの深さに扉が見えた。
「おお、ランタンよりも明るいですね!」
「こんなふうだったんですね、ここ」
二人は魔術の灯りに感動しているけれど、わたしは少し気まずい気分だ。
おそらくだけれど、ここにはなにもないだろう。藪のようになっていたとはいえ、村で一番大きな家の庭の中、それも人が通れる道がある場所だ。しかも雨よけの蓋がされているだけで全然隠されていないのだから、兵士たちが調べていないはずがない。
ここを見逃していたとしたら相当な無能だろう。
「わたしたちなら二人が並んで歩ける程度の幅ね。……キリ、ユーネ、先にお願い。たぶん大丈夫だと思うけれど、扉の先に魔物がいるかもしれないわ」
「ん、わかった」
「はいー」
「一応新人の二人は外で警戒してもらえるとありがたいけれど、いいかしら? なにかあったら呼んでくれればいいから」
そんなに深くもないだろうし、全員で行くまでもない。それなら外の魔物がまだいるかもしれないし、見張りをしてもらった方がいい。
ここは、二人にとってはあまり気分のいい場所でもないだろうし……いや、それは外でも同じか。
「はぁー……さすが、本来はDランクって言われてるパーティですね!」
「ええ、勉強になります」
アニアとヨハキンの言葉は初耳で、わたしたちは顔を見合わせる。
「……それ、誰に聞いたの?」
「ウェインさんですよ。実績的にはDランク相応だけれど、お三方がEランクになったときに他のFランクが無茶したから昇格を見送られてるって聞きました」
信憑性は半々、といったところだろうか。
キリがあまりにもダメな試合をしたから、本当はあんなもんじゃないんだぞ、とアニアが思い上がらないよう釘を刺すためにでっち上げた可能性もある。
でも、よくよく考えればわたしたちもけっこういろんな冒険はしてきていた。普段は評価に繋がらない依頼ばかりこなしているから実感はないけれど、もしかしたらDランク相応はあり得る話なのかもしれない。Dまでは比較的上がりやすいと聞くし。
……まあその場合、わたしたちは店から不当な扱いを受けていることになるのだけれど。
「あの男の言葉はあまり信用しない方がいいわよ。バカだから」
「そうだね」
「ですねー」
とりあえずわたしたちは微妙な顔でそう言っておいて、階段を降りる。
その小さな遺跡は当然だけれど特に罠はなく、噂の守護者もおらず、魔物なども危険も入り込んでおらず、すぐに階段を降りきって鍵のかかっていない扉を開ければ小さな倉庫ほどの空間がぽっかりとあるだけだった。たぶんこの遺跡を造った昔の人も倉庫として使っていたのではないか。
そしてそんな場所に、大量の荷が―――わたしたちが領主様に依頼されて探していた危険な薬物が、梱包されたままの状態で置かれていたのだ。




